第2話 泣いた兄妹

「レイナは本当に賢いなぁ」


「エヘへへ」

 


 朝霧がかかる大通り。霧に包まれた人通りの少ない朝の街なら、みすぼらしい俺たちに気が付く人もいない。



 街の壁に貼られた幾つかの求人情報の紙を俺とレイナは必死に読んでいた。



 子供が働ける職場は基本的にはない。でも稀に草取りやゴミ掃除の仕事が出る時がある。


 こちらの世界に転生してから俺は、街の看板や標識でひたすら文字を覚えた。日本での勉強は数学と理科の一部以外は、結構やくに立たない。英語をひたすら勉強したあの時間を返してほしい。


 そして驚くべきはレイナだった。


 残飯漁り以外は特にやる事がない俺たちは、砂の黒板を使って、勉強したり絵を書いたりと、呑気な暮らしだ。


 しかしレイナは三歳で二桁の足算引算を覚え始め、四歳で三桁の四則演算が出来るレベルになっていた。この子は天才やぁ!


 そして文字もしっかりと読めるようになっていた。



「お兄ちゃん、これは?」


「おっ、これはッ!……でも駄目だな。ここに着ていく服がないよ」


「……そうだね」


 見つけた求人情報は貴族の家での仕事だった。この仕事なら俺でも出来る。しかし、貴族の家にボロボロの服で行ったら、門前払いされて終わりだ。


 目に涙を溜めるレイナ。



「他にもいい仕事があるかもしれないから見てみようぜ」


 そう言って、小さなレイナの頭を撫でた。しかし、仕事は結局みつからなかった。





 ここ数日、雨の日が続いていた。俺たちは雨を凌ぐのに、路地裏から橋の下に寝ぐらを移した。


 しかし、この街にいる家無し子は俺たちだけじゃない。家無し子たちが集まるチビッコギャングが橋の下にやってきたのだ。


「お兄ちゃん」と震えるレイナ。このクソガキ共をぶちのめしてもいいのだが、俺が殴りあいをしてる間にレイナに何かあればきっと後悔する。


 俺たちは橋の下をチビッコギャングのクソガキ共に明け渡し、雨が降るなか、ビショビショに濡れながら、レイナの冷たくなった手を握りしめて、暗い裏路地へと入っていく。


 そして、あのおばさんのお店の裏手にやってきた。体は冷え切り、手を握るレイナの冷たい手は寒さで震えている。せめて何か食べる物だけでもほしい。



「ちくしょう。最近は残飯が減ったな。おばさんに塩の事を教えなきゃよかったぜ」


 おばさんのお店は味が良くなったせいで、先日までは沢山あった美味しい残飯が、今日はほとんど入っていない。


 土砂降りの雨が俺とレイナの心までも濡らしていく。ずぶ濡れの中レイナはずっと俯いて、いつもの明るい笑顔は消えていた。


 クソッ! こんな事は過去に何度もあった。今日が初めてって訳ではない。そして毎回落ち込むんだ。俺はまた――――。



「クソッ、駄目だ。レイナが食べられそうな物はないや……」


「ぅぐ……、ぇぐ…………、ぅぐ…………、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん、お腹空いたよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ、お腹空いぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん」



 普段は腹を空かしても、「大丈夫だよ、お兄ちゃん」って笑うレイナも、こういう時は駄目だ。そりゃ、そうだろ。まだ四歳の女の子なんだぜ。



「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん」



 レイナの小さな体が、震えながら泣き叫ぶ。……俺はまたレイナを泣かしてしまった。



「クソッ、クソッ、クソォォォォッ!」



 俺は降りしきる雨天に吼えた! このクソッたれの異世界に! 力のない自分に! 四歳の義妹いもうとを泣かせる自分の不甲斐なさに!



「クッ……クソォ」



 泣きてぇ、俺も泣きてぇ、でも俺が泣いたら誰がレイナを助けるんだよ。



 目に溜まる大粒の雨・・・・を腕で拭う。



「ちょっと、あんたら」



 お店の裏口が開いて、おばさんが顔を覗かせた。



「ずぶ濡れじゃないか。こっちにお入り」



 おばさんが雨の中おもてに出て、レイナをお店の中へと連れていった。



「ほら、あんたも早く店に入りな」



 戸口で手招きするおばさん……。


 ああ……、ダメだ……、無理だ……。



「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん」



 俺は泣いた、七歳児のように。限界だったのはレイナだけじゃない。俺だって……、俺だって……、俺だって泣きたかったんだ。


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