第二話 飛び込み営業です!

「はい、またの機会にお願いします……」


 しょんぼりするアリスの目の前でドアが静かに閉まっていった。


「はい残念だったね。次行くよ、次」


 アリスがすごすごと引き返すと、リュゼは何食わぬ顔で歩き出そうとしている。慌ててアリスはリュゼの前に立ちふさがった。


「え、まだ行くんですか?! 私、もう心が折れそうなんですけど……」

「行くに決まってんだろ。仕事しなきゃあたしもあんたも給料もらえないんだよ」


 後輩の泣き言にムッとした顔をしながらも、リュゼはアリスを無視することは無かった。


「新入りに言うのもなんだけどさ、これまで贔屓にしてた客がにどんどん取られてんだ。あたしたちが新規開拓しなきゃ、うちみたいな小さいとこ潰れちまうだろ」


 そう言いながらリュゼが指さしたのは、民家の壁に貼られた張り紙だった。街の入り口で見かけたものと同じ、大きなブラシが描かれたポスターだ。


 ――メゾン・スムース社。設立時期こそアリスの働く煙突のマツノより遅いものの、社長の優れた経営手腕であっという間に業界第一位に躍り出た会社だ。

 魔導煙突掃除人を目指す学生にとってメゾン・スムース社に入社することが一種のステータスとなっている。……とはいえアリスは、その入社試験の難しさを知る教師から「君には向かない」と受けることさえ認めてもらえなかったのだが。


(確かにエリートと一緒に働くのは私には向かなかったかもしれないけど、飛び込み営業もなかなかつらいものがあるんですけど……)


 学生当時を思い出し肩を落としたアリスは、ポスターから何となく視線を上げた。街の空は、相変わらず煙突から吹き出すダストできらめいている。


(あれ?)


 ある家の煙突が何となくおかしい。違和感の正体を探るように、アリスは目を凝らした。


「あの……」

「なんだい。まだ頑張ってもらわないと――」

「違います」


 呆れたようなリュゼの言葉を遮り、アリスはある家の煙突の吹き出し口をジッと注視した。その真剣なまなざしにつられるようにリュゼも煙突の先を見つめる。


「あの家、煙突から出るダストが少ないです」

「う~ん……? 言われてみればそんな気もするけど……あっ、待て、行くな新入り! くそ、なんでこんな時ばっかり思い切りが良いんだ!」


 リュゼが全て言い終わる前に、アリスは駆け出していた。もちろん向かった先は煙突の持ち主の家だ。

 その家は他の家よりも一回り大きい。さらに庭先まで手入れが整っている。こういう家は通常、定期的に業者のメンテナンスが入っているはずなのだ。飛び込み営業には向いていないことを、リュゼは良く知っていた。


 しかし止めようとしたリュゼが追いついた時には、すでにアリスが呼び鈴を鳴らした後だったのだ。


「すみません。『煙突のマツノ』の者なんですけど……」

「あら。今日、煙突掃除は頼んでいないわよ。もしかして、お家間違えちゃったかしら?」


 呼び鈴に応じたのは感じの良い老婦人だった。真新しいブラシと作業着を身に着けた瓶底メガネのアリスの姿を見て表情を緩めた老婦人は、幼い子に接するようにやんわりと断ろうとした。


「そ、そうではなくてですね。あの、この家のダストの量が少ないのが気になって……。もしかしたら煙突で詰まりかけていないかと……」

「えっ?! 本当?」


 だが慌ててアリスが付け加えた言葉に、それまで笑顔で断ろうとしていた老婦人の表情は驚きに変わった。


 驚くのも当然である。煙突が詰まると、行き場を失くしたダストが内部で暴発する恐れがある。

 魔力が残ったダストのぜる力はすさまじい。手のひらサイズの瓶に集めたダストが破裂する威力は、家を軽く一軒吹き飛ばすほどだ。家庭用煙突の内部に溜まるダストはその何倍もある。

 過去、チムフィッズでは何度も大きな爆発事故が起きている。同じ過去を繰り返さないようにするのも、魔導煙突掃除人としての使命なのである。


 戸惑う老婦人にアリスは真面目な顔をして続けた。


「はい、確かめるだけでいいんです。一度排出装置と煙突を見せて頂けませんか……」

「そうね、じゃあ――」

「それは出来ない!」


 アリスの真剣な表情に老婦人が頷きかけた時、背後から怒り交じりの声がかけられた。驚いたアリスが弾かれたように振り向くと、そこに立っていたのはアリスよりも頭一つ背の高い青年だった。


「良かった間に合って。お祖母様、呼び鈴には出なくていいと何度も言っているでしょう?」

「あらフェイス、早かったわね」


 アリスの横をすり抜けた青年は、老婦人を守るようにアリスの目の前に立った。そして訝し気にアリスを上から下まで眺めると、その整った顔を憎々し気に歪めて言い放ったのだ。


「こんな昼間から堂々と忍び込もうとは、なんて図々しい詐欺師だ!」


「詐欺?!」「まあ、詐欺?」


 アリスの声に老婦人の声が重なる。思わず顔を見合わせた二人の間で、青年はしかめ面を崩すことなく立っていた。

 

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