第5話 就職試験―2
十個のパンには全て毒が入っている。この中から毒の入っていないパンを選ぶ事は出来ない。
俺のだけ全毒入りか?
他の六人を見れば、十個のパンを完食して泡を吹いて倒れているバカ野郎以外は、みんな思案げな顔をしながら、少し摘んで食べたり、匂いを嗅いでみたり、舌でなめたりしている。
俺のだけって事はなさそうだ。ならば答えは1つ。どれも選ばない、だ
一次試験は美味しいパンを選べで、美味しいパンを選んだら失格。
ならば二次試験も、どのパンを選んでも失格って流れはあるし、俺の毒解析スキルが全てに毒が入っていると言っている。
「よし、時間だ。選んだパンを自分の正面におけ」
泡を吹いて倒れた人以外はパンをニ、三個テーブルの上に並べている。
「坊主はどうした? 諦めたか?」
コック長が俺を煽るが、その手にはのらない。選んだら失格になるんだからな。
「よし、では合格者を発表する」
さあ、俺を選べ!
「お前と、お前と、お前だ」
えっ?
俺は?
「他のヤツラは帰ってくれ。試験は終わりだ」
「ちょっと待ってよ! このパンには全部毒が入っていた! 選んだら失格、そうじゃないのかよ!」
「あん? 全部に毒が入ってるだぁ? 俺が作ったパンにケチをつけるのか!」
ギロりと俺を睨むコック長。「これだからガキは嫌いなんだよ」と言って、懐から葉巻タバコを出して、口に加えた。火を着けていないダバコをスパスパと吸っている。
……ダバコ、タバコかよ!
タバコには毒性があり、長年吸っていれば、その毒は指に染み込む。それがパンの生地に混ざっていたんだ。だからコック長は毒を入れていない。
そして毒レベル1にも満たない毒は毒と呼ばないらしい。毒解析スキルに頼り切った俺の慢心がもたらした失敗だった。
俺は俯いて、拳をギュッと固く握りしめた。せっかくのチャンスを棒に振ってしまった自分に腹がたつ。
「坊や、良かったわね」
そう言ってきたのは、ふくよかなお姉さんだった。良かった? そんな筈はない。試験に受かれば、子爵家に泊まり込みで働く事が出来た。レイナと屋根付きの家で、温かいベッドで、レイナの笑顔を見る事が出来たんだ。
唇をギュッと噛み締めたら、唇が切れて血が少し流れでた。
「坊やには可愛い妹さんがいるのだから、命を粗末にしては駄目よ」
「お姉さんはいいの?」
人の心配よりも自分の心配をしてほしい。なぜ子爵家が毒見役を募集したのか。理由は簡単で、毒見役が死んだからだ。
「フフフ、私は夢が叶ったからいいのよ」
「夢?」
「貴族様の家で働く事が夢だったのよ」
「で、でも危ない仕事だよ」
俺が言うのも変な話しだが。
「それでもね、何もない人生よりも、夢が叶った人生の方が素敵でしょ」
毒見役はロシアンルーレットだ。たぶん毒見役は数人でローテーションして毒見をする。自分の番に毒を盛られていなければ生き続ける事が出来る。
「お兄ちゃん、良かったね」
レイナが俺の服を摘み、良かったね、と微笑んだ。分かってないなコイツは。試験に合格していれば、屋根付きの家で寝泊まりが出来たんだぞ。
「レイナはねぇ、お兄ちゃんが元気ならぁ、お外のお
うグッ、レイナ、いい子やぁ!
レイナはレイナなりに俺の心配をしていたんだな。
「はい、これを持って行きなさい」
ふくよかなお姉さんが、俺に小さな小袋を手渡した。ジャリっという握った感じから、それがお財布である事が分かった。
「私はお屋敷で働くから、あまり使う事もないから持って行きなさい」
「で、でも……」
「可愛い妹さんと美味しいものを食べて。ねッ」
にこりと微笑むふくよかなお姉さん。俺があと十歳、
「あ、ありがとうございます!」
俺は二度と会うことは無いであろうお姉さんの笑顔を、心のアルバムに焼き付けた。
裏門に向かう途中でコック長とすれ違う。相変わらず火を着けていない葉巻タバコをくわえていた。
「おじさん、パンを練る前にタバコは吸わない方がいいよ」
「ふん! さっさと帰れ、クソガキ!」
悪態をつくコック長には言葉を返さず、俺はレイナの手を握り、肩を落としながら裏門を出た。
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