第16話 倒れた毒見役
「ひ、姫様!? なんでこんな所に!?」
「あなたを探していました」
「俺を?」
「でも、要件はいま終わりました」
魔法を見られた状況で、要件が終わったとなれば、魔法について聞きたくて俺を探していたって事か。
「先日の試験の後に先生が、ハルトは魔術師、レイナは魔法使いの才能が有ると言っていたのが、どうしても気になってしまい確認したかったのです」
それで、それを目撃してしまった訳だ。
「レイナが魔法使いである事は、先生のお話から納得できますが、ハルトが既に魔法が使えるのは納得できません」
「えっと……、それは何でですか?」
「……」
アリシア様が半目で何故か俺をジト見している。
「王立学院でも魔法が使える人は少なく、低学級で使える人はいないと聞いています。それなのにハルトは七歳で使えています。なんでハルトは魔法が使えるのですか?」
「それが、先ほどの『ずるい』の理由ですか?」
「先ずは問いに答えて貰ってからでいいですか?」
「は、はい。俺達の部屋に一冊の魔術書がありました。レイナがそれを読み始めたのがきっかけで――――」
俺はアリシア様に今までの経緯を説明した。
◆
「つまりは魔法数式の理解力と、それを解く暗算力が必要という事ですね」
「初級魔法においてはそうだと思います」
「お父様もお母様もそれが足りなかったと?」
「……不敬にあたるので俺の口からはなんとも言えません。ただ、36×36迄の掛け算は一瞬で解ける暗算力は必要です」
俺は前世で24×24迄の掛け算は暗記していた。それでも魔法は発動しなかったので、更に36×36迄の掛け算を暗記して、ようやく手に帯電する程度の僅かな雷魔法を覚える事ができた。
「さ、36×36迄の掛け算を暗記!?」
「はい。一つの目安はそこに有ると思います」
「…………が、頑張ります」
何故か頑張る宣言をするアリシア様。36×36迄の暗記は不可能な事ではない。
前世で、日本は9×9の掛け算しか暗記しない教育だったが、海外では12×12や24×24、インドでは99×99迄を暗記させるなどの都市伝説があったと記憶に残っている。
一握りの魔術師になる為に掛け算を暗記するぐらいの勤勉さは必要なのだろう。それを感覚で理解してしまうレイナはチートだな。ん? だから『ずるい』なのか?
「姫様。ずるいとはレイナの事だったのですか?」
「いえ、ハルトとレイナの事です。王立学院は魔法が使える者は入試が免除されるのです」
「入試が? でも俺達は王立学院とは関係ありませんよ」
「フフ、それは……どうなるのかしら」
アリシア様が裏庭からお屋敷を見上げた。俺もつられて、青い空に映えるお屋敷を見上げた。
まもなく伯爵様がお着きなる時間だ。今日はお館様の兄弟を交えた会議があるとの事だ。それに俺達兄妹が関係しているって事ですか?
◆
事件は夕食前の毒見役の実食の時におきた。あのダールさんが泡を吐いて倒れたとの事だった。
毒見役の毒の確認は大きく分けて三つある。俺がやっている仕入れの時の確認。次に調理が終わり、配膳準備の時の毒見。それから一時間ほどあけて、毒見役に異常が発生していない事を確認した後に配膳となるが、配膳直前に再度実食による毒見が行われる。
ダールさんが倒れたのは最後の毒見の時だったとの事で、俺はアリシア様に呼ばれて、配膳を準備する配膳室と呼ばれる部屋に急いで足を運んだ。
「ダールさんは大丈夫なんですか!」
配膳室に飛び込んだ俺は、部屋にいたエルニスさんに確認をとる。
「ええ、一命は取り留めているけど、原因が分からないのよ」
配膳室にはエルニスさんとアリシア様の二人とコック長のマルクスさんがいる。
「ハルトを呼んだのは――」
「はい、毒の確認ですね!」
アリシア様の言葉を遮る様に俺は返事を返すと、配膳室のテーブルやワゴンに乗せられた食事に顔を向けた。
しかし、ダールさんが死んでいなくて良かった。あのダールさんでさえ、毒に倒れる事があるのが毒見役の仕事なんだ。
◆
「あれ? 毒は何処にも入っていません」
そして俺が毒解析スキルを使って検食した結果、毒はどの料理にも、どの食器にも盛られていなかった。
「ハルトでも分からない毒があるって事?」
アリシア様も不思議そうな顔をしている。
毒じゃない? じゃあ、何故ダールさんは泡を吐いて倒れたんだ?
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