第4話【少女】

六の月23の日

夜間自宅




「しかし、なぜこのような初歩的なミスを…」




資料を見ながら問うクローに対し、同じく同種の資料へ目を向ける俺は答える




「通常、紙媒体の一覧で、名前と横にカッコで年齢表記があっても性別表記はあまりされることはないだろう?

 集団・人数次第では映像媒体でも、同じような表記になりがちだ。

 多分一時的なものでもあり、この名前を見た瞬間、女と勘違いして名乗らせるよう指示したんだろう。

 ただ奏也の場合、音奈という性別を含めたデータが必要だった為、これだけ詳細な資料を調べて残していたんだろう」


「意外にというか、こうやって見るとかなりマメな性格だったんですね…奏也は……」


「しかしなっ、確かにクローの言う通り、気付こうと思えば気付ける点ではあるんだ。

 そういった発信媒体の多くは、名前に大抵フリガナがあるだろ?

 となると、このシナリオを考えた立案者は紙媒体を読まない…あるいは……」




少しの沈黙が場に流れる。

顎に手を当て、考えを巡らせまとめる。




「…だが、これで彼女が紅4団と繋がっている可能性が出てきたな…」


「っ!!!ミクちゃんが危ないじゃないですかっ!!」


「いや、実際は……」






※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※






長い夜が明けた次の日。

森に響く鳥の囀りと、どこまでも続く青く澄んだ空。

透き通った空気の中を、白い雲がゆっくりと流れていた。

朝も早く森の中央にあるお気に入りの場所、そこにある切株に腰を下ろし、

ハアーと深い溜息を吐き、そんな澄みきった空を見上げる。


意外だった。


意外な程にショックが大きかった。

確かにお兄ちゃんの友達で、お兄ちゃんは相当にショックを受けているのがよくわかる。

そんなお兄ちゃんを見てミクも辛いのもわかる。

顔を知らない仲でもなかった。

でも、自分自身がこれ程までにショックを受けることになるとは正直思わなかった。

今まで別に会いたいと思ったことはなかった。

偶然居合わるだけに過ぎなかった。

でも、もう二度と会えないということが堪らなく悲しく、辛く、寂しく思えた。




「これが…死ぬということなのですか……」




ポツリと、誰もいない湖の畔で言葉が漏れる。

そんな小さな囁きさえも響く湖畔を、何者かが駆け抜ける音がする。

すぐに警戒レベルを上げ、瞬時に木陰へ身を潜める。

そっと、その音のした方を見ると、

我が家へと向かう小さな影を視界に捉え、思わず叫ぶ




「え?のぞみっ!?希ですか?

 ミクですっ!!こっちですよぉ~!!!」




その声に反応し、ミクの方へと駆け寄ってくる

その手には血だらけの”何か”を抱えて…




「ミクちゃん!大変なのっ…

 この子、ケガをしてて!どうしたらいいかな?」




そこには、綺麗な白に包まれた毛並みを紅く染める、小さい狼の姿があった。

すぐさま自身の服の袖を引き千切ると、傷口にかぶせ、その上から強く 圧迫し止血する。




「とりあえず応急処置は終わりましたけど、

 ちゃんとした人に見せた方がいいのですよっ!」




そうは言ったものの、朝も早いこの時間、病院などはもちろん開いていない。

次に浮かぶそんな状況をなんとかしてくれる、

頭に浮かぶその者の場所へとミクは駆け出し、その後を希が追いかける。


バンッ!と部屋の扉が思いっ切り開く。

そこには、昨日から泊まりがけで、両腕を枕にして机に突っ伏すクローと、

ノートを見ながら思案するミライの姿があった。

朝から騒々しいなっ!と溜息をつくミライに向かい、両手で抱き締めるその者を、差し出すように見せる。




「お兄ちゃん!

 見てほしい子がいるのですよっ!!

 この子…怪我をしていて…!」




昨日からの疲れからか、気だるそうにその者をみたミライは驚愕する。




「なっ!?

 ソイツは…【白狼】っ!?」


「んっ?え??ハク……???」


「白狼……世界に同じ個体がほとんど存在しないとされる幻獣の一種だ。

 その中で、幻獣唯一の生殖型で様々謂れがあるが、

 有力なのは世界の秩序を守る存在のため、一個体ではその使命を全うできないからと言われている。

 それゆえ争いも耐えない中、その相手全てを薙ぎ払う程の強さと、

周囲が《戦王》と讃える程の伝説クラスの獣……

 まさかその子供に出会うとは……一体どうしたんだ?」




その経緯を聞きながら、出血の有無、傷の深さ、打撲、骨折の有無等を優しく身体に触って確認をし、毛をかき分けて皮膚を観察する。

幸い、血は出ているものの大きな外傷はなく、自宅にある救急セットで事足りることとなった。

処置も終わり一息ついた頃、頬を赤らめこちらに視線を向ける、もう一人の少女と眼が合う。




「大丈夫か?少し顔色がよくないが…

 体調が優れないのか…

 熱か…

 あるいは心配事や”人に言えない悩み”でもあるのか?」


「だ、大丈夫ですっ!!!」




慌てたように瞳を逸らす

そんな彼女に感染の可能性を示唆したうえで「動かないように」と伝え、

机越しに額に手を当てた後、希のデコに自分のデコを当てる。

赤かった頬は更に熱を帯びたように紅に染まる

「のあー」という、ミクの悲鳴が聞こえたような気がするが…まあ気にしないことにする




「少し体温が高いが、これくらいなら問題ない。

 走ってきた影響か何かだろう…」




頭を撫でながら、額を離す。

そんな様子を見ていたミクが、突然苦しみだしたかと思うと、床へと倒れ込み頭を抑える。




「ミッ、ミクもなんかぁ、お熱が出てきたような気がするような気がするのですよっ!!!

 あああぁぁぁあ、オデコが熱いのですよぉお、

 高温なのですよぉお、

 300℃くらいあるのですよぉおおおお!!!」




俺の…そして周りの冷たい視線がミクに刺さっていた。

そんな様子を完全に無視し背を向け、資料を広げ直す。

後ろではガッカリと肩を落とすミクを希が慰めている中、俺に近付いてきたクローはそっと耳打ちする




「…いかがでしたか?」


「ほぼシロで間違いないなっ…

 …というより、詳細を知らないと言った方が正しい。

 彼女自身、ミクが襲われた理由も知らず、あの廃村へ誘き出すよう指示されていただけのようだ。

 そのために、名前や出身を偽っていることを気に病んでいるようだな…

 加えて、誘い出すよう頼んだのは院の者だが依頼主は別……

 その者と院の者がお金のやり取りをしている様子を目撃していることから、

 孤児院への多額の寄付を条件に成立した交渉だったんだろう。

 入学する半年近く前から、もしもの為に用意していた周到さから、

 何人かを経由してるか、依頼主自体、組織でも末端の可能性が高い。

 …調べては見るが、これ以上は無駄だろうな」

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