第5話【悔恨】
暗かった部屋に電気が灯る
台の上で眠る少女の横に三人…
クロー、浮世絵教授、そして俺が立つ。
「彼女はあまり検査に乗り気ではないのかね?」
「まあ、状況が状況ですから…。
それに、無理矢理何かしらの実験を受けてたんだとしたら、
この環境はそのままトラウマでしょうし…」
「言いたいことはわかるがね。
ただ、あまり時間がないのも事実だよ。
私もこれから、一連の事件とこの件に関する議会があるからそろそろ向かうとするよ。
彼女が目覚めるまではここを好きに使っているといい」
扉を開き、教授は部屋から出ていく。
残された俺達は、再度データの入ったパソコンに目をやる
「しかしなぜ急に、能力の暴走があのタイミングで…
暴走なんて、故意に引き起こせるようなものではないでしょうに……」
「あのタイミングだったからこそだろう。
多分、感情の急激な変化がスイッチとなる時限爆弾と同じ要領…
感情の起伏が激しくなるあのタイミングを元から狙っていたんだろう。
拉致・誘拐され、実験モルモットにされていたのなら、震えながら縮こまり、静かにしていたことは想像に難くない。
もし騒いだりしようものなら、目を付けられ相応の処罰もあっただろうからな…日常的に感情を抑えられていたんだろう。
しかし、そんな生活から解放されるチャンスが来て、溜まっていた今までの鬱憤が解放され、
トドメに家族や知人といった見知った顔を見た瞬間、安堵と喜びから一気に噴き出した。
それは、俺達の想像を遥かに上回る感情の揺らぎで、感情に依存する能力は歯止めが利かなくなり暴走…
それが全員でなくても、多数の依存型能力の暴走を目の当たりにして危険を察知し、
防ごうと反射的に防衛本能が働くも、まともに能力の訓練を受けていない者達の為、防衛発動するも暴走…
…という、連鎖的に能力暴走を引き起こしたんだ」
肘を机に、手を顎に添え、情報を映したパソコンを眺め、状況を推察する。
「もしもこれらを全て想定して、人為的に引き起こしたのだとすれば、
相手に相当のブレーンが存在することになる。
紅4団の団員数は軽く10万を超える。
身を潜めて個人個人に依頼を出す為、
依頼を受ける下位の者をいくら調べても、上層の情報は手に入れ辛い…
正直難航しそうだよ」
「私も、できる限りの情報を収集してきます。
友人を目の前で失った責任は…奴等に取ってもらいますよ」
ピリリと空間がひりつく。
静かに、しかし確実な怒りを露わにするクローをなだめるように肩に手を置く。
「頭を冷やせよ、殺すより俺の前に連れてくるのが最善なのはわかっているだろ?
それに、紅4団は龍族でも最強クラスの一体が率いている。
下手に奴等の尾を踏もうものなら、街の一つ二つ消し飛ぶ。
表立った行動は取らず、やるなら慎重に事を進めていくぞ」
「…かしこまりました」
納得した…とは言い難いまでも、状況を察してかクローが頷く。
俺自身、細かいことを気にせずに殲滅に乗り出すのが手っ取り早いがその場合、
周囲への被害が甚大過ぎる上、被害者もむ関係者も全てを巻き込んでしまう恐れもある。
先程クローに向けて放った言葉は自身にも向けてだと理解し、気を静めパソコンへと眼を向き直す。
目を覚ました彼女とともに、帰路につく。
途中クローと別れ、帰宅し、食事を取る。
シャワーを浴び、バスタオルで髪を拭きながらリビングに入ると、そこはもぬけの殻だった。
周囲を見渡し、大きな溜息をつくと、すぐさまクローへとメールを送る。
『愚妹が面倒かける。
至急、希の元へ様子を見ていってもらえるか?』
間もなくして、クローからの『了解しました』の連絡が届くと、
俺はすぐさま姿を消したもう一人の元へと、その足を向かわせる。
昨晩と同じく、湖のほとりでは彼方に広がる漆黒を見つめ、
壊れて歪な音を奏でる腕時計を握る少女の横へ、これまた同じくそっと腰掛ける。
静かな時間が流れる
ふと、少女が近くにある木の枝を拾う
〔兄ニは どんなヒトでしたか?〕
その質問の意図はくめなかったが、少し悩んだ後に口元がニヤける。
「一言で言うなら……変質者だな」
下を向いていた音奈の顔がこちらに向く。
開いた口が塞がらないその表情に、クックっクッと零れる笑いを手で抑える。
「いつも女、女と騒がしい男だったよ。
おちゃらけた感じで軽薄、おバカキャラの問題児!ってのが、まあ一般的な評価だろうな。
ただ、それは上辺だけしか見ていない奴等の意見かな…
実際は、お前を探すことに心血を注いだ生真面目な奴だったよ。
俺も、何度励まされたか分からないさ。
お前のことで頭がいっぱいで、それどころではなかったくせに、
周りの事はよく見ていて空気を読んで、その場を和ませる…そんな奴だったよ。
気配りのできる奴で、俺をいつも気に掛けてくれていた。
こんな性格だから伝えることはできなかったけど、感謝してるよ…アイツには」
ふと、夜空に向けた視線を音奈へ落とすと、
目を伏せ、唇を噛み、震える手で握り締める木の棒で地面を削る
〔わたしは そんな兄二を 〕
その続きを書こうとする、音奈の腕を握り締め止める。
「それは違う。
確かに過ごした時間はお前より短いかもしれない。
それでも、お前を助けてやりたいという、奏也の気持ちを知っているのは俺だけだ。
アイツは何よりも、ずっとお前の幸せを願っていた。
そんな後悔をさせる為に、助けに向かったわけじゃない。
もっと自分を大切にしろ、自分を責めるなっ。
何せ、奏也が命を掛けて守りたかったものは、お前自身なんだから…」
『それでも私は……私が兄二を殺したっ!
私がいなければ…兄二は死なずに済んだっ!!
私に………これを持っている資格は……ないよぉっ!!!』
伝わるはずもない声を張り上げ、掴んだ手を振り解く。
握り締めた腕時計を湖へ投げると、逃げるようにその場から駆け出す。
あとに残された俺は、大きな溜息を吐き頭を搔き毟る。
その後ろ姿を見ながら静かにゆっくり立ち上がる。
「……読唇術なんて、身につけておくんじゃなかったな…」
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