第九話 棚から大仕事!?

「ダイジナ社って、あの?」

「そうそう、多分君の想像するそこだよ」


 その日出勤するなり車に押し込まれたアリスは、運転席のセオからようやく今日の行き先を聞くことが出来た。


「ダイジナ社って、あれ……ですよね?」


 つい先ほど自分の口から出た言葉を繰り返しながら、アリスは窓から流れゆく街並みを見た。チムフィッズの空には今日もダストがきらめいている。

 そこから少し後ろに視点を広げると、たくさんの家の煙突から吹き出すダストの奥に、大きなビルがそびえ立っているのがわかる。大きすぎるせいで、周辺を何周してもなかなか気づけないという人もいる程だが、それがダイジナ社の社屋である。


(ダイジナ社と言えば、国一番の大企業……。他の会社は手を出さない魔導製品以外を扱うから、その業界ではダントツだ、って誰かが言ってたっけ……)


 魔力を動力源とする魔導製品は多くのメーカーが参入している。しかしそれ以外――日用品、生活必需品の類は、ほぼダイジナ社製なのだ。


 そこでアリスはハッとあることに気づき、運転席のセオに焦って尋ねる。


「え? えっ、ええっ? そのダイジナ社にどうして……」

「まあ、行けばわかるんじゃないかな。いやぁ、リュゼには断られたし、君が来てくれて良かったよ」


 うまい具合にはぐらかされたのだが、なぜアリスたちがダイジナ社に向かっているかという謎はすぐに解けた。


「アリスさんっ! こっちよ!」

「奥様?!」


 ダイジナ社でアリスたちを出迎えたのは、ジョルナンデ夫人だった。ジョルナンデ夫人は応対に出てきた社員の誰よりも早く、アリスたちの元へ駆け寄って来た。


「また会えてうれしいわ!」

「その後お変わりありませんか?」

「ええ、前よりも良くなった気がするわ。まあ、髪の毛も元通りね! やっぱりこっちもかわいいわ」


 ジョルナンデ夫人との会話にきゃあきゃあと盛り上がっていたアリスだが、はた、とある事に気づき動きを止めた。


 「あれ、でもどうして……」


 何となく察しはついていたもののわずかな可能性にかけたアリスの質問に、ジョルナンデ夫人は無情なまでにほぼ予想通りの答えを返してきた。


「ここはね、私の主人が興した会社なのよ」

「社長夫人、でしたか……」


 真っ青を通り越して、真っ白な顔で固まるアリスをひょいっと横にずらし、セオがジョルナンデ夫人に話しかけた。


「この度はわが社にお声がけいただきありがとうございました」

「いいえ。社長さんも無理なお願いを聞いてくれてありがとう」

「こちらこそ光栄です、夫人」


 下っ端であるアリスがセオの陰で小さくなっていると、ジョルナンデ夫人がのぞき込み、にっこりと微笑みかけて来た。


「さあ、ご案内するわ。私について来てちょうだい」


 どうやら社長夫人であるジョルナンデ夫人が直々に案内してくれるらしい。さすがに慌てたのは案内を任されている社員だ。


「奥様、私が……」

「いいえ、大丈夫。私が案内したいの。あ、そうそう。あなたたちに会いたいって言っている人がいるのよ」


 社員が申し出たものの、ジョルナンデ夫人が譲る気配は全くないらしく、ぴしっと手のひらを見せている。気づけばアリスは夫人に腕をがっしりと掴まれていた。


(『会いたい』って、誰が……?)


 アリスはまたもや胸をよぎる嫌な予感を頭を振って消そうと試みた。セオは相変わらず感情の読めない微笑みを浮かべたまま、ジョルナンデ夫人に引きずられるように進むアリスについて来ていた。


 社屋はマツノの事務所が数十個は入りそうなほど広かった。廊下にはダイジナ社の歴代製品がずらりと並べられ、まるで博物館のようになっている。アリスは瓶底めがねをくいくいと直しながら、好奇心丸出しで歩みを進めた。

 そんなアリスをジョルナンデ夫人は嬉しそうに振り返り、得意げに口を開いた。


「ふふ、すごいでしょう。全部、主人の自慢の子どもたちよ」


 ダイジナ社の創業者にして現社長、パトリック・ジョルナンデは豊かな発想力と技術力で次々とヒット商品を開発・販売してきた。一代でここまで企業を成長させた人物は、彼を除いていない。

 すごい、という夫人の言葉にアリスは完全同意とばかりに、ぶんぶんと首が取れるほど頷いた。しかし返って来た夫人の笑顔は曇ったものだった。


「……でも今、体調を崩して入院中なの。戻って来れると良いのだけど、私たちももう年だから……」

「え……」

「そうでしたか。回復をお祈りしています」


 突然明かされた状況に、一瞬答えに窮してしまったアリスの代わりにセオが口を挟んだ。アリスはすぐに言葉を返したセオに尊敬の眼差しを向けた。


(すぐに言葉が出てくるなんて、さすがセオさん……というか私が未熟なだけなんだけど。早く追いつけるように頑張らないと……!)


 一拍遅れたものの、アリスもジョルナンデ夫人に何か言葉をかけようと口を開きかけた。


「あ、あの――」

「ですから、どうかお願いしますっ!」


 しかしアリスの声は別の声にかき消された。


「あら、どうしたのかしら……」


 ジョルナンデ夫人が心配そうな顔を見せた。それもそのはず、その大声は今まさにアリスたちが目指している部屋から聞こえてきたものだったのだから。


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