第18話 見ためは七歳、頭脳は大人
「メントスコーラだッ!」
俺が大きな声を上げたため、皆んながビクリと肩を震わせた。
メントスコーラは、メントスがコーラの中の二酸化炭素をガス化させて爆発的に大量の泡を発生させる。それが面白くて、一時期の動画配信で流行っていた。
「な、なんですか、メントスコーラとは?」
「え、あ、いや、ちょっと試したい事があります」
マルクスさんにビールをコップに入れて貰い、一番怪しいと思われるドライフルーツをコップの中にポチャリと落とした。さぁ、どうだ!
「あれ?」
「何も起きませんね?」
俺がビールとドライフルーツが入っているコップを覗きこんでいると、アリシア様も俺の隣でコップを覗き込む。
あ〜、良い匂いがする。アリシア様の良き香りに鼻の穴が大きくなってしまう。
「何を期待していたのですか?」
「いや、ビールの炭酸とドライフルーツが反応して泡を発生させたんじゃないかと思ったんですが違いました」
「変な事を思いつきますね。でも、もしそうであれば、ダールは食事前に泡を吹いている事になりますよ」
「た、確かに」
アリシア様が言うように、すぐに反応していれば検食前に倒れていた。宛が外れたか……。
「そういや、ダールは検食の時に腹がモゾモゾするって言っていたな」
「腹が? 腹の中で何かがおきていた? 腹の中にあるのは胃か腸? 胃の中は……クンクン」
やたらと良き香りがする。見れば超近距離にアリシア様の顔があった。
「ア、アリシア様! 顔が近いです!」
「ご、ごめんなさい。何やらブツブツと言われていたので、何を言っているのか気になったので」
「その、もしかしたら胃酸と反応をしたんじゃないかと」
そうだ、思い出した。メントスコーラの動画配信の最後に、やってはいけない禁止事項ってやつで、危険な組み合わせってのがあったんだ。
「マルクスさん、出来るだけ酸っぱいビネガーを持ってきて貰っていいですか!」
「何を始めるのですか?」
「ドリアンビールです!」
「ドリアンビール?」
「はい。南国フルーツの中には胃酸と反応して急激に発酵するものがあるそうです。それがビールと反応して大量の泡を発生させた可能性があります」
「……仮にそうだとしても、ハルトは何故そのような事を知っているのですか?」
しまった! 見ためは七歳、頭脳は大人。進◯兄ちゃんが言ってたとは流石に言えない。動画配信でやっていたから、何て事はもっと言えない。動画配信なんてものはこの異世界にはないのだから。
「残飯漁りをしていた時に、居酒屋のおじさん達が話していたのを思い出したんだよ。アハ、アハハハハハ」
アリシア様が半目のジト目で「ふ〜ん」とか言いながら俺を見ている。誤魔化せなかったかな?
◆
マルクスさんが厨房からビネガーを持ってきてくれた。胃酸の濃度には足りないだろうけど、やってトライである。
俺はビールとふやけ始めたドライフルーツが入っているコップにビネガーを注ぎ込むって――。
「うわッ!!」
「キャァァァッ!」
「えぇぇぇぇぇぇ」
「こりゃまた……」
俺がビネガーを注いだ瞬間に、コップのビールが噴火したかの如く、泡が吹き上がったのだ。
動画配信にあった危険な組み合わせのドリアンビール。嘘か誠かは不明だが、ドリアンを食べてビールを飲むと腹の中で泡が発生し、腸が破裂して死亡した事故があったらしい。
「決まりですね。ダールさんが倒れた理由は、大量の泡による呼吸困難。窒息です」
「そ、そうですね」
今はドライフルーツがふやけていたからすぐに反応をした。カピカピのドライフルーツを食べた直後にビールを飲んでもすぐには反応をしない。だから、ふやける迄の時間差で、検食中に発酵反応をして、ダールさんは泡を吐いて倒れたんだ。
「でも、これは偶然の組み合わせですか? それとも……」
このドライフルーツを、おつまみにと持って来たのはマリアさんだ。マリアさんはお屋敷に勤めて五年になるベテランメイドさんだ。今さらこんな事をするのだろうか?
もしこれが計画的にやった場合で、かつダールさんがビールの試飲で舐める程度だった場合、お館様と二人の伯爵様は食事中に腹を破裂させて死んでいた可能性がある。
「いずれにしろ、マリアに話を伺いましょう」
厳しい顔をしたアリシア様がそう言い、俺達はマリアさんの部屋に向かった。
しかし……。
「マリアは部屋にはいないようですね」
部屋にマリアさんの姿はなく、警備の人にお屋敷内を探して貰ったが、どこにも姿は見えなかった。
「マリアさん……」
そう呟くエルニスさんの瞳には涙の粒が溜まっていた。
◆
路地裏でみすぼらしく暮らしていた俺とレイナに、屋根付きの部屋、温かい毛布、美味しい食事を与えてくれたレイクランド侯爵とアリシア様。
今の幸せを、レイナの安らいだ寝顔を、俺は絶対に失いたくない。もうレイナを泣かせるのは嫌なんだ。
その夜。俺の絶対毒耐性が反応して、俺は目を覚ました。部屋には毒ガスが満ちている。
「マリアさん、あなたなのか……」
お屋敷にきて、人の優しさを思い出した。その内の一人がマリアさんだ。
でも、もしマリアさんだとしても、俺とレイナの幸せを壊す訳にはいかない。だから侯爵様を俺は絶対に死なせはしない。
青い月の光が窓から差し込む薄暗い部屋で、俺は机の上に置いた、毒見用の銀のナイフを鞘から抜いた。銀の
俺はこの幸せを絶対に守りぬく!
――――――――
【作者より】
お仕事コンテスト向けのお話はここ迄です。残念ながら書き上がりませんでした(涙)
お話的には起承転結の転迄が終わった所になります。
とはいえ、引き続き連載は続けます。残りあと五話を予定しています。
最後までお付き合い頂ければ幸いです。
もし宜しければ★評価を頂ければめちゃめちゃ嬉しいです。花咲は★1つでも嬉しいので宜しくお願いします。
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