第十四話 プライドと良心と

 ドゥールイズ・ナーサム。私は選ばれし人間。

 立派なお父様の血を引いて生まれ、スムース家に引き取られた。本当の母の顔はもうよく覚えていない。

 魔力を持つ私が誇りだと、お父様もそう言っていた。もし「特級魔導師」の中で首席になれたら跡を継いでもらうと言われ、それだけを目標に生きてきた。


『ダストの暴発に巻き込まれて一人だけ生き残った娘だと聞いた』


 ある日、久しぶりに食事に呼ばれた席でお父様が口にした話題。


『興味深いな。後天的に魔力を得られるヒントがあるかもしれない。特別な娘とお前が同級生だなんて、私のツキはまだまだ終わらないようだ』


 その日の食事の味は覚えていない。

 ――アリス・ヘンドリッジ。成績なんか私に全く及びもしない落ちこぼれの同級生。いつももじゃくれた頭をしていて、分厚い眼鏡でだらしなく笑っている。すぐにペコペコ頭を下げて、プライドも何もない人間。

 それに比べて、私は……。


(お父様に“特別な娘”と言わせたほどの彼女が、どうしてそんなに呑気に暮らしているのよ……)


 私は学園で唯一の人間になれるよう、休む暇を惜しんで勉強に励んだ。一方アリスはどんどん落ちこぼれていった。埋めることが出来ない程の差をつけたせいかもしれない。お父様は彼女のことを全く話題にしなくなった。


(勝った、と思った。もうあの子に私の存在が脅かされることはない、そう思っていたのに……)


 偶然学園で会ったアリスは晴れ晴れとした顔をしていた。目をかけてくれていた教師に騒動の謝罪をしに行った後だった私には、その姿は眩しすぎた。そしてダイジナ社での憐れむような視線……。


 無意識に噛んでいた唇からはうっすら血の味がした。


「負けたくない。あんな会社に、あの子にだけは絶対負けられないのよ……」


 私は警察による立ち入り捜査が行われた後の、がらんとした代表室で呟いた。私の背後では先輩にあたる社員、トーリオが散らばった書類を集めている。


「お父様の作ったこの会社、私が急いで軌道に戻さないと」


 不正が発覚してからというもの、私の周りでは目まぐるしく色んなものが変わって行った。「不正を犯すような会社にいられない」といって去った者。お父様の代わりに代表になった私に「ついて行けない」といって去った者。

 残ったものは限られている。このままではお父様が戻って来た時に、“能無し”だと見放されてしまうかもしれない。


(そもそも、どうしてお父様は不正なんか……。魔導煙突掃除人として、絶対に許せることじゃないわ。きっと誰かにはめられたんだわ。でももし……)


「あのー。少し、協力しましょうか?」

「トーリオ……?」


 マイナス思考の渦に巻き込まれ始めていた私を掬い上げた声があった。振り向くとトーリオが作業の手を止め、私を見ていた。彼の細い目がいつも以上に細くなる。


「簡単です。あちらさんに失敗してもらえばいいんですよ」

「え」

「う~ん、どんな手があるかなあ」


 彼の言葉に私は耳を疑った。


(失敗してもらう……? どういうこと?)

「あっ、そうだ! こういうのはどうでしょう……」


 私の頭の中の整理がつく前に、何か思いついたらしいトーリオはすっと私の耳元に近づき、ある事を囁いた。


「――まさか! だめよっ、そんなの! 命にかかわるかもしれないわ! そんなの許されることじゃ――」

「ちがいますよ、ただの事故です」

「事故……?」


 彼の提案に驚き、声を荒げた私をトーリオは穏やかに諭した。短く整えられた髪からのぞく耳のピアスを触りながら彼は続けた。


「そうです。起こることは全部事故です。事故なんか起こしたらアイツらは魔導煙突掃除人を名乗れなくなる。契約を切ってきたダイジナ社も痛手を負う。うちには良い事しかないじゃないですか」

「それは、そうだけど……」


 私の中に残る良心が激しく警告を鳴らす。


(だめよドゥールイズ。トーリオはわざと事故を起こそうって言っているのよ。そんなことしたら、魔導煙突掃除人として失格よ……)


 だがトーリオは甘く、濃厚な言葉を私に浸み込ませてくる。


「アイツらが失敗でもしない限り、もううちにチャンスはないんですよ」


 そうだ、もうメゾン・スムース社には、私にはチャンスがない。妙に運と人に恵まれているアリスと私は違う。チャンスは自分でつかみ取らなければ得られなかったのだ。


「お嬢さんが会社を再興できたら代表は大喜びすると思いますよ。『さすが私の娘だ』ってね」


 その言葉に私はハッと顔を上げた。トーリオの黒い瞳がキュウっと細くなっていく。


「どうするかは任せます。でもやるなら協力しますよ。俺も社員の一人なんで……」


 私に残された答えは一つだった。


「……わかったわ」


 もうそれしか方法がないのなら。

 私は震える自分の手を握りしめた。


「私は絶対に負けない」


 勝つか負けるか――。生きるか死ぬか――。

 きっと、それしか私には残されていないのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る