第7話【検証】

その次の日、六の月26の日

彼女は、研究室へと一緒にきた。

検査を受ける彼女をガラス越しに、教授は俺に聞く。




「一体何があったんだね?

 以前までとはまるで違う…

 なんというか、表情というべきか…

 気構え、心持ちというべきか…」


「そんなことはないですよ。

 元々強い子ですよ…あの子は…」




横になる彼女と目が合うと、そそくさと視線を逸らす






それは、少女の証言で発覚する。

クローはまじまじとパソコンを見、眼鏡の位置を直す浮世絵教授の目の色は変わる




「ミライs…君……、教授、これは…」


「ああ、かなり珍しいケースだ。

 我々は勘違いをしていたらしい…

 彼女の能力は”振動”ではない…正確には振動だけではない!だな。

 おそらくは微かな音…小さな音を操る微音使い…と言ったところか…」


「音も振動の一種です。

 彼女の妙な視線と証言がなければ、振動使いと勘違いしても仕方ないでしょう」




能力に覚醒した前後での変化。

当時を思い出してもらったことでわかった事実…




「心音すらも聞き取れるなら、日常生活に影響を及ぼすレベル。

 なら、能力が身体に適応する形で変化した…

 多分必要な音以外が任意で視覚化・数値化されているんだろう。

 音奈っ…俺をしっかり見た時、俺の姿以外に何か見えはしないか?

 数字や、あるいはこの心電図のような波の流れなんかは?」




じっと5秒程見つめ合うと、徐々に顔が赤くなり音奈は目を背けた。

そしてコクコクと首を縦に振った後、ボールペンを握り締め、置いてある紙に書き示す。




〔見えます

 みゃくはくすう?とこえのナミ

 しんどう?が色それぞれに見えます〕


「ここまで我々と見ている景色が違うものなのですか?」


「日常的ではなく、意識した時の能力発動中限定だろうがな…

 クローには、元々魔族としての耐性や高い耐久があるから分かりづらいかもしれない。

 元々肉体的に弱い人族を例に挙げるなら、レア種の炎系能力に目覚めた場合、通常の人間の身体では身がもたない。

 能力を発動する度に重度の火傷を負うようなもので、普通のままでは身体が能力についていけないんだ。

 しかし、生物の身体はうまくできていて、

 能力に覚醒める過程で通常では持ち合わせていないその能力、今の例で言うなら炎の耐性が身に付く。

 身体が能力に順応するんだ。

 音奈の場合、音を意識的に遮断したり、視覚化させられることで身体が順応したんだ。

 生活音や会話以外で心音まで聞き取れるレベルの場合、精神がおかしくなるし、

 大きな音…ネズミ花火の破裂音だけでも、俺達の何百倍にも聞こえたりしたら心身がもたないからなっ」


「しかし、あまり事例を聞かない極めてレアな能力だ。

 通常、音とは発して対象に届けるもの。

 相手に届けることのみを前提に置くなら、大きいに越したことはないし、

 身を守る為に音を発したりする際も、大きいことが攻撃にも防御にも、または仲間に知らせることにもなり得る。

 現に音使いは、自身の声や音を増幅させる力に特化されている。

 微音など小さな音に過剰なまでに敏感でない限り、早々に目覚めるような代物ではない。

 家族についての話はしたことがなかったが、奏也君や音奈君の家族は音を消す暗殺でも家業にしていたのかね?」




まじまじと音奈の顔を覗き込む教授に対し、ブンブンと勢いよく顔を横に振る。




「多分、元々音に対する環境と監禁生活による環境が混ざり合って生まれた能力なんでしょう。

 奏也や音奈の親は有名な作曲家と歌手で、母親は先程にも話に出た音使い…《激昂(サウンドアナライザー)》の能力者です。

 元々音の素質があったところに、拉致監禁というイレギュラーな要素が加わった結果、この能力に覚醒めたんでしょう。

 誘拐され、監禁された環境で騒ぎなど立てようものなら相応の折檻や罰があったはずでしょうし、静かであることを要求されたはずです。

 看守の足音などに恐怖し、敏感になったりしていたと仮定すれば…まあ、この能力に目覚めるのは必然でしょう。」


「随分と詳しいじゃないか、まるで見たことがあるような…」


「まあ、近い環境を俺も知ってますし、以前見たことがありますからね」




場が一瞬、静寂に呑まれる




「通常、音を操る能力者は世界に相当数いますが、そのほとんどが自分の声を極限まで高め放つ攻撃型能力です。

 先程の通り、音奈の能力は明らかにそれを逸脱している。

 人体の心身に直接干渉できるタイプ、通常の音の音域に近い故にそれに特化されている…

 音を操るというより支配に近い能力…

 鳥の囀り程度の音量で能力をフルに活用できる辺り、魔力消費量も高くなくて済む。

 自ら無意識に声を封じた気持ちがわかる…使い方次第で極めて危険な能力だ。

 大きな声を必要としない分、質が悪い。

 能力者を特定しずらく…故にテロや反乱、革命を起こす者達からすれば重宝されるであろう希少能力だからな…」


「ミライさm…っ!ミライ君っ…彼女もここにいるんですよっ!

 言葉は選んだほうが…」


「今は検証中だ。

 自身の能力の危険性は知っておくべきだし、

 狙われるリスクが高いということを自覚してもらうべきだ!」




心配そうに音奈の様子を伺うクローに強く音奈は頷く。

声に出ずとも『大丈夫』といった気持ちを伝えるような、

覚悟を決めた瞳はクローを黙らせるのに十分な程だった。








六の月27の日






クローと音奈を先に帰らせ、頼まれた作業とデータをまとめた書類を手に、

いつものように教授の助手に挨拶を交わし、研究室を出る。

帰路の途中、先日と同じように木の影に潜んでいたクローが姿を現す。




「進捗具合はどうかね?”クロちゃん”!」


「…いくらミライ様でも怒りますよ?」




クックックッと口を抑えて笑う俺の横でクローは複雑な笑みを浮かべる

ひとしきりそんなやり取りを終えると、クローはいつもの凛とした表情へと変わり、俺の前に跪く。




「やはりいつも通り、襲撃がありました。

 しかし、妙な事が…」


「なんだ?言ってみろ」


「その……襲撃人数の割り当ての具合が…」


「……音奈に向けられた襲撃人数の方が多い……か?」


「はい、今日は珍しく音奈ちゃんはミクちゃん達と一緒にいたのですが、

 それを知らず湖に向かおうとする者達がおりました。

 ただその人数の方が多く、それも捕らえる…

 というよりは明らかに殺すことを目的としている重装備でして…」


「それは確かに妙だな…

 考えられるのは、国の機関に送られる前に決着をつけたい!ってことかもしれないが、

 殺すつもりなら最初からそうしているはずだ。

 何かイレギュラーが発生したということか…」




疑念が尽きない

クローと別れた後も、思考を巡らせながら足を進める。


奏也はそもそもなぜ俺に音奈を預けた?

いや、預けたわけではなく、俺の名を告げただけ…

なら俺と音奈を引き合わせることが目的だった?

なら…なぜそんなことをする必要があった?

俺に会わせることでメリット、またはこの事件の真相がわかるから?




「…違う」




そんなことで分かるなら苦労はしないし、ミクの存在を考えれば危険度は高い。

そもそも根本が違うのだとしたら…

俺に引き合わせたかったのではなく、誰かから引き離したかった。

だとすると誰から?




「…違う」




保護されれば強制的に国管理の病院へ連れて行かれる。

俺に引き合わせるより、そちらの方が安全なのは明らかだし、

大きな病院で誰が担当になるかなど分かるわけがない…

どこまで知っていたか知らないが、未知数の俺より、

確実に強力な能力者の知人も多くいたし、その場にクローもいた…

なのにそうではなく、あえて確実性も安全性も低い俺に引き合わせた。

それはつまり…




「…こちら側に、裏切者がいる」




だとすると先程の考えが違っていたが間違いではなかった。




「……その両方か」











※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※






「んなぁああああ!なんなのですか?」




甲高い音と共に床に投げ出される。

これで果たしていくつ目になるのだろうか?

白狼:クロが駆け回る床には、壊れた包丁と半分に真っ二つに斬れたまな板が散乱していた。




「こ…これは…すごいね。

 一体何があったの?」


「ミクにもわからないのですよ。

 力を入れなければ包丁が壊れるのですし、少し力を加えればまな板が半分になってしまうのですよ…」


「力の加減ができてない?

 包丁が壊れるのはわかるけど、まな板が切れるなんてありえない…

 能力覚醒の兆し…もしくわ、何かしらの能力が発動しての結果なのかな?」




そんな様子を心配そうに見つめる音奈がスッと紙を取り出し、ペンを走らせる。




〔ミクちゃん、なんか無理してない?〕


「んあ?そんなことないのですよ。

 ただ、ここ最近なんか力のコントロールが上手くいかないというか…」



右手を何度か開いて握ってを繰り返したあと、しょんぼりと頭を項垂れるミク。

その横で、ゴソゴソと希は鞄の中を漁り、横長の箱を取り出す。




「そんなミクちゃんに……ジャジャーーーーーーーン!!!

 アタシからのプレゼントっ!!!」


「ん………ふぁああああ!いいのですか?

 開けてみてもいいですか?」


「うんっ!

 どうぞどうぞっ開けて開けてっ!!」




ガサゴソと包みを丁寧に開き、箱を開ける。




「これは……料理用の包丁?」


「だよっ!

 音奈ちゃんに付いてきてもらって一緒に選んだのっ♪

 ミクちゃん、お兄さんの為に料理作ってたけど、

 すぐ折れちゃうような包丁じゃあ、いくら上達してもうまくできないよっ!

 いくら美味しくて綺麗な料理ができても、汚いお皿によそったら美味しくなさそうでしょ?

 やっぱり、料理は綺麗な道具あっての美味しい料理だよっ!」


「ううっ、言い返したくてもすごい説得力なのです。

 でもありがとうなのですっ!

 大切に使うのですよっ!!!」




喜びのままクルクルと回るミクとそれにつられて回り出すクロを見て、

希と音奈は視線を合わせニコリと微笑む。

そんな短くも他愛もない日常が流れていた。

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