第9話【心声】

日は西に傾き、木の枝の影がくるぶしのあたりまで音奈の体を包んでゆく。

そして太陽の光が遮られていた森を抜けると、オレンジに広がる世界が音奈達の目の前に広がり続けていた。

その幻想的な光景に一瞬目を奪われるが、すぐさま音奈の心は黒く淀んだ。


”トレイエ山脈”


震える音奈の肩を彼はポンッと叩き「行こう」と止まるその一歩を進める。

それは、ただの偶然か、はたまた音奈を想っての気遣いなのか…

先日の一件で地盤は柔らかくぬかるみ、足を取られる音奈の手をミライは強く握りしめてくれていた。


指定された解放場所である平野、そこへ辿り着き、自分と奏也の行動を口頭で説明し場所を示すと、

ミライは周囲を行き来しながら、辺りを見渡していく。

そして、奏也が最期を迎えたその場所を指さすと、現場検証で用いられる立ち入り禁止のテープをくぐり、

しゃがみ込み周囲の大地を見渡していく。

『機関が散々、現場・実地検証しただろうに…』などと思いながらその様子を見ていると…


カチャ…




「っ!!!」




どこからか聞こえる微かな音に音奈は気付く。

ジジッジジジジジジジジジ…

まるで千鳥の鳴き声のようなその音を聞き青ざめる。

『これは…兄二と再会した時…兄二が倒れる間際に聞こえた…あの時の…』

血の気が一気に引くのを感じる。

ミライには聞こえていない…それ程の距離から攻撃……




「あっ…」




ミライに伝えなければいけない…なのに声が出ない…

『どうにか教えなくちゃ…』

音奈がミライの元へ向かおうと足を進めた瞬間…

ダダダンッッッッ!!!

遥か彼方、遠くの先から銃声が響いた。

間に合わないっ!

この距離では、助けることもできない…

また大事な人が死んでしまう…

私が何もできないせいで…

そんな思考が働いたその前より…頭より先に身体は反応していた。

ミライを助けようと音奈は動いていた。




「ミッ…さんっ…危ないっっっっ!!!!」


「っ!!!」




ミライが音奈の方を振り向きかけたその瞬間……

無常にも、先程放たれた銃弾は音速に届くであろう超高速で、ミライの急所に向かい突き進んでいた。

止める術も避ける隙もない攻撃がミライへ当たる刹那…

カンッ!!!と鉄と鉄がぶつかるような甲高い音がする。

ミライは、その手に握る剣の刃元部分を銃弾に当て弾くと、銃弾の軌道を変えた。

弾かれた銃弾は1発2発と岩を突き抜け、3発目は岩に突き刺さるとその勢いを失った。

腰が抜け、ヘタレ込み唖然とする音奈の元へミライが近付いていく。




「あっ…あっ…」




今にも泣き出しそうな顔で視線をミライへと向ける私をそっと抱き締める。




「大丈夫だから…

 俺は大丈夫だから…

 安心しろ」




私の耳元にそっと囁くと右手を後頭部に手を当て、その額をミライは自分の額へ引き寄せ、コツンと当てた。

瞳を閉じるミライの顔を間近にし、頬を赤に染め慌てる音奈を抑えること数秒。

右手にかかる力がなくなり距離を取ると、ミライはそっと私に告げる。




「ありがとう。

 音奈の”声”…ちゃんと届いたから。

 あとは俺に任せろ。」






※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※






ミクちゃんに助けを求めた後、日が差し込むいつもの森の切株に腰を下ろし、一人途方に暮れる

2年前

年齢的に更に幼かったが、あの光景は今でも目に焼き付いている。

無残に床に転がるパパとママの姿

それから今日に至るまで、養護施設の人にはお世話になった。

例え腫物に触るように扱われようとも、今生きていられるのは彼等のおかげなのは間違いないのだ。

施設の運営がうまくいっていないことも、”天空寺希”と境遇の似ているアタシが抜擢されたのも納得している。

アタシの街は、仙族に襲われた

同盟国である仙族でも、全員が全員それに納得しているわけではないのだ。

だからわかる

アタシ達が他種族と分かり合えることは生涯ないのだと…

だから同盟を白紙に戻し、改めて種族間大戦を引き起こそうとしている紅4団の話は言伝に知っていたし、

その手伝いができるなら、詳細が分からずとも手を貸すことに何ら問題はなかった。


だけど、これ以上は騙せない。

だってアタシはなってしまったのだから…

彼女の”友達”に……

まだ知り合って間もないアタシの為に一緒に行動を共にしてくれた。

アタシの助けに耳を傾けてくれた

手を差し伸べてくれた




本当のことを言おう。

そしてごめんなさいをしよう。

そう心に決めていた。





『そういえば今日も、クロちゃんを見かけたないなっ…』




そんなことを思いかけた時、茂みからカサカサと音がし、葉が揺れる。

音のする方へと視線を向けると、見慣れたその姿に胸を撫で下ろす。




「あっ!クロちゃんっ!!!

 今までどこにいt……」




すぐさま立ち上がり、クロの元へと駆け寄る。

いつものように胸に飛び込んでくるクロ…

しかし次の瞬間、目に見えたのは眩しいほどの夕焼けの晴天の空

その光景が徐々に闇へと呑まれていく光景だった……




     ▽




六の月29の日




朝早く、森の切株に腰を下ろし、交互に足をブラブラさせ、ミクはその者達を待つ。

ガサガサッと草むらから音がする

草木に隠れ、まだ見えないことを考えると、

小型獣の類だと気付き、すぐにクロを連想させるが、

先程からする、いつもと何かが違う場の不穏な雰囲気と、少しの違和感に警戒心を高める。

しかし、そんな警戒もひょっこりと顔を出したクロの姿にすぐさま解かれる。




「クロちゃんっ♪」




両手を広げ、クロを待ち構える。

いつもなら、体当たりするように飛びついてくるそんな状況。

しかし、この日に限りいつもと違い、飛び掛かるどころか、改めて草むらに顔を隠す様子に不思議そうに首を傾ける。

ガサッ!ガサガサッ!と草むらの先で音がする。

そして、クロのお尻が先に見えると、次いで草むらの影から銜え引きずりだされた”ソレ”を認識し、ミクの顔が青冷める。




「…の…ぞみ?」


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