第3話 活動方針

 活動方針『全員で追い全員で負う。全員で克ち全員で勝つ』


 全員で目標を目指し、その結果には全員が責任を負う。全員が課題を克服するよう努力し、ゲームに勝つ。連帯感と責任感を持って勝利に挑もうという方針だ。


スローガン『ベスト16 そしてその先へ』


 スローガンは読んで字の如し。


 職員室内の簡易パネルで仕切られた狭い打合せ室で、設楽監督と中瀬、君嶋の三人は部の活動方針、スローガンを確認し、その他に年間スケジュール、練習メニュー、部内の役割分担などの概要を話し合い確認した。

 打ち合わせがひと段落つくと、設楽監督が中瀬と君嶋を等分に見て言った。


「神林だが、どう思う?」


 監督の唐突な質問に中瀬と君嶋は少し難しそうな顔になったが、中瀬はすぐ気を取り直したように笑顔になると言った。


「試合直後の何日間かに比べればだいぶ元気になってきたし、声も出るようになってきたと思います。冗談も時々言うし。さすがにまだおっかなくて敢えてあの試合に触れることはできませんが、だんだん元に戻ってきてると思いますけど」

「そうか」


 設楽監督は小さく頷きながら君嶋を見た。


「君嶋はどうだ」


 君嶋はまだ難しそうな顔をしたままだ。


「中瀬の言うとおりだと思うんですけど、ちょっと気になることが」

「なんだよ、気になるって」


 中瀬がなぜか気色ばんだような反応をする。


「いや、大したことじゃないかもしれないんですが、スローイングが時々乱れるし、前みたいに強い送球じゃなくなった気がします」


 設楽監督は黙って頷き先を促した。


「とくにセカンドへの送球の時にミスが多いと思います」

「そっ、それはあんなエラーがあったからさ、やっぱまだちょっと気にしてるとこはあるんだろ。だからさぁ、それを恭一郎に言ったらますます気にしちゃって、かえってマズいことになるから」

「もちろん直接なんて言ってないし、そもそもこの話し自体いま初めて言ったし。でも監督。気になるのはミスがだんだん増えてる気がするするんです。ファーストへの送球もワンバウンドするようになってきて」

「うん」


 設楽監督は腕を組むとふっと短く息を吐いた。


「俺も気になっていた。…神林はもしかしたらイップス※かもしれない」

「え?」


 中瀬が目を丸くした隣で君嶋がうつむいた。


「あの恭一郎が? イップス? あの肩でイップスになるなら、オレなんてもうボール投げれませんよ。一時的なものじゃないんですか?」

「だったらいいが、俺の目にも悪化しているように見える」

「…仮にイップスだとして、治るんですよね? どうすればいいんですか?」

「絶対的な治療法はない。プロ野球選手でもイップスになった選手はいる。自ら克服した選手もいるし、ポジションを変更しないと治らなかった選手もいる。治るまでかかった時間もまちまちだ」

「ポジションを変える?」

「イップスは内野手やピッチャーに多い。外野にコンバートしたら症状が治まったという例はある」

「恭一郎を外野に…?」

「君嶋はどう思う? 神林の外野」

「恭一郎の肩なら外野も問題なくできると思います。結構、フライの追い方も上手いですし」

「中瀬はどうだ?」

「そりゃぁできるでしょうけど」

「けど、なんだ」

「なんかもったいない気がしないでもないです。あんな上手いのに」

「じゃあ中瀬は外野へのコンバートは反対か?」

「反対ではないですけど。本人が納得するなら」

「そうか。ところでオマエ自身はどうだ。神林が外野に来ても平気か?」

「は?」

「強力なライバルが増えるということなんだぞ。外野の競争が激化する」


 ふっ、


 中瀬はわざとらしく鼻で笑った。


「監督。いま部の方針を確認したばっかりじゃないですか。みんなは一人ために、一人はみんなのために。全員野球で勝つのが我が部の活動方針なんですよ」

「なるほど、活動方針はただのお題目ではないということだ」

「当然です」

「悪かった。余計なことを訊いた。さすが、主将だな」

「キャプテンと呼んでください」


(つづく)


※イップス:精神的な原因などから、以前にはできていた動作ができ難くなる症状のこと。

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