第十五話 双子
過重労働だとリュゼから詰められたセオはすぐに動いた。しかしダイジナ社との交渉は上手く行かなかったらしい。依頼件数を減らすことは出来ない、と言われたようだ。
アリスはジョルナンデ家で出された食後のお茶をすすりながら、目の前の仏頂面を恨めしい思いで見つめた。
「当たり前だろう。こっちだって信用して頼んでいるんだ。それに『大丈夫だ』とサインをしたのはそっちだ。そちらがこっちに合わせてもいいんじゃないか、という話はした」
「それはそうですけど……」
アリスはジョルナンデ夫人の『食費が浮くわよ』の誘い文句にホイホイ乗っかり、休みの度にジョルナンデ家を訪れるようになっていた。ジョルナンデ夫人の手づくり料理はおいしいし、余った分を持たせてくれるのだ。ただフェイスとももれなく顔を合わせなければならないのが難点だが……。
「だいたい従業員数が少ないだろう? キャパオーバーになるのは当たり前だ。経営視点で見ても増やすべきだとアドバイスさせてもらった」
フェイスのアドバイスにはセオも思う所があったらしい。『アリスが入ったばかりだけど』と全員に説明があった後、社員の募集をすることが告げられた。
◆◆◆
「トーリオっ!!」
就職希望者が面接に来ると聞いていたある日のこと、昼休憩のために事務所に戻ってきていたアリスの耳に届いたのは、オーリオの珍しい大声だった。
ひょいっと顔をのぞかせると、そこにはオーリオと同じくらいの背丈の青年がいた。
「オーリオ、久しぶり」
オーリオに親し気に挨拶をした短髪の男性は、ピアスを触りながら少し照れているようだった。一方、いつも冷静で穏やかなオーリオは頬を紅潮させ、目は長い前髪で隠れて見えないものの、興奮していることは一目瞭然だった。
「お前、全然連絡しないで何してたんだよ! 会社があんなことになって、お前のこと一番心配してたんだぞっ!」
「ごめんね……。なんか申し訳なくて、連絡できなかった……」
「そんなこと気にしなくていいんだ。俺はトーリオが元気なら、それでいいんだ」
オーリオたちの騒ぎを聞いて、ツミやリュゼも机から様子を窺っていた。
「知り合い?」
ようやく出てきたセオが二人に声をかける。事務所内の全員の目が二人に集中した。
「弟なんです。双子の」
「「ふ、双子の弟~?」」
アリスは思わず飛び出した叫びにハッと口を抑えると、少し離れたところでツミも同じように口を抑えていた。驚くのも無理はない。活発で爽やかな雰囲気のトーリオと、静かでどこか影のあるオーリオは似ても似つかない。
「はい、双子の弟でトーリオと言います。兄がお世話になっております」
「トーリオはメゾン・スムース社で働いている優秀な魔導煙突掃除人なんです。ただ最近連絡がとれなくなって、久しぶりに会えたもので……」
「恥ずかしい話なんだけど、実は退職してきたんだ。やっぱりあそこで続けるのは難しくて……」
トーリオの言葉にセオがふむ、と首を傾げる。しかしオーリオはそんなセオの様子に気づくことなく、ガバッとセオに頭を下げた。
「お願いします! 新しく雇うのはトーリオにしてもらえませんか? 即戦力になるトーリオに入ってもらえるなら心強いと思います!」
それを聞いたアリスは瓶底めがねの奥の目を丸くした。ツミとリュゼも同じような顔をしているはずだ。
(オーリオさんがあんなに積極的だなんて……。明日は雨かもしれない……)
全員がいつも寡黙なオーリオの態度の変化に戸惑ったものの、セオの表情は特に変わらず、いつも通りの笑顔を浮かべていた。
そしてその日のうちにトーリオの採用が決まったのだ。そのせいかオーリオの調子は最高潮で、普段の倍ほどの煙突掃除を済ませていた。
◆◆◆
「はぁ。ここ最近真面目に働きすぎて疲れましたよ。アイツはずっと付きまとってくるし、今日だって撒くの大変だったんですからね。まったく、最悪の職場環境ですわ」
そう言いながらトーリオは代表室のソファにだらりと身体を投げ出した。ドゥールイズはそのだらしない姿に眉をひそめたものの、何も口にしなかった。それを良しと思ったのか、トーリオはにやりと笑みを浮かべ、ドゥールイズにからかうような視線を投げかけた。
「でも、いい子ですね、アリスちゃん。もしゃもしゃ~って頭で可愛かったですよ」
「……あなたにお兄様がいたなんて知らなかったわ」
「言ってませんでしたから」
それ以上話を聞きたくないとばかりに、ドゥールイズが振った質問に、オーリオは抑揚無く答える。これもまた、オーリオには聞かれたくない質問だったのだろう。
ドゥールイズは小さくため息をついて、何もなかったかのように問いかけた。
「それで、いつやるの?」
「一週間後の定期清掃。いつもやっていない煙突があるんですけど、そこに行ってもらうように仕向けます。あの子真面目なんで、多分すぐに煙突の中に入ると思いますよ」
トーリオはむくっと身体を起こしながら告げた。だがドゥールイズの表情は冴えなかった。
「『いつもやっていない』……?」
ドゥールイズが気になったのはそこだった。定期清掃はこれまでメゾン・スムース社が請け負っていた。しかし『やっていない』というのは――。
「そうですよ。だってちゃんとやってたら疲れるし、終わらないじゃないですか。代表だってオッケー出してたんですよ。アンタ、本当に何も知らなかったんですね」
トーリオはそう言って楽しそうに笑った。
「だからあの煙突、詰まりすぎて絶対手間取るだろうから、そん時が狙い目です。最後のチャンスの『事故』を起こすには、ね――」
ドゥールイズはその後、トーリオがどのように部屋を去ったのか覚えていない。気づけば部屋の中には西日が鋭く差し込み始めていた。
◆◆◆
一週間後、空はあいにくの雨模様だった。
しかしアリスたちはいつも通り、トレードマークの丸ブラシを携え、ダイジナ社に向かっていた。
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