第三話 詐欺にご用心

 ぽかんと青年を見上げるアリスを放って、老婦人とフェイスと呼ばれた青年は話を進めていく。


「詐欺って、こんな女の子が?」

「詐欺師に老若男女ありませんよ、お祖母様。それに煙突掃除なら最近したばかりでしょう。そんなにすぐにダストが溜まるとは思わないけど」

「そうかしら……」

「そうですとも」

 

 きっぱりと答えるフェイスに老婦人は諦めたように小さなため息をつき、そしてアリスに申し訳なさそうな顔を向けた。


「そうしたら……お嬢さんごめんなさい。悪いけど、今回は……」

「二度と来るな。通報されないだけ感謝しろ」


 しょんぼりする老婦人の言葉にかぶせるように、フェイスが厳しい警告を発した。だがアリスとしてはここで引くわけにはいかない。アリスは閉まりかけるドアに必死に食らいついた。


「ま、待ってください! 本当なんです! ちゃんと調べればわかりますからっ」

「お前、どうやら本当に捕まりたいらしいな」


 なおも引き下がらないアリスにフェイスの青い瞳が鈍く光る。さらに何か言おうとフェイスの唇が動いたその時、新たな声が二人の間に落ちた。


「この子が何か失礼でも?」

「リュゼさん!」


 アリスの背後から現れたのは、それまで成り行きを見守っていたリュゼだ。胸を張って堂々と向き合うリュゼは、その長い赤毛も相まって戦いの女神のような威圧感を持つものだった。


「おや、あなたも詐欺のお仲間ですか? ははっ、勢いだけかと思えば意外と準備が良いですね」


 しかしフェイスは嘲るように笑ってみせた。どうやらフェイスにはリュゼの態度は不遜なものと映ったようだ。

 とはいえ、だ。

 冷笑を浮かべるフェイスに、リュゼが黙っていられるわけはない。ぴくっとリュゼのこめかみが動いたのをアリスは見逃さなかった。


「詐欺ぃ~? こんな清純そうな美女を捕まえて、詐欺師呼ばわりだとぉ?」

「まま待って、待ってリュゼさん!」


 一歩踏み出すリュゼを抑えながら、アリスは必死に訴えた。


「嘘なんかついていません! 安全なことが分かればすぐに帰りますから……っ。お願いします!」


 しかしすでにフェイスの中に、アリスたちを信じる気持ちはこれっぽっちも無いらしい。アリスの声にフェイスはさらに眉間の皺を深くして、一層声を張り上げた。


「しつこい奴だな! 待ってろ、今すぐ警察を呼んでやる!」

「お願いします! 私は暴発事故で両親を亡くしているんです。もう事故を起こしたくなくてこの仕事に就きました。だから、お願いです! 安全かどうかだけ確認させてください!」


 アリスの言葉にそこにいる全員の動きが止まり、一瞬の静寂が訪れる。ダストの暴発事故の悲惨さは、チムフィッズに暮らす者なら幼い頃から嫌というほど教え込まれるからだ。

 激しい爆発に至近距離で巻き込まれた者は肉片すら残すことなく消滅してしまう。運よく生き残れたとしても、膨大な魔力を浴びたことによる後遺症が残ると言われている。


 皆、アリスの言葉に事故の様子を想像していた。だがすぐに静寂は破られた。


「ど、同情を引こうとしても無駄だ。『親が死んだ』だなんて、詐欺師の常套句だろう――」


 フェイスの低い声はどうやってもアリスたちの疑いを晴らせないことを示していた。しかし彼の祖母は違ったらしい。


「待ってちょうだい」


 老婦人はフェイスの言葉を遮ると、ゆったりと揺り椅子を揺らすような口調で孫に語り掛けた。


「ねえ、フェイス。一度見てもらいましょう? 私、この方たちが嘘をついているとは思えないのよ」

「お祖母様っ、こんな胡散臭い話を信じるんですか?」


 驚いて声を荒げるフェイスに老婦人は口調を変えることなく、柔らかく微笑みながら語り続ける。


「ねえフェイス、あなたが心配する気持ちはわかるわ。でも詐欺師がこんな危険な真似をすると思う? 本当にダストが詰まっていたら自分の命だって危ないかもしれないのよ」

「それは……」


 言いよどんだフェイスから、老婦人はアリスに視線を移した。老婦人はアリスの瓶底めがねの奥をジッと見た後、にっこりと笑った。


「あなたのお話が嘘だとは思えないもの。もし詐欺だったら、あなた名女優よ」


 老婦人の笑みはアリスの要求を受け入れるという意味だ。アリスはこみ上げる嬉しさに思わずぴょんぴょんと飛び跳ねてしまった。


「~~~っ! ありがとうございます、奥様!」

「うふふ、それじゃあお願いするわね」

 

 リュゼもそれ以上口を挟むことなく、出掛かっていた文句も飲み込んだようだ。ただ一人、面白くなさそうに唇を尖らせている人物は残っていたけれど……。


「いいか、変な真似してみろ。すぐに警察を呼ぶからな……」


 アリスは耳に届いた忠告に、ちらりと声の主を見た。しかし不信感と不機嫌を隠そうとしないその顔を見ていても仕事にはならない。アリスはすぐに気持ちを切り替え、排出装置が設置されている屋根裏部屋に向かったのだった。

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