第八話 会いたくない元級友

 国立チムフィッズ魔導学園は国民であれば誰でも入学を許される。特に魔力を有する者には優先して教育を受ける権利が与えられる。それは有用な人材を育成するためでもあるが、魔力を持つ者を把握し、力を悪用しないよう監視するためでもある。


「先生、また来ます! 失礼しました!」


 アリスはこの日仕事を休み、指導教官への定期報告のため学園を訪れていた。


(卒業後三年間は数か月ごとに来ないといけないから、まだ“懐かしい”よりも“久しぶり”って気分だな。リュゼさんは『めんどくさいだろ』って言ってたけど、仲が良かった先生に会えるのは少し嬉しいかも……)


 教官室を後にし、エレベーターホールに差し掛かったアリスは「おや」と足を止めた。ホールの一角にソファと雑誌が置かれ、休憩スペースが設置されている。


「私がいた時はなかったのに、いいなぁ……」


 何気なく雑誌のページをめくったアリスの目に、すでに見飽きた感のある見出しが飛び込んできた。


【メゾン・スムース社元社員暴露・代表が指示『魔導煙突にダストを詰まらせろ』】

【代表ベン・スムース氏 逮捕間近か? 魔導煙突掃除に関する不正で――】



 アリスの初仕事からしばらく経った頃だ。『ね~え、大変なのよ~!!』と、ツミが新聞を掲げて事務所に飛び込んで来た。


『メゾン・スムース社、不正……って、あの“メゾン・スムース”?』

『なんだって?』


 ツミから新聞を受け取ったオーリオが珍しく驚きの声を上げた。駆け寄ったリュゼ同様に、アリスもオーリオの手の中の新聞を覗き込んだ。


 どうもメゾン・スムースの掃除人が掃除が不十分であるにも関わらず「清掃済」と認定したり、点検と称してわざとダスト詰まりを作り、煙突掃除を行わなければならない状況を作っていたらしい。

 そしてそれが全て、代表ベン・スムースの指示だったと暴露した者が現れたのだ。


『まあ、疑惑だし彼はもみ消すはずだよ。それだけの力がある会社だからね。でも信頼はがた落ちだし、きっと辞任してほとぼりが冷めるのを待つのかなぁ。そのおかげでうちの仕事が増えたのはありがたいけど、魔導煙突掃除人全体が信頼を失った分、これまで以上に丁寧にやらなきゃね』


 マツノは皆にそう言って笑っていた。しかしアリスの胸はどこかスッキリしなかった。


 不正は許せない。人々を危険に巻き込むなんて絶対にしてはならないことだ。しかし希望を持ってメゾン・スムースで働いている掃除人もいたはずだ。彼らはどんな気持ちでいるのだろうか。


 アリスは雑誌のページをそっと閉じ、元の場所に雑誌を戻した。

 その時、エレベーターホールの向こうから声が聞こえてきた。


「はい……この度は本当にお騒がせして申し訳ありませんでした。……失礼します」


 アリス同様、指導教官に報告をするためやって来た卒業生かもしれない。


(誰だろう、知っている子だといいな。久しぶりに話が出来るかも……)


 しかし、期待を込めて瓶底めがねの奥から目を凝らしたことに、アリスはすぐに後悔することとなった。


「あ……」

「げ、ドゥールイズ……」

「……ふんっ、ごきげんよう、アリスさん」


 居丈高な挨拶をよこしたのは同級生のドゥールイズ・ナーサムだった。

 成績優秀、容姿端麗、富貴福沢……。非の打ち所がない彼女は、同級生だけでなく上級生、教師からも一目置かれる存在だった。万年ビリ争いで問題児のアリスとは天と地ほどの差のある級友だ。


 しかし彼女はなぜかアリスに突っかかって来た。そのため学生時代アリスが最も苦手とした人物なのだ。


 ヒラヒラとワンピースの裾を揺らし、ドゥールイズは澄ました顔でアリスに近づいてくる。アリスはといえば、作業着の下にいつも着ているシャツにひざ丈のパンツを合わせた少年のような恰好だ。

 今すぐにでも逃げ出したい気持ちでいっぱいのアリスの真正面に立ったドゥールイズは、上から下まで値踏みするように眺めた後、フッと笑ったのだ。

 

「あなた、仕事には就いていらっしゃるの? 同期が無職なんて、恥ずかしいことはやめてほしいもの」


 ドゥールイズの発言にアリスの頬がカァっと熱くなる。彼女はいつもそうだった。アリスの事を隙さえあらば貶めるのだ。


「働いてるよ! 私だって煙突のマツノの魔導煙突掃除人になったんだから……」

「 “煙突のマツノ”? 知らないわねぇ……」


 小首を傾げるドゥールイズの頬にアリスのものとは全く似ても似つかない、滑らかな髪が一筋落ちる。アリスは苛立ちを声に乗せないよう、ふうふうと息を逃がしながら、平静を装って質問を返した。


「そ、そうなの、あなたは知らなくても、私は知ってるわ……! ドゥールイズこそ、どこに勤めているのよ?」

「――っ!」


 特にありきたりな質問だったはずだ。だがドゥールイズはそのアリスの質問に眉を寄せ、頬を引きつらせた。


「どこでもいいでしょうっ! 私っ、あなたとここでのんびりお喋りしてる暇はないの! 邪魔しないでちょうだいっ」

「え……っ、あ、はい……」


 突然声を張り上げた元級友の姿を、アリスは口を半開きにして眺めることしかできなかった。アリスの驚いた表情に気づいたのか、ハッとしたドゥールイズはわずかに唇を歪め、エレベーターのボタンを勢いよく押した。


 幸いにもエレベーターがすぐに到着し、一人乗り込んだドゥールイズはいつも通りの澄ました表情に戻っていた。


「じゃあ、くれぐれもクビにならないよう気を付けてちょうだいね」

「あっ、ちょ……」


 エレベーターのドアが閉まる直前、忠告とも嫌味ともとれる言葉を残し、ドゥールイズは去って行った。


「な、な、何なの~!? ムカつくムカつく、ムカつくぅ~っ!!」


 一人ホールに残されたアリスの地団駄と叫び声に、教官室から何人かが顔を出した。しかし声の主がアリスだとわかると誰もが「またあいつか」という顔をしてすぐに部屋の中に戻っていったのだった。


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