第15話 ヒ素と銀
あの試験から二日が過ぎた。それなりの結果は出したと思ったけど、俺とレイナの生活が何か変わった訳ではない。
変わらないで欲しい。今の生活が幸せだから。俺はレイナの笑った寝顔が見れれば幸せだから。
毒見役なんてろくな仕事じゃないと皆が口を揃えてそう言うけれど、俺は大丈夫だから。
でも、ダールさんに言われた。他の毒見役とは仲良くなるなと。その意味は聞かなくても分かる。
お屋敷には俺を含め六人の毒見役が働いている。三ヶ月も経てば、その中の誰かが死んでいる可能性が高いのだから。
◆
今朝も厨房に行き、ダールさんと一緒に食材の毒見をする。今日は大事なお客様がくると聞いているから、念入りなチェックが必要との事だった。
「ハルト、ここを見てみろ」
ダールさんが持っているのはオレンジだ。食材を乗せたテーブルの上にオレンジが十個近くが山積みになっている。
「穴……ですね」
俺がそう言うと、ダールさんは純銀のナイフをオレンジにブスりと刺す。
「……黒くなりますかね?」
暫らくして、ダールさんがオレンジからナイフを抜くと、刃先に薄っすらと黒い染みが見える。
「ダ、ダールさん!?」
「やってくれるぜ。トリアナ水あたりを注入してあるんだろう」
俺がお屋敷で働き始めて、初めて見る毒。トリアナ水とは亜ヒ酸が溶けている水で、猛毒のヒ素を含んでいるとの事だ。知識があれば作るのは難しくなく、毒液としてよく使われるとダールさんから教わった。
そして純度の高い銀は亜ヒ酸に触れるとわずかに黒い染みをつくる事から、毒の確認に貴族が使う食器や毒見役の道具とかで使用されている。
「ハルト、お前もやってみろ」
テーブルからオレンジを左手で取り、ダールさんから貰った銀のナイフを腰鞘から取り出す。
「オレンジの汁が飛ばないように気を付けろよ」
ダールさんはブスりと刺したが、それは熟練の技で、俺は慎重にそっと刺した。そして、暫らくしてから引き抜く。
「黒ずんでますね」
「このオレンジは全部捨てだな。仕入れた時に俺が確認している。仕入れ時には毒は入っていなかった」
「誰がこんな事を?」
「犯人探しは警備の仕事で、俺達の仕事じゃない。館には何十人もの人がいるんだ。犯人探しなんて出来やしないよ」
誰が犯人かは分からないけど、館の中で働く誰かが犯人なんだ。
◆
朝食を取り終えた俺とレイナは、
「ぷちウォーターぁぁぁ」
レイナが呪文を唱えると、小さな右手から、水鉄砲みたいな感じで水がぴゅ〜と飛び出る。
「やっぱりレイナは魔法使いだよなぁ」
あの本を読み始めてまだ、十日程度なのに水魔法が使えるようになっていた。
「お兄ちゃんの、雷魔法も凄いよねぇ」
「全然凄くないよ。まだ手に少しだけ帯電する程度なんだから」
俺も兄の威厳を保つために、レイナが寝付いた後にひたすら練習して『ぷちサンダー』を少し覚えた。覚えたと言っても、レイナの様に手から飛び出る訳ではない。僅かな電流が手に帯電しているだけだ。
魔法使いと魔術師についてはマリアさんから聞いた通りで、レイナは感覚的に魔法が使え、俺は複雑な魔法数式を暗記し、詠唱する事で魔法が発動している。
レイナが暗算が早いのは、感覚的に答えが見えているのだろう。だから魔法数式も感覚的に答えを導き出しているのだと思う。
「あっ、お姫ぁ」
「えっ!?」
人目につかない場所を選んでいたのに、なぜアリシア様がここに?
「レ、レ、レイナ……、あなた魔法を既に使えるのですね……」
見られた!?
「お兄ちゃんも使えるよぉ」
それは言わんでいいッ!
「えっ、ハルトも魔法を!?」
何故かアリシア様が俺を睨んでいる?
「……は、はい。少しだけですが……」
アリシア様がぷぅと頬を膨らましている。どういう事?
「……ずるい」
はい? それはいったいどういう事なのかな?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます