第10話【白狼】
六の月29の日
光はまだそこかしこに溢れているのに、空には一番星と月が静かに浮かぶ。
夜の気配を感じつつも、未だ昼間の名残を残し、
木々の隙間を縫うように差し込むオレンジの光で、漆黒の訪れまでにはもう少し時間があった。
どれだけの時間が過ぎたのだろうか…
家の近く、希が眠る墓標の前で両足を両足を抱え座り込んでいた。
そんな少女の横に立つ。
「……ずっと考えていた。
30人以上の人間を遠隔操作するのは、もはや能力の限度を遥かに超えている。
しかも、しっかりした意識も記憶も保ったままである以上、幻惑系能力でもない。
だとすると……」
「……わかったのですか?」
「恐らくにはなるが、白狼の話を聞いて確信した。
相手が利用していたもの……それは生き物の持つ”反射行動”だ」
「反射……行動?」
「通常は反射的に動いたとしても、それが大丈夫だと判断した瞬間、セーブしたり行動が止まるものだが、
捕まっていた人達は神経を弄られ過敏に反応させたり、
止めようとする神経を繋ぎづらくして、強制的に過剰反射行動を起こさせていたんだ。
音奈の場合、奏也を見た喜びと見知らぬ輩の恐怖が混濁した中、危険回避の過剰反射が働いて無意識に能力を発動した。
他の奴等も同様に同じ理由だろう、あの場に助けに来た全ての人が顔見知りなんてありえないからな。
個人に時間差があったのは感情の起伏の振れ幅によるもの。
顔見知りを見て安心して胸を撫で下ろす者と喜んで駆け出す者、能力の暴発が早いのは明らかに後者だ。
解放されたのは全て能力者……一般のアンチホルダーは解放者の中に存在しなかったし、反射行動を起こしてもたかがしれている。
能力者が反射的に…過剰に能力を発動させてしまうのは最早暴走と変わらない。
つまり奴等の目的は、その過剰反応の経過あるいは暴走観察、そしてその結果観察。
他にも色々な思惑や観測はあったんだろうが、概ねはこの二つが重要だったんだろう。」
「じゃあクロちゃんは……」
「…人間でいう反射行動は動物に言い換えるなら本能ともいえる。
狼が人間、自分より弱い餌を見つけた時にまず初めに反射的に、本能的に何をするのか」
「…………」
「白狼も困惑したはずだ。
希の顔を見て、いつものように飛びついたつもりが、いつの間にか絶命させていたんだからな…
多分、希を咥えてミクの元に来た理由は、その事実を知ってもらう為。
さっきも言ったが意識も記憶もハッキリしているんだ。
悪意があったのなら隠せばいい。
それをせず、わざわざ運んできたということは…」
「……もう……わかったのです」
静かに俯きながらそっと俺の腕の裾を握る
「元に戻して……助けてあげることはできないのですか?」
「……人間の電気信号でさえもかなり複雑な流れになる。
動物の野生の思考、本能という分野外では俺も治しようがない。
加えて、超希少で見る事のほとんどできない幻獣の正常状態は、他の者達からして誰もわからないだろう。
多分弄った本人ですら、元に戻せる可能性は極めて低いだろう
壊すことは容易くとも治すことは難しい、一度解き放たれた野生の本能は、もはやどうしようもない。
仮に時間掛けて治そうとして、成長する幻獣を誰が抑えられる?」
「…………」
「ミク……俺は俺のケジメをつけに行く。
奏也を殺し、罪のない人々や白狼の頭を弄った奴は同一人物だ。
だが、俺には白狼を治してやることはできない。
ミク…ケジメをつけてやれ。
多分白狼は、それを望んでいたからこそ、お前の前に現れたんだ」
そこから先の会話はなかった。
静かに立ち上がると、その場をゆっくりあとにし、ミライもまたその後ろ姿を見送った後、その場を立ち去る。
陽が沈み、闇がたちこめ、黒の世界が広がっていた。
ミクが向かうのはいつもいる森の中央、一番最初に出会ったお気に入りの場所。
そこにある切株に腰かけ、その”者”を待つ。
カサカサと草木が音を立て揺れ、視線をそちらに向けると、
ゆらりとゆらめく木々をかき分け、
「クーン」と鼻を鳴らし尾を下げ少し涙を浮かべる白い狼の姿があった。
その様子を見て、震える唇を固く閉じると満面の笑みへと変え、思い切り大きく両手を広げる。
「おいでっ、クロちゃんっ!!!」
その声と仕草に喜んだ様子でしっぽを振り、興奮気味にミクの元へと駆け出す。
それは、いつもの行動か……本能からか…
クロはミクに向かい飛び掛かる
そんなクロの様子に顔をしかめ、一度目を閉じる
そして再び目を開くと、目の前で牙を突き立てようと口を開くクロの姿があった
「……そっか………
………ごめんねっ……
……クロちゃん」
スッと腰の刀を握り締める。
「………バイバイッ」
一瞬の閃光だった
神速の如き抜刀で左腰にあった刀は、広げる手の右側で握り締められ、
まだ少し離れたその対象の首を………
はねた。
空中から落ちてくる、二つに分かれた一つだったものを受け止める
「……うっ…あっ……ああ………」
それはまるで、こうしてもらうことを望んでいたかのように、クロは安堵の表情を浮かべていた。
声をあげ、泣きじゃくるミクの上空の空間が揺らぐ。
空が騒ぎ始めた次の瞬間、一陣の風が吹き荒れると甲高い音を響かせ、
雨風もなく天から一条の雷が大地を貫いた。
獣の唸り声がする。
凄まじい圧迫感がミクの周囲を覆う。
その殺気にも似た気配のする上空へ目を向けると、
そこにはケルと同じく白き獣毛に覆われた一匹の狼が”立っていた”。
「白狼……クロちゃんの…お母さん…ですか?」
空からゆっくりと歩を進め、大地へ降り立つ
「……お兄ちゃんに聞いたのです。
幻獣の中でも白狼は世界の秩序を守る存在。
だから、その役割を全うするため、他の幻獣のように転生型の一体のみでなく、
他に数体の個体がいて、それぞれの地域で同時に確認されていると…
そして唯一、そのうちの一体のみが星に選ばれた<恩恵(ギフト)>を持つ特別個体の原種個体にして最強の狼!
その名は幻獣白狼…【ルプスニクス】
貴方がその個体で、間違いないのですね?
子供を殺したミクを殺しに来たのですか……」
ミクの問いかけに答えはなく、ゆっくりとその足をミクの元へと向かわせる。
その様子を見て、クロの遺体と刀をそっと地面へと置く。
「言い訳はしないのです。
助けてあげられなくて……本当にごめんなさいですっ」
ミクは深く頭を下げる。
その行為が意味するものを互いに知っている。
敵意のある相手に対しての頭を下げ視線を外す行為…
何をされてもかまわない覚悟をしていた。
しかしそんな意に反し、白狼は立ち止まると大地を後ろに一蹴りし地面を抉る。
そして、もう命のない我が子を見たあとミクへ視線を向け、その後にその抉られた穴を見る
「……埋めてあげて……いいのですか?」
静かに頷く
服は血だらけになりながらも抱き抱え、そっと穴へ運び入れ埋める
その一部始終をただそっと白狼は見守っていた
埋め終わり手を合わせ、目を瞑る
『クロちゃんが悪かったわけじゃないのはわかっていたのに…
助けてあげられなくてごめんなさいです…』
涙が地面へと落ち、土に消えてゆく
フッと、背中にあった気配が消えたのを感じ振り向くと、そこには誰もいなかった
「……許してくれたのですか?」
答えの返って来ない質問を口にする
「ミクは…許せないのですよ
犯人も……なにもできなかった自分自身も……」
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