第6話 パンの香り 【Side アリシア】

「外が騒がしいですね」



 侯爵であるお父様が寄子である貴族領を周り、今日は最後の訪問となるドリアード子爵家にきています。


 九歳の私を1ヶ月も連れ回して、いささか疲れました。


 お父様は、今は子爵と会談中です。食事の時しか私の出番はなく、控えの部屋でその時がくるまで、おとなしく座っている事が私のお仕事です。



「本日は、裏庭にて新しい毒味役の方の試験が行われています」


 

 部屋に控えている、この館のメイドが、そう答えてくれました。



「そうですか。お可哀想に」



 毒味役。彼らのお仕事は、料理に毒が入っていないかを確認するお仕事。、お父様が治める領地内においては、とても重要なお仕事です。それ故に彼らが可哀想に思えてしまいました。



「フフフ、私も似たようなものでしたね」



 娘である私のお仕事は毒味役です。絶対味覚のスキルを神様から授かった事で、政略結婚以外に価値の無い貴族の娘に、毒味役という価値が生まれました。





 侯爵であるお父様とドリアード子爵の午前中のお話しが終わったようで、子爵家のメイドの付き添いで、昼食会のために私は食堂に行きました。今からが私のお仕事です。




 食堂には既にお父様と子爵がおり、入口で頭を下げて中へと入る。私の席は上座に座るお父様の左隣りの席になります。


 私が席に着くと、昼食会のお料理が運ばれ始めます。


 ワイングラスにワインが注がれました。しかし、私はお酒が飲めないので、口を付けません。お父様もわたしが口を付けない事は知っていますので、ワインには手を伸ばしません。


 子爵も私が毒味役である事を知っています。子爵は、気分を害する事なく、ワインに口を付け、喉を潤しています。



 最初に運ばれたスープを私は匂いを嗅いだ後に、スプーンで、一口、二口、三口と飲みます。それを合図にお父様がスープを飲みはじめました。


 お料理は特に問題なく、温野菜やお魚料理と続きました。続いて運ばれたお肉料理と丸いパン。



「お父様」



 千切って食べた丸いパンをテーブルの右奥に置きます。これは食べては駄目ですの合図です。


 それを見た子爵の顔が青くなっていきます。



「お、お嬢様……、まさか毒が……?」



 子爵は震える声で私に問いかけました。

 


「いえ、毒とよべるほどのものでは御座いません。ただ、長旅で疲れてらっしゃるお父様には、ご遠慮して頂いただけです。私であれば――」



 右奥に置いたパンを手にとり、少し口を大きく開けて、パクっと食べました。



「私であれば大丈夫です」



 食べかけのパンを一旦テーブルに置き、子爵を見ればホッと安堵の息を漏らしていました。


 このパンを毒入りと呼ぶのはいささか可哀想ではあります。なぜなら、だったのですから。





 昼食が終わり、私はまた先ほどのお部屋で椅子に座り、お父様のお仕事が終わるのを待っていました。


 トントントンと、扉がノックされ執事のお爺さんが入って来ました。



「失礼いたします、アリシア様」


「何か御用でしょうか?」



 先ほどの昼食会で、扉脇に控えていた執事の方です。



「先ほどのパンの件では、大変失礼致しました」



 そう言って頭を下げています。



「いえ、それが私のお仕事ですから。ただ、先ほどの席ではあなたも青い顔をしていましたね。あなたはあのパンの事はご存知だったようですね」


「申し訳ございません。コック長にはタバコは吸わないように注意致しました。ご夕食会にはこの様な事がないよう、よく申し付けて御座います」


「つまりはタバコの件は知っていて、昼食会にパンを出したという訳ですか?」



 少し意地悪なもの言いで伺ってみます。



「も、申し訳ございませんでした」



 再び深々と頭を下げる執事。



「タバコの匂いには、どなたかが気がついていたのですね?」


「……そ、それが――――」



 執事が事情を話し出しました。先ほどの毒味役の試験でタバコの匂いを指摘した者がいたそうです。まだ小さな子供だったために不採用にしたとの事でした。


 執事が私の視線から目を背けている事から、他にも隠している事が有りそうですね。



「それで、その子供はどちらにお住まいかご存知ですか?」



 私しか気が付かないと思っていたタバコの匂いに気が付いた子供。鋭敏な味覚か嗅覚を持っているに違いありません。その子供に興味が湧いて来ました。

 

 

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