第五話 光るアリス

 魔導煙突掃除人になるための『特級魔導師』の資格を得るには、魔力制御の技術を身につけるだけでは足りない。


 必要不可欠な能力――それは、本人の持つ魔力だ。


(かなり固く絡まっている……)


 アリスの意識はジョルナンデ家の排出装置のさらに先、魔導煙突の先端にあった。

 滞ったダストの魔力はきつくひしめき合い、まるで何千、何万もの糸が鳥の巣を作ったように複雑に絡み合っている。排出装置の近くならまだしも、先端でこのような詰まり方をすることは珍しい。


(まるでダストをわざと詰めこまれたみたい……ううん、そんな余計な事を考えている暇はない。さあ、今から楽にしてあげるね)


 魔導煙突に詰まったダストを取り除くためには、固まったダストに含まれる魔力を操作することが不可欠だ。ダストの魔力に働きかけ、固まりを崩すことで再び空に流れ出すよう誘導する。


 その作業に魔導煙突掃除人は自らの魔力を用いる。


 固まった魔力ダストの崩し方は人それぞれである。

 ある者は『ナイフで細かくみじん切りにするイメージ』だという。

 また、ある者は『優しくマッサージするような感覚』だという。


 魔導煙突掃除人は各々の魔力をもって、固まったダストを崩していくのだ。



 アリスは手にしたブラシを床に立て、しっかりと握りしめた。意識は煙突の先端、絡まりもつれたダストの魔力に向ける。


(変われ、私の魔力。ダストが気持ちよく、また空をきらめく姿に戻れるように……)


 アリスは願った。固く詰まったダストが再びチムフィッズの空に舞い、そしてまた人々の役に立つ力となるように。


(優しく、滑らかに、とかしてあげるね)


 アリスはかつて自分のくせっ毛を優しく撫でてくれた母の手を思い出す。その瞬間、ダストに触れるアリスの魔力は“ヘアブラシ”に姿を変えた。


 あの日、幼いアリスが巻き込まれた暴発事故。最後に聞いたのは自分の名を呼ぶ父の声、そして最後に感じたのは母の手の柔らかな感触だった。

 事故の原因はもちろん魔導煙突の詰まりだ。しかしその背景には掃除業者の手抜きがあったらしい。

 

(二人を奪ったダストは憎いけど、しっかり掃除出来ていればあんな事故は起こらなかったはず……。私はもう、あんな事故は起きてほしくない。私みたいな思いをする子を生みたくない……!)


 アリスは“ヘアブラシ”に変えた魔力を、そっと絡まったダストに寄せた。


◆◆◆


「光っている?」

「まあ、これはいったい……」


 アリスの作業の様子を見ていたジョルナンデ夫人とフェイスは、アリスの変化に驚いた。なぜならアリスの身体が淡く光り始めたからだ。


「ええ、この子光っちゃうんですよ。ま、仕様だと思ってもらえれば……」


 リュゼはなんでもないとでも言うように肩をすくめた。

 とは言うものの、なんでもないわけはない。


(研修で初めて見た時は確かにあたしも驚いたな。社長は『事故の後遺症』と言っているけど……この光、ダストと同じだ)


 この国で魔力を持つ人間は、そのほとんどがリュゼのように先天的に力を得ている者である。

 だが、ごくまれに後天的に魔力を得る者が現れる。アリスもその中の一人だ。


(ダストから放出された大量の魔力を浴びたから、ってことなのか……。にしても、身体が光るってぇのはよっぽど膨大な魔力を持っているってことじゃないのかね)


 リュゼは半ば感心しながら、ピクリとも動かず作業に没頭するアリスを見つめた。



(優しく、母さんが私の髪をとかしてくれたように……)


 アリスの作業は慎重だった。複雑に絡んだダストの魔力を解しながら、同時に正しい流れに導く。

 予想外だったのは、やはりそのダストの量だ。解いても解いても終わらない。


(清掃済なのに、こんなにダストが溜まるわけない。しかもぎゅうぎゅうに押し込められたみたいな絡まり方……慎重にやらないと、ダストがごちゃごちゃになっちゃいそう)


 魔力を扱い続けるため、アリスは集中を切らさぬよう慎重にダストをを扱い続けた。


 しかし残念なことに、そのアリスの姿は傍目には淡い光を放ち続けながら、ぼんやりと立っているようにしか見えなかったのだ。


 そしてさらに残念なことに、今ここにはアリスがこれまで出会ってきた中で、群を抜いてせっかちな人物がいた。


「〜〜〜っ! だめだ、待てない! おいっ、時間がかかりすぎだろうっ? 他に頼むからお前はそこから離れろっ」


 部屋の熱気に負けたのか、それとも緊張感に耐えられなかったのか……。突然フェイスが声を上げ、アリスに駆け寄った。


「フェイスっ!?」

「なっ、やめろっ!!」


 止める間もなかった。

 夫人が孫の名を呼び、リュゼが慌てて手を伸ばすも、フェイスがアリスの肩をつかむのが僅かに早かった。


 プツン……、と部屋に音が響く。

 同時に光が消えたアリスの身体は、糸の切れた操り人形のようにガクンと床に崩れ落ちた。


「な、なんだ?」

「――このバカ野郎! どけっ!」

「うわっ!?」


 驚き立ちすくむフェイスを押しのけ、リュゼは血相を変えてアリスの肩をガクガクと揺さぶった。


「アリスっっ!! 駄目だっ、起きろぉっ!」


 しかし、リュゼの呼びかけにも応じることなく、アリスは固く目を閉じたままだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る