人外ぱうわう!

henkatanuki

人外ぱうわう!

 Vtuberをはじめとしたバーチャルアイドルが世の中の需要を総取りしてしまった近未来、現実のリアルアイドルの需要が著しく下がってしまった!


 リアルアイドルはあの手この手で需要を取り戻そうと躍起になったが、自由自在変幻万化なバーチャルアイドルの魅力には全然歯が立たなかった。


 減り続ける仕事、消えゆく貯金……いっそ自分達もV転生してしまおうかと血迷っていたそんな時、反旗を翻す革命的な技術が、国内の匿名マッドサイエンティストによって公表された。


 それが『瞬間的ゲノム還元変化再構築技術』(通称、ゲノ変)である。


 ゲノ変で作られた『変幻薬へんげんやく』を経口投与することにより、服用者の細胞を瞬間的に万能細胞に還元させ、プログラムされたゲノム改変可能範囲内であれば、体をある程度自分の意思で自由に変化・再構築させることができる――言うなれば、ゲノ変はことができる画期的な技術なのだ。


 ゲノ変の作り方がインターネットの動画配信で公表された当初、「人が冒してはいけない禁断の領域だ」とかなり炎上したが、何とかして有名になりたい底辺動画配信者が捨て身の覚悟でマッドサイエンティストから闇ブローカー経由で購入した『変幻薬』を服用したところ、実際に自分の意思で耳をネコ耳に変化させることができた。


 人耳からネコ耳へと変わるリアルな変身過程は、最初CGではないかと疑われ、これまた大炎上。


 国内最高峰の科学捜査班が検証するところまで至ったが……動画は一切編集した痕跡がなく、また『変幻薬』を入手して分析しても健康には何ら問題が無いとの結果で、この技術は瞬く間に日本中に普及し、『変幻薬』を作れる研究者の需要は爆増した。


 こうして、『変幻薬』の登場によって、バーチャルアイドルに負けない変幻自在な姿を手に入れたリアルアイドルは、徐々に需要を取り戻し、『人外ぱうわう!』という変身要素を取り入れた次世代のパフォーマンスショーを繰り広げるのであった――


***


「こんバケ~! 今日も配信見に来てくれてありがとー! 今日は1種配信。TFする動物はタヌキだよぉー!」


 化田けたコノハはアパートの自室で動画のライブ配信を始めた。

 コノハは『木葉出このはでバケ太』という芸名でトップアイドルを目指している。


 髪はセミロングで、明るい茶色。

 身長・体重は標準的な女性で、胸は大きめだ。

 配信時はいつも肌の露出度が高い半袖のTシャツを着ている。


「あ、初見さんいらっしゃーい。ん? 年? 19! あ、大学は行ってない……フリーターです……『人外ぱうわう!』のトップアイドル目指して活動しているので、応援よろしくお願いします! 活動始めて一年経つけどまだ生活カツカツなので、投げ銭も大歓迎!」


 コノハは両手を合わせて画面の向こう側の視聴者にお願いした。


「さて、『変幻薬』はもう飲んでるから早速始めていこうかな。まずはどこがいいかなぁ……ん? 肉球が見たい? いいよ!」


 コノハはフレキシブル三脚で固定したスマホに向かって両手を向けた。


「んっ……」


 手のひらが少しこそばゆい。

 コノハは目を閉じてタヌキの肉球をイメージする。

 手のひらがもこもこと隆起し始め、隆起した部分が肌色から灰色に変わっていく……。


「はぁ……ふぅー、へへ、手のひらに肉球出したよ。どうかな? 可愛い? やった~! あ、しまった……手をTFさせた勢いで爪が伸びちゃった」


 コノハの爪は動物の爪のように鋭く尖っていた。


 TFはtransfurの略。

 元々は獣化という教義的な意味で使われていたが、今はを指す。


「肉球は触るとどんな感じかって? えーっとね、ふにふにしているんだけど、それなりに弾力もあるよ」


 コノハは自分の肉球を指で押して見せた。


「次はどこがいい? 手に肉球出したから、そのまま腕まで毛を生やして欲しい? よし、採用!」


 コノハはスマホに向かって腕を伸ばした。


「よっ」


 少し力む。

 ゾワゾワとくすぐったい感覚が走り、焦げ茶色のタヌキの毛が生えてくる。

 毛はゆっくり生やすように制御することが重要。

 パフォーマーの腕が試される。

 TFしている途中が配信の盛り上がり時で、コメントの流れも速い。


「あ、ケモスキーさん、500コインありがと~! 嬉しい!」


 良い演技ができると投げ銭してくれる人がいるのだ。


「あっ、ちょ、えっ、待っ、待って。この感じは、あっ――」


 毛を生やすのは腕までのイメージをしていたが、制御しきれずに肩まで生やしてしまった。


「たはは……ミスっちゃった……」


 TFの制御は難しい。

 想定外のTFは配信ではご愛敬だが、ステージでは御法度だ。 

 トップアイドルになるには、ステージで事故が起きないよう、自分の思い通りにTFを制御できなければならない。

 それには何よりもトレーニングが重要だ。


「うぅ……私もまだまだです……え、シッポが見たい? よ、よし! 今度は頑張るぞ!」


 コノハは立ち上がり、スマホの傾き具合を変え、お尻を見せた。

 スカートを少しズラして、素肌を見せる。


「ふぅ……んんっ!」


 お尻に力を入れると、尾てい骨の先端の皮膚がにゅっと盛り上がり伸びていく。

 盛り上がった皮膚を隠すかのように毛が生え、シッポがもこもこと大きくなる。


「はぁ……はぁ……今度はちゃんと成功したかな?」


 コノハのお尻からタヌキのシッポが生えた。

 シッポに力を入れて、左右に振ってみる。

 視聴者から「グッジョブ」とコメントがたくさん来て、コノハは喜んだ。


「よしよし、シッポを生やすのは大成功だね! おっ、次は耳がいい? オッケー!」


 コノハはシッポの先を膝の方に回し、抱き抱えるようにして座った。

 スマホに顔を近付け、髪を上げて耳を露出させる。


「耳のTFはね、結構くすぐったいんだ……はふぅ……」


 大きく息を吐いて耳をTFさせることに集中する。

 ピクっと耳が動き、人の形状からタヌキの形状に変わっていく。

 耳のある場所が頭上へと少しずつ移動していき、耳が焦げ茶色の毛で覆われていく。

 まるでタヌキ耳のカチューシャを付けたみたい。

 しかし、耳はひょこひょこと左右に動いている。


「ふぅ……耳も成功かな! 見てみて! たぬ耳、自分で動かすことができるんだ!」


 コノハはそう言って自分の耳を立てたり倒したり、右に向けたり、左に向けたり動かした。


「可愛い」のコメントが多数流れてきて、コノハはご機嫌になった。


「最後はマズルだね……顔のTFはムズムズして結構しんどいんだけど……頑張るよ!」


 コノハは眉間にシワを寄せて顔を力ませた。

 鼻と口先が前へ前へと突出し始める。


「はぁ……はぁ……」


 呼吸が荒くなるのは仕方がない。

 歯が尖って、むず痒さが顔全体に広がる。

 鼻先が黒ずみはじめ、マズルの先端から顔全体にタヌキの毛が生えてくる。

 

「ウゥゥゥゥ……」


 思わず、強く歯を噛み締めてしまう。

 髪が短くなり始めたが、何とか堪えて、元の長さまで戻した。

 首から肩までも毛が生えていき、モフッとしたタヌキ獣人の姿になった。


「はぁはぁはぁ……へへっ、ちゃんとたぬケモになれたかな?」


 コノハはチラッと自室の立ち鏡で自分の姿を見た。

 そこには人間時の面影を残した服を着たタヌキ獣人がいた。


「えへへ、可愛いってありがとー! ケモノアイドルやれそう? うふふ、そっちの路線もありかなぁ?」


 自分のシッポを擦りながら、視聴者のコメントに反応を返していく。


「下半身は人のままかって? えへへ、それが実は下半身もタヌキ化しちゃっていましたぁー」


 コノハは立ち上がって、視聴者に全身を見せた。


「あ、そろそろお出掛けする時間! もっといろいろ見せたかったけどごめんね、今日の配信はここまで。アーカイブは支援サイトに上げるので、途中からや見逃しちゃった人はそちらを見てね。次の配信はSNSで告知するので、フォローもよろしく! それじゃあ、バイバーイ!」


 コノハは配信を切った。


「だはぁー」


 コノハはそのまま仰向けに倒れ込む。

 仰向けに寝るとシッポが少し邪魔だ。


「むうぅ……TFの制御ちょっと失敗。疲れもある……やっぱりTF制御のトレーニングと体力付けなきゃダメかぁ……」


 コノハは目を閉じて体の力を抜いた。

 すると、タヌキ化していた全身が少しずつ人間の体に戻っていく。



 『変幻薬』の効果は大体一時間。

 その間はプログラムされている動物と人間の姿を自分の意思で行き来できるが、薬の効果が切れた時点で、その姿で固定されてしまう。

 例えば、動物のネコの姿で固定されてしまうと、『エリクサー』と呼ばれる万能強制変身解除薬を飲まない限り人間の姿には戻れない。


 『変幻薬』と『エリクサー』はセットで販売される。

 『変幻薬』は個人の体質に合わせて作る必要があるので、ドラッグメーカー(通称ドラメ)と呼ばれる専門のゲノム解析研究者に依頼して作ってもらうのが一般的だ。


 依頼は誰でもできるが、ドラメによって作れる『変幻薬』のクオリティが異なり、一件当たり数万円~数十万円するため、本気の人しか依頼しない傾向がある(最初の開発にお金はかかるが、一度作ってもらった同じ薬は比較的安価で買える)。

 ドラメはバーチャルアイドルでいうに当たる。


「よし、人間に戻ったから『エリクサー』は飲まなくてもいいでしょ。研究所にムササビのゲノムを持って行こう!」


 コノハはシュッと起き上がって、アパートを飛び出した。


***


 コノハはえらい研究所にやって来た。


「すみませーん、偉博士はいますか?」


 コノハは研究所の入り口で受付嬢に話し掛けた。

 受付嬢はピポパと電話を鳴らした。


「博士、バケ太さん、いらっしゃいましたよー。はい、はい。わかりました」


 コノハは芸名でドラメに依頼したため、芸名で呼ばれている。

 受付嬢が電話を切ると、偉博士の部屋まで案内してくれた。

 偉博士は人と同じくらいある巨大なコンピュータを前に忙しそうにキーボードを叩いていた。


「ん? あ、バケ太君か。今日は何の用?」


 偉博士はコノハの方を向いた。

 偉博士は細身短髪で眼鏡を掛けた高身長の23歳だ。

 この年で研究所を建てるほどの優秀さから分かる通り、天才だ。


「ムササビのゲノムを持ってきました。ゲノム取るのなかなか大変でした……」


 『変幻薬』は様々な姿にTFできる可能性を秘めているが、現在のところ、現存する動物に近い姿にしかなれない。

 例えば、ウマにはTFできるが、ユニコーンにはTFできない。


 しかし、ドラゴンへのTFはかなり需要があるので、外見的にドラゴンに似ているトカゲのゲノムを改変してドラゴンぽい姿にTFできる『変幻薬』の開発が進められている。


「おー、よく入手したね。どうやったの?」


「ツアー参加しまくってムササビ見付けてシュバッとやりましたよ~」


 『変幻薬』は依頼時にTFしたい動物のゲノムも一緒に渡す必要がある。

 動物のゲノムを入手する方法は主に二通りあり、公的な販売所から購入するか、自力で野生動物から採取する。

 ネコなど一般的な種のゲノムは低価格だが、ユキヒョウなど希少種のゲノムは数十万円と高い。


 自力の場合、『バイオスピア』という手のひらサイズのレーザー銃で動物を照射してゲノムを採取する。

 一回の照射では動物に大きな負担は与えないが、動物園の動物が多くの人々に狙われて問題になった事件があったことから、最近ではエコツアーで野生動物から採取する『変幻薬』専用の格安ツアーが組まれていたりする(動物保護団体と軋轢を生まない範囲で)。

 ツアーのメリットは販売所より安価でゲノムを得られるところだが、相手は野生動物なので必ずしも毎回出現するとは限らない。

 どちらも一長一短だ。


 コノハはムササビのツアーに三回参加してやっとゲノムを採取したのだった。


「よしよし、了解。お疲れ様。バケ太君のゲノムはちょっと特殊だから『変幻薬』に組み込むのは難しいけど、何とかやってみるよ」


「ありがとうございます! よろしくお願いします!」


 コノハのゲノムは普通の人と少し違うらしい。

 何十人ものドラメに『変幻薬』の作成を依頼したが、難し過ぎると全部断られた。

 藁をも縋る気持ちでようやく辿り着いたドラメが偉博士だった。

 偉博士に初めてコノハの『変幻薬』を作ってもらって、ウサギにTFできた時の感動は今でも忘れない。


「ちなみに……どのくらいでできますか?」

「今調合しているバケ太君の『変幻薬』はウサギとタヌキでしょ。ここにムササビのゲノムも組み込んで人間⇔三種の動物に自在に変身できるようにするには、各種のゲノムの可変性をちょうどいいバランスにゲノ変し直さないといけないから……他のお客さんの『変幻薬』も作らないといけないし、二週間くらいかかるかな」


「むっ、他のお客さん……ライバル……」


 偉博士の『変幻薬』はクオリティが高いと有名なので、依頼するアイドルも多いのだ。


「待っている間に、動物の体について知識を付ける、体力を上げる、今ある『変幻薬』でTF制御のトレーニングをする、パフォーマンスを磨く、バイトや動画配信をしてお金を稼ぐなどして、『人外ぱうわう!』のステージに向けてステータスアップをしておいてね」


「わかりました!」


***


 新しい『変幻薬』を待つ間、コノハは偉博士に言われた通りに自身のステータスアップに費やした。

 特に力を注いだのが、お金を稼ぐ、TF制御のトレーニングをする、パフォーマンスを磨く、を同時にこなせる動画配信だった。


 『人外ぱうわう!』は現在最もメジャーなリアルアイドルのライブステージだ。

 コノハは子供の頃に『人外ぱうわう!』をたくさん見て、歌って踊って変身するアイドル達に憧れた。


 『人外ぱうわう!』は全国ステージと地方ステージがあり、地方ステージで審査員に目を付けられたアイドルは全国ステージに抜擢される。

 全国ステージに立つアイドルは、視聴者の投票によってランキング付けされ、下位ランクのアイドルはどんどん地方アイドルと入れ替えされるシステムだ。


 人気を得るためにアイドルがした黒い側面を暴露することも一つのコンテンツとなっており、市場拡大は止まらない。

 様々な思惑が働くアイドル界だが、トップアイドルは人を魅了するパフォーマンス力が高いのも事実。

 コノハは子供の頃に憧れたこの世界に飛び込んでみたいと思い、高校卒業と同時にアイドル活動を始めたのだった。


***


 ――二週間後。


「博士! できたんですか?」


「うん。できたはできたんだけど……やっぱりバケ太君の『変幻薬』をゲノ変するのは難しい……現状の二種のままじゃダメ?」


「うぅ~~、ムササビも入れて三種にしたいですぅ~~」


 TFできる動物は多い方が、パフォーマンスの魅力も高くなる。


 コノハは目をうるうるさせて偉博士に訴えた。


「はぁ……君ならそう言ってくると思ったよ。する可能性があるから、今ここで試してみて」


 コノハはカプセル状の新しい『変幻薬』を渡され、水と一緒にグイっと飲んだ。


「そ、それじゃあ、TFしてみますね。まずはウサギから……んっ……」


 コノハはウサギになるイメージを膨らませる。

 全身がムズムズし始め、もこもこと体中からウサギの毛が生えてくる。

 スカートを少し下げるとまん丸のシッポが生え、耳が長く伸びて頭の上方へと移動した。

 マズルが突き出て、前歯が伸びる。

 手足の指が太くなり、全身の肉付きがふっくらする――コノハはウサギの獣人にTFした。

 プライベートでTFするのは何故か少し恥ずかしい。


「うん。ウサギの獣人形態は大丈夫そうだね。そのまま動物になってみて」


「はい。んんっ……」


 ウサギ獣人のコノハは全身に力を入れる。

 すると、髪も毛の色に染まり、体が少しずつ小さくなっていく。

 着ていた服がすべて脱げ落ち、コノハは人間の面影を少し残しつつも、普通の動物と変わらないウサギの姿にTFした。


「ウサギ化は安定して問題なさそうだね。そのままタヌキになれる?」


「はい。はぅ……」


 コノハはタヌキにTFするイメージを膨らませる。

 まん丸のウサギのシッポが膨らみはじめ、毛もタヌキの色に変わっていく。

 胴体が少し長くなり、体のサイズも二回りくらい大きくなった。

 うさ耳が縮み始め、丸みを帯びたたぬ耳に変化する。

 マズルがさらに突き出て、前歯が縮む――コノハは動物の状態のままウサギからタヌキにTFした。


「よしよし、その感じだと、タヌキも問題なさそうだね。次はムササビに変身してみて」


「よ、よし……はふぅ……」


 コノハは気合いを入れた。

 動物のムササビのイメージを膨らませる。

 マズルがタヌキより縮み、手足の指の毛が消えていく。

 体が小さくなり始め、前足と後足の間に滑空するための皮膜が形成され――


「あっ! 何かダメそう! あぁっ」


 コノハの体がどろりと溶け始め、タヌキからムササビにTFする途中で全身がゲル化してしまった。


「うぅぅ~、失敗ですかぁ? 動きにくい……」


「ゲルになっちゃったら失敗だね……二種までは変身できていたから、三種目のゲノ変がやっぱりうまくいっていないってことか……あっ、これ、『エリクサー』の入っている瓶ね。服持って、部屋の隅で元に戻ってね」


「はーい。んしょ、んしょ」


 ゲルはスライムのような状態だ。

 TFに失敗するとみんなこの状態になるが、『エリクサー』を飲むことで人間の姿に戻れる(服が脱げていると裸で戻るので注意)。


 コノハはぐにょぐにょの動きにくいゲル状態で、脱げた服を咥えて部屋の隅まで床を這っていった。


 マニアックなファンに応えるため、敢えてゲル化してパフォーマンスするアイドルもいる。

 しかし、ステージでうっかりゲル化してしまうとファンに興醒めされ、ランキングが著しく下がることもあるので、アイドルは『変幻薬』に慎重だ。


「ゲルの状態じゃ飲みにくいけど、飲まないと元に戻れない……」


 コノハが液体状の『エリクサー』を飲むと、ゲル状の体が人型に伸びていき、人間の姿に戻っていく。

 元に戻ると、コノハは急いで下着と服を着た。


 『エリクサー』を飲むと『変幻薬』の効果時間内でもTFできなくなる。


「うぇーん! 博士ぇ~! 何とかできませんか?」


「うーん、頑張ってみるけど、また二週間くらいかかりそうだね……」


「二週間……あっ! エントリーした地方ステージギリギリ……」


「何とか間に合うように頑張るけど……コストも三万くらい追加でもらわないとけいけないかも……」


「ひいぃぃ~! 配信は振り込み遅いから短期バイトで稼がなきゃ……」


「バケ太君、待ってる間、筋力付けて! 筋力! ほら、筋肉は全てを解決するって言うし、ステージでゲル化しそうになった時に筋力で元に戻したって話も結構聞くから……」


「そんなの都市伝説ですよぉ~」


 しかし、コノハは偉博士の助言通りに、肉体労働系の日雇いバイトに勤しむのであった。


***


 ――『人外ぱうわう!』地方ステージ当日。


 結局、偉博士からの連絡はなく、コノハは従来の『変幻薬』で舞台に臨む覚悟を決めた。


 少し残念だが、パフォーマンスは二種用と三種用を練習してきたので大丈夫だ。


 個別の待機室で出番待ちをする間、コノハは食い入る様にテレビのライブ中継画面を見ていた。

 みんな様々なパフォーマンスで客を魅了している。

 最初から獣人姿で登場するアイドルもいれば、動物姿から始めて人間に戻っていくアイドルもいた。

 こそがまさに『人外ぱうわう!』の原点だ。


「お、お客さん、止まって! 止まって! 待機室は関係者以外立ち入り禁止!」


 何やら外が騒がしい。

 何事かと思ってドアを開けると、警備員に倒されている偉博士がいた。


「ハァ……ハァ……バケ太君! 何とか間に合った! ぶっつけ本番ですまないが、良かったらこっちを使ってくれ! どっちを使うかは君に任せた。幸運を祈る!」


「博士……はい、ありがとうございます!」


 コノハはボロボロの偉博士から新しい『変幻薬』をもらい、目に涙を浮かべながら笑顔でお礼を言った。


***


 ついにコノハの番になった。

 二種の『変幻薬』はゲル化しない事を確認済みだが、三種の方がパフォーマンス力は大幅に上がる。


 コノハは忙しい偉博士がわざわざここまで持って来てくれた新しい『変幻薬』に賭けることにした。


 可愛い衣装を着ての久々のライブステージは緊張するが、全力で楽しむことにした。


「続いては――木葉出バケ太さんのステージだ! 盛り上がっていきましょうー!」


 司会に呼ばれた。

 コノハのステージの幕が上がる。


「こんバケ~! 木葉出バケ太、いっくよー!」


 音楽が鳴り始め、コノハはパフォーマンスを開始した。


 歌いながら手をクロスして、観客の方に両手を出す瞬間に、手をタヌキ化させる。

 動画のライブ配信と違って、ステージでは瞬間的な滑らかなTFが求められる。


 タヌキ化させた手をグーパーグーパーしてウインク。

 その瞬間、髪で隠していた耳をTFさせて、たぬ耳が生えてきたように見せかける。

 観客の方にお尻を向けて、リズミカルに左右に振りながらタヌキのシッポを伸ばす。

 くるっと一回転してジャンプした瞬間に、全身に力を入れ動物のタヌキにTFすると同時に服を脱ぐ。


 ここまでは順調だ。

 観客からの声援も聞こえる。

 体が熱い。

 心が躍る。

 楽しい!


 ステージの上をぐるぐる走り、脱げ落ちた服の中に入る。

 ここでタヌキからウサギにTFして服の中から飛び上がる。

 ピョンピョンと音楽に合わせてジャンプを披露。

 頭からくるくると前回りする中で、動物から獣人形態にTFする。

 ウサギ獣人にTFしたら、二足立ちして全身を使って可愛いポーズ。


 連続TFはかなり体力を消耗する。

 肉体労働系の日雇いバイトを最近やりまくっていたのは、ある意味正解だったのかもしれない。

 そして、ここからがいよいよ最大の見せ場、勝負の時だ。


 コノハは舞台端まで走って行き、Uターンして思いっきり加速した後、ウサギ獣人の脚力で大ジャンプ。

 ジャンプが最大に達した瞬間、大の字になってムササビにTFする――


「!」


 ――瞬間、コノハの体がドロッととろけそうになった。

 このままだとゲル化してしまう。

 コノハは何とかゲル化しないように全身の筋肉に力を入れた。


「……なんとかいけそう!」


 奇跡的にもゲル化が収まり、ムササビ化に成功。

 実際にやるのは初めてだが、思いっきり皮膜を広げて、ステージ上を滑空する。

 何だかシッポと耳が重い気はするが、空を飛ぶのは気持ち良い。

 着地すると同時にくるくると前転して、ムササビの獣人にTFしてウインクしながら決めポーズ!


「ハァ……ハァ……やった……やりきった……ん?」


 観客は私の方を見ながら驚いた顔を浮かべている。


「な、何だこれはー!? ムササビの体にウサギの耳にタヌキのシッポのキメラ獣人! 新しい技術の発表かぁー? 木葉出さん、一言頂けますか?」


 司会の人にマイクを向けられる。


「え? 何? キメラ? へ? 何かよく分からないですけど、こんなんになっちゃいました……あっ、『人外ぱうわう!』のトップアイドル目指しているので応援よろしくお願い致しますー! 見て下さってありがとうございました!」


 コノハは頭が混乱しつつも、何とか無事ステージを成功させたのだった。


***


 ――翌日。


「博士ええぇぇぇー! あれ一体何なんですかああぁぁー?」


 コノハはすごい剣幕で偉博士に説明を求めた。


「い、いやぁ、正直僕にもよく分からない。僕は『変幻薬』を作っただけで、まさかキメラ化するなんて……今まで前例がないよ。でもある意味可能性が開けたね。君のゲノムを詳細に解析することで、アイドル達はより自分好みの姿になれるようになるはずだ」


「実験動物扱い……」


「人聞きの悪いことは言わないでくれ……あ、そうそう。審査員から全国行きの声が掛かったんだって? おめでとう! 良かったね。必死に届けた甲斐があったよ」


「そ、そうなんですよ! やりました! 昨日はありがとうございます! でも、何で捕まってまで届けてくれたんですか?」


「それは……バケ太君が半泣き状態で『変幻薬』を作ってくれって最初に来た時の印象が強くてね。君のゲノムも謎が多いし、何とか応援してあげたいなーって思ってさ」


「あっ! それって、博士、もしかして、私がですかぁ~?」


 コノハはニヤニヤした。


「コホン。まぁ、そうかもしれないね……」


「! そ、そんな、素直に言わないで下さい……」


「なんてね」


「もー、からかわないで下さい!」


「あはは。まぁ、今後もトップアイドル目指して頑張ってよ。君がトップになると僕も鼻が高いよ」


「よーし、頑張るぞー! 四種目の動物は何がいいかな~♪」


 コノハのトップアイドルへの道はまだ始まったばかりだ。

 

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