第7話 なめんなよ

 ――俺たちのミスのせいだってどこかで思ってるんじゃないのか?


 え? 全く意表を衝かれた。そんなこと思っていない。考えたこともない。…まさかそんなふうに思われるなんて。

 恭一郎は情けなさと寂しさのなかにも微かな怒りを覚えた。


「そんなこと考えたこともありませんよ! それにそんなふうに責任を押し付けることができるくらいなら、僕はイップスになんかならなかったんじゃないですか? なったとしても今ごろ治ってますよ!」


 気色ばむ恭一郎を、しかし田丸先輩は落ち着いた顔で見返した。


「それはそうか。ごめん、俺が悪かった。つい俺も自分のせいだって思う気持ちがあったもんだから、心にもないことを言ってしまった。すまん。恭一郎は俺たちのミスのせいだなんて思ってないんだよな」


「当たり前です」


 恭一郎はまだ憤慨している。


「そうか、だったら俺たちはオマエのその言葉を100%信じるよ。…だけどさぁ、だったらなんでオマエは俺たちの言うことを信じられないの?」

「はい?」

「やっぱり恭一郎はさ、俺たちはオマエを責めてないって言葉を、まだ信じ切れてないんだと思うよ」


 駿さんがそう後を継いだ。


「恭一郎はたぶん、俺たちは表面上は怒ってないけど根には持ってるはずだって疑ってるんだと思う。俺たちを100%は信じてないんじゃない?」

「そんなことは、ないです」

「俺だってあのときフォアボールを出したことが敗因だと思ってる。そのランナーが逆転のホームを踏んだんだからな。負けた原因なんてみんな持ってるんだよ。あのチャンスで一本打ててればとか、バントが決まってればとか、せめて進塁打が打ててればとか。でもさ、負けたのは俺のせいだってみんなが口々にタラレバを言い出して、それでなんになる? ひとりが個人のミスにあまりに固執すれば、周りの者も自分のミスに耐えられない責任を感じるようになる。そしてミスするのが怖くなって消極的になって、ネガティブのスパイラルに嵌る…。野球はひとりでは勝てないし、ひとりせいで負けたりもしない。オマエを慰めてるわけじゃないよ、それが野球の真理なんだ」

「もうさ、そんなに一人で背負い込むなよ。俺たちが居ずれぇだろ」


 君嶋がいたずらっぽく笑う。


「勝ちはみんなの勝ち、負けはみんなの負け。ウチの野球部にはヒーローもヒールもいない。勝ったときにヒーロー気取りの中瀬がいたらムカつくだろ? 負けたときも同じだ」

「なんでオレだよ」


 中瀬が仏頂面のまま続ける。


「オレもひとこと言うけど、なんでオマエは外野に挑戦しない? 外野は退屈そうで嫌いか?」

「いや、そんなことじゃない」

「じゃあなんでだ? まさか外野のポジションを奪うことになると可哀想だから、とか思ってんじゃねぇだろうな。優しくて強い恭一郎の考えそうなことだ」

「……」

「ナメんなよ。いくら強肩で野球センスがあるからって、そう易々とポジションが取れると思うなよ。そこまで甘くはねぇんだよ、外野だって。かかって来いよ、恭一郎。喜んで勝負してやんよ。いや、勝負してもらわないとオレたちが納得いかねぇんだ。みんなからベンチに座ってるオマエの方が本当は上手いかもしれないのに、とか思われたらオレたちはどんな顔して外野に立ってりゃいいんだよ。オレたちにだってプライドはあるんだ。それにオレはキャプテンだしな」

「主将だろ」


 君嶋が無表情でツッコミを入れる。


「…オマエのイップスが外野で治るか治らないかはわかんねぇよ。けど可能性はあるんだろ? 挑戦してみようぜ、恭一郎。オレは…オマエと最後まで一緒にグラウンドでプレーしたいんだよっ」

「中瀬、興奮すんなって。喧嘩売ってんのか懇願してんのか分からん。…ちょっと顔洗って来いよ」

「はい」


 中瀬がどしんどしんと足を踏み鳴らすようにして学食から出て行った。

 駿さんはいつも柔和で優しい。が、優しすぎない。


「恭一郎。新チームの活動方針は覚えてるよな。全員で追い全員で負う。全員で克ち全員で勝つ。いい方針だと思わないか。そしてこれはただのお題目じゃない。夢の目標でもない。気持ち次第で達成できることだ。もしこの方針をみんなが本当に実行できると信じられるなら、オマエは決してひとりではないしひとりで居てもいけない。オマエの選ぶ道がおのずと見えてくる気がしないか?」


 ――どういう人間でありたいのか。


「ははは、偉そうなことを言ったけど、これは設楽監督の受け売りだ。俺が言ったと思えば腹が立つかもしれないが、監督が言ったと思って考えて見てくれ。恭一郎がどう判断するかはわからんけど、どうであってもオマエが俺たちの仲間であることに変わりはない。応援するぞ」


 さっぱりとした顔で中瀬が戻ってきた。ワイシャツの前がびしょ濡れだ。


「オマエは子供か」


 君嶋が呆れたように笑った。


(つづく)



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