第6話 原因
「きょう
「いらっしゃる、だろ。一応、先輩なんだぞ。敬意を払え敬意を。それとせっちゃんはやめろって言ってるだろうが。中瀬もしくは中瀬くんと呼べ。
「米屋みたいなイントネーションで言わないでって言ってんでしょ。三
「オレと君嶋が呼んだの」
「なんで?」
「内緒」
「あぁん?」
「なんだか急に会いたくなっちゃって」
「ばかじゃないの。決定、あんただけランの距離マシマシ」
「三
「マシマシ♪」
⚾ ⚾ ⚾ ⚾ ⚾
「中瀬、気合入ってんね。みんなより一周多く走るなんて、去年までのオマエなら考えられなかったけどね。やっぱ主将になると違うな」
「そりゃそうスよ。キャプテンなんでみんなに範を垂れないといけないスからね」
「主将だろ。それに一周多く走ったのは三刀屋から罰走を喰らっただけですよ、先輩。ご心配なく、中瀬は良くも悪くも変わっておりません」
「君嶋くん。キミは口が軽いね。そういうの良くないと思うよ」
学食前の庭で先輩たちが中瀬と君嶋と戯れている。恭一郎はその明るい光景を見ながら彼らに向かって歩いて行った。
もうわだかまりは感じていないと思う。それでもなにか少し気が重かった。やはりこれは引け目なのだろうか。
「すみません、遅くなりました」
「おう。じゃあ学食でなんか飲もうか。今日は俺たちのオゴリだ」
駿さんがそう言って笑った。駿さんも田丸先輩ももう坊主頭ではない。少し伸びた髪が恭一郎には大人に見えた。
スポーツドリンクを片手に学食のテーブルにつくと、誰からともなくカンパーイと言って紙コップを互いに合わせた。
なぜ今日、駿さんと田丸先輩が来てこうしてここに五人が集まっているのか、恭一郎には想像がついていた。とは言え、ここまで前置きなしの単刀直入だとは思わなかったが。
「恭一郎、マネージャーになりたいんだって?」
駿さんがまるで明日、雨降るんだって?とでも言うような調子で訊いてきた。監督から伝わったのだろう。ならば隠さずに話そうと恭一郎は決めた。
「はい。イップスが酷くなっています。このままでは部の練習にも迷惑がかかります。悔しいですが自分でもよく考えた結果ですので」
「やっぱりあの試合がトラウマになったんだろうな」
駿さんが眉根を寄せた。
「きっかけはそうだと思います。でも先輩方やみんなが声を掛けてくれたおかげで、今はあの光景を思い出しても、申し訳ないのですが、前ほど胸が締め付けられるような痛みを思い出さなくなりました。それなのに、イップスの症状は悪化しています。他に原因があるのかもしれませんが全く見当がつきません。無心になって練習をしようとしましたが、練習をすればするほどかえって悪くなっていく気がしています。もう短期での改善はないと思っています」
「どうして胸の痛みを思い出さなくなったことを、申し訳ないのですがって言うの? やっぱ気にしてるんだよな、心のどこかで」
「いえ、それはその、言葉のあれで…」
「俺たちが責めてないって言葉を、恭一郎はまだ信じ切れてないんだと思う」
「い、いえ、そんなことはないです」
「そうかな」
駿さんが小首を傾げた。
「実はさ、ずっと気になってたというか後悔してることがあるんだけどさ」
ずっと考え込んでいるふうであった田丸先輩が口を開いた。
「あの試合のあの場面。俺はセーフティーバントの展開を全く予想してなかったんで、正直、慌てた。セカンドのバックアップに入ったけど、焦っちまったのかセカンドとの距離を詰め過ぎてた。だから悪送球に対応できずに後逸してしまった。いつもどおりの距離を取っていたらあの送球をバックアップ出来てたんじゃないか。いや、出来てた。…そう俺は思ってる」
「だったら僕も」
君嶋が小さく手を上げた。
「僕もあの展開を予想していませんでした。一瞬、どう動けばいいのか混乱して、それでセカンドへのカバー(セカンドベースに入ること)が遅れたんです。恭一郎、オマエにはわかったろ? オレのカバーが一瞬遅れたのを。もしかしてそれで手元が狂ってあの悪送球に…。それが気になってました」
恭一郎は首を横に振る。
「違うよ。違います。僕はあのとき勝ったと思ってしまった。悪送球は勝ち急いで余計な力が入ってしまった結果です。それにあの大暴投では、通常のバックアップでも捕れなかったと僕は思います」
「恭一郎さ」
田丸先輩が恭一郎の目を真っ直ぐに見つめた。
「ほんとはさ、あの試合に負けたのは根本的には俺たちのミスのせいだって、恭一郎はどこかでそう思ってるんじゃないのか?」
(つづく)
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