第8話【幸福】
六の月28の日
それは突然の出来事だった。
いつものように買い物帰り道、街へ向かう獣道の途中、
駆け寄ってくる少女に向け手を振ろうとした瞬間、
その少女はバスンッと自分の胸に飛び込んできた。
困惑するミクだったが、取り乱した少女を見て、すぐさま平静を取り戻す。
「の…希っ?」
「ミクちゃん……助けてっ……」
「っ!!!どうしたのですか!!?」
「孤児院で……アタシっ……アタシっ……」
「何かあったのですか?意地悪でもされたのですか?」
「言えない…
言えないのっ……
アタシにとっては大切な場所だから言えないんだけどね………
でも…これ以上……
大切な友達を騙したくないのっ……」
「……っ!!!
ちょっと待ってるのですよっ!!!」
▽
「はあ?希をうちに住まわせる…だと?」
突如部屋の扉を蹴破り、乗り込んできたミクを抑えつけ、
落ち着かせた後に話を聞く。
「お前はバカなのか?
それでなくとも色々やらなきゃならないタスクを抱えているのに、これ以上厄介事を抱え込んでどうすんだっ?
孤児院にいることを幸せだとは言わないし思わんっ!
ただ、現実的に俺達の生活に巻き込んで何か問題が解決するかっ?」
「ミクにはわかるのですっ!
希ちゃん自身の事だけど、希ちゃん以上にわかるのですよっ!!
ミクも両親がいない…でもミクにはお兄ちゃんがいるのです。
だから今のミクがあって、幸せでかけがえがなくて…
でも希ちゃんは一人なんです。
孤児院でも学園でもずっと一人で…それでもずっと我慢して…
そんな希ちゃんが泣きながらミクに抱き付いてきた…助けてって言ってきたのですっ!
だったら助けなくちゃダメなのですっ!!!
ミクは希ちゃんの友達なのですからっ!」
「自分の身一つ守ることができないガキが調子に乗るなよ?
人にはそれぞれの生き方があって生活がある!
それをひょいひょいと軽く奪うような真似すんじゃねえよっ!
それに、毎日生活するのも精一杯、自分の置かれてる立場もわからない、自分にある力さえも使えきれずままならない…
そんな面倒なお前の他にもう一人、色々抱えこんでいる子を抱えてるんだっ!
これ以上面倒を見切れるわけがないだろっ!!!」
ガタンっと音がする。
俺とミクの視線が、音のしたドアの方へと向けられると、
そこには半開きのドアがゆっくりとこちらに向かうのみで、他に変わった様子は一つもなかった。
「くそっ…なんてタイミングの悪いっ……」
すぐさま状況を察し、ハア~と頭を抱え、溜息を吐く
そしてミクに向け人差し指を立て向ける。
「一時的に預かるだけだっ!
後日、養護施設の方とは俺が話をつけるっ!!!」
そう言い残し、その”者”の後を追った。
▽
「さっきの話、聞いてたのか?」
「………」
そこは、いつも彼女がいる湖のほとり。
静かに俯く音奈がそっと指で土に〔迷惑ですか?〕と書くのを見て溜息混じりに頭を掻く。
「否定はしない。
ただ別に、お前を嫌って厄介払いしたいわけじゃない。
今更2人が3人・4人になろうが、あまり変わらないし、
問題児を1人抱えてるんだから、お前が加わったくらいどうってことはない。
俺達のような貧相で慎ましい暮らしで良ければ、好きなだけいればいいと思う。
ただ、俺もまだ未熟な身で専門家じゃない。
お前を完全に完治させられるとは限らないし、時期がくればちゃんとした機関に連れて行くつもりだった。
中途半端な対応をして、お前にもしものことがあったら、奏也に合わせる顔がないんだっ。」
言い訳苦しく聞こえてしまっているかもしれないが、これが本心だった。
俺の知識ではたかが知れている。
落ち着けばまともな病院で検査をするべきだと考えていた。
「………」
「心配するなっ、行く先の目処はたっている。
専門の機関には俺や奏也の知ってる人もいし、浮世絵教授もいる。
その人達に任せておけば……」
そこまで言って言葉が止まる。
そうだ…おかしい。
ならなんで”俺”だったんだ?
今まで何度も感じた違和感…
その違和感に気付いた時、全ての謎の点が一本の線で繋がった。
そうだ!だからなのか…
『だから”俺”だったのか……』
端末を取り出し連絡を取る
「……ええ、大体の場所は分かりますので、
アイツが死んだ場所の座標を……」
会話が終わり端末を切る
そんな急な動きに不思議そうな表情で俺の顔見る音奈の手を取る。
「いくぞっ、音奈っ!
確かめなければいけないことができたっ」
「???」
首を傾げる音奈を背に歩き出す。その場所を口にしながら
「トレイエ山脈。
この事件の始まりの地に……」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
月明かりが森全体に広がる木々に遮られ、闇は深さを一層増していた。
食事を終え、いつものように恩人である少女の元へと向かう白狼の足が止まる。
いつもと様子が違う…
それは殺気にも似た何か…
誰かがこちらの様子を伺っている。
警戒レベルを引き上げ、目を細め、周囲360度全域を見渡す。
ふいに何かが足に突き刺さる。
予想外の一撃だった。
警戒し、付近に誰もいないことを確認していた最中の出来事…
次の瞬間、猛烈な眠気に襲われ、その場に白狼は倒れ込む。
月明かりが映し出す白狼の影、そこに沈むようにゆっくりと呑まれ、あとには何も残されてはいなかった。
暗闇の中、森の中で男は待つ。
ゆっくりと茂みから現れるもう一人の男のことを……!
その男から顔や身体を拘束具で縛り上げられた白狼を投げ渡される。
「ご協力感謝致しますよ。
No.3にわざわざ御足労願って頂けるとは…」
「大したことではありません。
それに私も個人的に貴方の研究には期待しているんです。
取り急ぎ完成を目指して下さい。
全ては、紅十字の名の下に……」
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