第十三話 目指すものは違えど

 確かにジョルナンデ夫人の手では持ちきれない荷物の量だった。二人でようやく持ちきれるほどの大量の布地を店から受け取り、アリスはフェイスと共に元来た道を引き返し始めた。


 フェイスは何も言わず多めに荷物を持ってくれていた。そのことに気づきつつも、お礼を言えずにいたアリスに、フェイスが声をかけた。


「悪い。業務以外の事だろうに……」

「え……。はあ、まあ大丈夫です」


 まさかフェイスに気遣われるとは思っていなかったアリスの返事は素っ気ないもになってしまった。その返事をどう思ったのか、フェイスは難しい顔をしながらまた前を向いてしまった。


 しばらくそのまま歩いていたが、またフェイスが口を開いた。


「……生まれて初めて見た、魔導煙突掃除を」


 ぽつりと口にしたフェイスの言葉に、アリスは意外に思いながらも返事をする。


「まあ普通はそうですよね。私も学園に入るまで魔導煙突掃除の事を『作業中は立入禁止』と『魔力の供給を止めてはいけない』くらいしか知りませんでしたもん」


 アリスは魔導学園に入る前の自分を思い出しながら答えた。

 魔導煙突掃除人の仕事は知ろうとしなければ謎に包まれたままだ。内情を学んだ今は変に広く知られてしまい、魔力を使う際の集中の妨げになる事態になるのも困る。


「俺もその程度の知識しか持っていない。魔力の供給を止めてはいけないのはなぜなんだ?」


 アリスはまたもや驚いた。まさかフェイスがアリスの発言に興味を持つとは思わなかったのだ。だがフェイスの顔は真剣で、おちょくろうとしているわけではなさそうだ。なのでアリスは疑問に答えることにした。


「私たちはダストを介して自分の魔力を引き出すんです。人間の魔力はダストを媒介にして動かすことができるんです。まあ、たまに例外もいますけど……」


 思い出したのはリュゼだ。彼女は魚の群れの形に魔力を具現化し、煙突に放り込んでいた。そんなのアリスには逆立ちしても出来っこない芸当だ。


「ダストの流れ、というか魔力の流れが止まると、私たちは自分の魔力を見失うんです。あくまでも主役はダストですから。自分の魔力を見失うってことは、私たちの意識とか自分自身みたいなものも、よくわからなくなっちゃうらしいんです……、そんな感じです」


 感覚的な理由をうまく説明するのは難しかった。

 きっとこんな説明では不満だろうな、とアリスはフェイスの顔を見上げた。彼の端正な横顔は何か考えているように俯いていたが、ゆっくりと青い瞳がアリスを捉えた。


「なんとなくわかる。少し例えは違うだろうが……」


 フェイスはぽつりとつぶやいた。


「俺はまだ今の職について浅い。流れを見失えばすぐに置いて行かれる。それに流れが止まると途端に何をしていいかわからなくなってしまうんだ。今は祖父母が作った流れがあるが、早く自分のものにしないといけない……。いつまでも祖父母が元気だとは限らないからな」

「……そう、なんですね」


 アリスは自分の事を話してくれたフェイスに内心驚きながらも、フェイスの置かれている立場の重さを初めて意識した。


(この人、嫌味でせっかちだけど、あの大企業の責任を負っているのよね。ご両親の話をしないからきっとご家庭の事情が色々あるんだろうけど、この人もこの人なりに慣れないことを頑張ってるんだ……)


 なんとなく続く言葉が見つからず黙ってしまったアリスは、おもむろにフェイスが道端のジュースワゴンに近づいて行くのに気が付いた。すぐに戻って来たフェイスの手には、黄金色のアリスの髪の色によく似たジュースがカップの中で揺れていた。


「少し休憩しよう。これは君のだ」

「い、いただけませんっ!」

「だめだ、早く受け取ってもらわないと俺の腕が死ぬ」


 そう語るフェイスの腕には大きな荷物が掛かっているし、確かにジュースの水面は激しく波立っている。


 仕方なく受け取ろうとすると、フェイスはさり気なくアリスの腕にかかる荷物を抜き取り、近くのベンチに向かった。

 有無を言わさないフェイスの行動に、アリスはとりあえず合わせることにした。一人分の空間をあけたフェイスの横に、おそるおそる腰を下ろす。


「し、失礼します……」


 アリスが落ち着かない気持ちで腰を下ろすなり、急にフェイスがガバッと頭を下げた。


「ひぃっ!? ごめんな――」

「……本っ当に、申し訳ないことをした! 君の命を危険に晒したのは俺だ。何も知らずに勝手な判断をして……。御社の社長には伝えたが、君に直接言わなければ気が済まなかったんだ。本当に申し訳なかった!」


 思わず悲鳴を上げ謝ろうとしたアリスは、続くフェイスの言葉が一瞬理解できなかった。だが、アリスはフェイスのきれいなつむじを見ながら、「ああ」とぼんやり思った。


(そっか。この人、私に謝ろうと思っていたんだ)


 孫を愛するジョルナンデ夫人のことだ。きっと機会を作ってあげようと画策したのだろう。セオもきっとそのことを知っていたのだ。


(別に気にしてないのに……。せっかちだし、頭でっかちだし。それでいて不器用すぎるわ、この人)


 笑ってしまいたい気持ちを抑えながら、アリスは静かに答えた。


「もういいんです。フェイスさん。信じられないというフェイスさんの気持ちは当然でした。私も強引に申し訳ありませんでした」


 アリスの言葉にフェイスは顔を上げた。いつもの仏頂面が、今は子犬が叱られたような顔をしている。ちょっと面白くなってきてしまったので、次の言葉はアリス史上最高にもったいぶることにした。


「でももし、申し訳ないと思ってくれるなら……」

「なら……?」

「どうか煙突のメンテナンスを欠かさないでください。周りのお友だちにもお伝えください。少しでも、危険を減らせるように……」


 それはアリスの心からの願いだ。

 詐欺師だと疑われたとしても、安全にダストを空に放つため、事故を防ぐためにアリスは魔導煙突掃除人になったのだ。


 フェイスはしばしぽかんとしていたが、すぐにきりっと真面目な顔を作った。ダイジナ社で見た副社長の顔だった。スッと背筋を正したフェイスは、

「わかった。かならず伝えよう」

 というなり、おもむろに立ち上がった。


「今から便せんを買ってくる。あいにく住所しか友人の連絡先を知らないんだ。だから君は少しの間休んでいてくれ。あ、荷物はそのままでいい。見ていてくれ」


 一息で喋り終え、走り出したフェイスの背中はあっという間に小さくなり、文具店に消えていった。

 

 こうなるともうアリスは笑顔になるのをこらえられなかった。


「フフッ、さすがにせっかちすぎません……っ?」


 こみ上げる笑いを笑顔に変え、アリスはジュースを口に含んだ。すっきりとした酸っぱさとほのかな甘みが口いっぱいに広がった。

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