第四話 屋根裏のせっかち

 老婦人――アビゲイル・ジョルナンデの家は大きかった。一階には大きなホールが設けられ、二階には客間が何部屋も用意されていた。これだけ大きな家だ、消費魔力量もそれなりの量になるだろう。


「子どもたちも小さかった時は私たちもまだ元気だったから良かったけど、この年になると広すぎて持て余してしまうわ」

「あー、この規模のお宅にお邪魔すると皆さん同じようにおっしゃいますね」


 同伴してくれたリュゼが相槌を打つ。ジョルナンデ夫人は懐かしそうに笑っていた。この家にもかつては賑やかな声が溢れていたのだろう。


「フェイスもかくれんぼばかりしていたわね。『見つけてもらえない』と言って泣いていたこともあったわ。ふふふ……」


 アリスはその言葉に自分たちの後ろをついてくる仏頂面の青年の幼い頃を想像した。整っている顔立ちの青年だ。さぞかわいらしかっただろう。


(でも残念なことに性格が悪いわ。どこで何があればこんなに疑い深くなるんだか……。ほんと感じ悪い……)


 背後から突き刺さる刺々しい気配にうんざりしながら、アリスはジョルナンデ夫人に案内されるまま、排出装置の置かれている屋根裏へ続く階段にたどり着いた。


 細い階段の壁を見ると魔導煙突掃除の登録業者が清掃したということを示す、三角のシールが貼られていた。アリスが手をかざすとシールは淡く光を放つ。本物の証明書だ。

 実はこのシールにも特殊な魔力が込められている。そのため偽造するにもかなり複雑な手順を踏まなければならない。


「確かに清掃済のマークがついていますね」

「あ、おいこら、勝手に行くんじゃない」


 そう言いながらアリスは何気なく階段を上った。ハッと気づき、後を追いかけて来たフェイスは、屋根裏部屋のドアに手をかけようとするアリスを慌てて制した。


「全く油断も隙も無い。言った通りだろう? ここには何も問題ない。よし、すぐに警察に……」


 そう言いながらフェイスが何気なくドアノブに手を置いた。

 ――途端、


「え、あっつ?!」


 叫び声と共に、慌てて手を離したフェイスと扉の間にアリスは身をねじ込んだ。


「下がってください、開けます!」


 その声にリュゼが夫人の前にすばやく壁となる。アリスは作業服の袖を伸ばし、熱を持つドアノブに手をかけた。

 扉は思ったよりも軽い力で開いた。しかし……。


「――っ、熱ぅ……」


 開いたドアの隙間からは部屋に溜まっていたらしい熱風が、容赦なく吹き出し、アリスの全身を舐めていった。アリスの背後に立つフェイスも同じように熱い風を浴び、驚愕に目を見開いている。


「ど、どうして……?」

「こ、これは大丈夫なの?」


 戸惑うジョルナンデ夫人とフェイスを落ち着かせるよう、アリスは努めて冷静に説明しようと口を開いた。


「わかりません。今、状況を確認してみます。奥様たちは安全な所に……」


 だが世の中にはアリスが想像している以上に話を聞けない人種が存在したらしい。


「駄目だ! 離れたらお前たちが何をしでかすか……はっ、もしかして何か仕掛けられたんじゃ――! おい、これはどうなっているんだ?!」

「だから状況を……」

「このままじゃ駄目だろう。早くなんとかしなければ」

「あの、だから……」

「何かあるなら早くしないと――」


 アリスが口を開こうとするとすぐにフェイスが耳元でぎゃあぎゃあ遮る。先ほどまでの仏頂面はどこへやら、わたわたばたばたと焦るフェイスと進まない話にアリスは段々と苛立ってきた。


「話を聞いてください!」

「こんな状況で話なんか聞けるか! 早く何か――」

「うるさいっ! 『早く、早く』って、そんなことわかってんだよ! この頭でっかちせっかち男! 邪魔だから少し口を閉じていなさい!」

「――せ……っ!!」


 突然アリスがあげた大声に、リュゼとジョルナンデ夫人は目をぱちくりとさせた。さらに何か言おうとしていたフェイスは口をパクパクさせ、二の句が継げないようだった。


 静かになった周囲にアリスは満足げに頷き、改めて屋根裏部屋の内部に視線を移した。部屋に足を踏み入れ、目を閉じると精神を研ぎ澄ます。部屋から吹き出してきた熱風の原因は間違いなく排出装置、そして煙突のはずだ。


 急に静かになったアリスに、フェイスがたまらず声を上げる。


「一体何を――」

「忘れたのかい、ボクちゃんは黙ってな!」

「何十年生きているけど、実際に作業するところは初めて見るわ」


 リュゼにぴしゃりと制止され、フェイスはまたもたムググ……と口を閉じた。不安はわかるが、この作業には集中力が不可欠だ。ジョルナンデ夫人がこれまで作業を見たことがないと言ったように、普段は要領を知っている掃除人だけで清掃を行う。余計な口を挟まれ、集中力がそがれると困るためだ。


 しばらくしてアリスはパチリと目を開けた。


「リュゼさん! 見つけました。煙突の先端部です。排出装置に問題はありません。ダストもまだ流れています!」


 リュゼはアリスの言葉に深く頷き、不敵な笑みを浮かべて答えた。


「それならあんたに任せる。サポートはするから安心しな」


 その言葉にアリスは手にしたブラシをぎゅっと握りしめ、おもむろに瓶底めがねを外した。そこに現れたのは空にきらめくダストをちりばめたような瞳だ。


「はい! ……アリス、行きます」

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