第3話【喪失】

「奏也が………死んだ?」




その日夕方、奏也の悲報を聞く。

額に手を当てフラリと椅子に腰かける。




「私の責任ですっ!

 気をつけるよう仰せつかっておりながら、このような結果を招いてしまい…

 この不始末、私の命をもって……」


「落ち着けっ!!!

 そんなことしてなんになる…

それに、今のままじゃ状況が全くわからん。

 とりあえず、お前が見てきたことをできる限り詳しく教えてくれ」






~~~~~~~~~~~~~~~~~






「申し訳ございません。

 私がついていながら…」


「いや、お前だけのせいじゃない。

解放の時間帯で同じく、ミクを狙った襲撃があった。

 解放も襲撃も、どちらか狙いを外す為のブラフのようで、どちらも狙いだったわけか…

 それに俺もまさか、被害者である捕まっていた者達、全員から攻撃がされるのは予想していなかった。

お前の能力五元(エレメンタルエレメント)は、

 稀少な複数能力ゆえに繊細な扱いが難しく、基本的に殲滅型で制圧向きじゃない。

 敵が姿を現した時、倒すか殺すかを前提にお前を向かわせたんだ。

 解放者を殺すわけにもいかないし、威力を抑えた制御は大変だっただろう…

 今回に限ってはどうしようもない。

 完全に相手にしてやられた……

 ……しかし他者操作系能力…いや、捕まっていた人達はゆうに30を超えていた。

 対象者が多すぎる。

 その全ての者達を操作できるような能力なんて…」




友を失ったショック…あるいはその場に居なかった自身への苛立ち…

肘を付き、右手で顔を隠すように頭を支える。

後悔の念に襲われているのは確かだった。




「加えてもう一つ報告がありまして…

 正直迷ったのですが、奏也からの最後の頼みでしたので、無理矢理強硬させて頂きました」




そう言うとクローは部屋から出る。

程なくして戻ってくると、その横には漆黒の瞳に、黒をベースに青みががった髪、整った鼻筋。

あどけなさを残したそれでいて儚げな少女がいた。




「彼女の名前は歌方音奈……

 奏也の……行方不明だった妹です…」






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「声が出ない?」


「はいっ!

 解放の際、このようなことはなかったのですが、

 その後のショックから気を失ってしまい、目が覚めた時には……」




「少し見るぞ」と音奈本人に確認を取り、できる限りの診察をする。

目を見て、口の中を確認し、額の熱を計り、聴診を行う。




「ほぼ間違いなく心因性失声症だな。

 心理的・精神的に過度なストレスによるダメージで起こる現象だ。

 原因は明白だが、心因性のため治療方や効果には個人差がある。

 軽いものだと、ストレス軽減による自然治癒も可能だろうが……」


「どうしましょうか?

 それを含め、やはり保護機関に預ける形をとりますか?

 今まで共にしていた方々も一緒のほうが、安心できるでしょうし……」


「いや、本人の意見も尊重したいが、まずとりあえずは少しの間うちで様子を見よう。

 今まで暗い施設に押し込まれていたのに、また機関の施設に送るのは酷だし悪手だろ…

 それに事件詳細を知ることに繋がるのもそうだが、最期に奏也がこの子を俺の元へ導いたわけが知りたい。

 アイツのことだ…その状況で無駄なことはしないだろうし、何か理由があったんだろう。

 音奈…といったか?

 それで問題ないか?」




俺の言葉に音奈は静かに頷いた。






その日、ミクへは事前に予めの内容を連絡した上で音奈と共に帰路へと着く。

連絡の際、ミクの動揺ぶりに正直困惑しながらも、

それを落ち着かせたことで、かえって自分も冷静になれたことは何よりだと思えた。


家に着くと、「お帰りなのですっ!!!」と、いつもにも増して元気な声がしたかと思うと、

ガンッと料理皿を両手頭にドアを蹴り開け、ミクが姿を見せる。

ドタドタと近付いてくると、ズイッと顔を音奈へと近付ける。

ビクリと怯える音奈をよそに、ニコニコと挨拶をすると、クルクルと台所へと戻っていく。

台風のように過ぎ去ってゆくミクを唖然とした表情で見つめる音奈に対し、「すまんなっ」と付け加え中へと案内する。


リビングにつくと香しい匂いを充満させて、先程持っていた皿の数々が机の上に置かれていた。

台所から「ご飯の準備はできているのですよっ♪」との声を聞き、音奈を席へとつかせる。

そこには、シーザーサラダにそら豆のポタージュ、魚のムニエルに炊き立ての白いご飯が茶碗によそられ机に並べられていた。




「悪いな音奈、久しぶりに取れるまともな飯が、まともじゃないうちの愚妹が作った手料理で…

 台所の主導権を握られててなっ…」


「酷い言い草なのですっ!お兄ちゃんが作るといつもTHE男料理になって、栄養バランスが良くないのですよっ!」




皆で席につき、いただきますをすると、彼女はゆっくりとポタージュを口へ運ぶ。

久しぶりのせいか食べ慣れない様子で、ゆっくりとそれを咀嚼し、ゴクリとそれを飲み込む。

そして、少し驚いた表情を見せると、スプーンをまたスープへと向かわせ、口へ運ぶ。

その瞳から零れ落ちる一筋の雫…そんな姿を見て、ミクは満面の笑みでこちらに振り向く。

いつも以上ににこやかな笑顔を見て、

ほんの少しだけ口角が上がるのを感じ戻そうとするが…

まあいいか…と諦める






「お風呂はこっちなのです!

 なんなら一緒に入りますか?

 流しっこしましょうっ♪

 うえっ!?嫌なのですか?なんでなのですっ!?

 うう、わかったのですよっ!ゆっくり入って下さい。

 でも長すぎるとミクも入っちゃいますからねっ♪」




食事が終わると、ここぞとばかりにズイズイとミクは音奈を一緒にお風呂へ誘う。

残念ながらにお断りを受けたのか、パタンと扉が閉まる音がし、浴室に音奈を案内したミクが戻ってくる。

そして、先程までとは打って変わり、悲哀に満ちた面持ちで俺に近付いてくる。




「……奏也お兄さん、もう会えないですか?」


「……ああ」


「……奏也お兄さん、もうどこにもいないのですか?」


「……ああ」


「……奏也お兄さん、本当に…死んじゃったのですか?」


「…………ああ」




その瞬間、気丈に…心配を掛けまいとしていたミクの瞳から涙がこぼれ落ちる




「ふえっ……お兄ちゃぁああああんっ!!!」




意外だった

足にしがみつき泣きじゃくるミクを払いのける気さえ起きない程に、俺はショックを受けていた。


『妹を大切にしろよ』


奏也からいつも言われていた言葉を思い出す。

ああ、今日くらいはお前の言う通りにしといてやるさ…






※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※






月明かりに照らされ、草葉は風になびき、虫の鳴き声が響き合う森。

その森にある湖のほとりで音奈は一人、夜空を見上げる




『わたしがあの時、浮かれてなければ…

 もっとまわりを気を付けていれば……』




握り締める腕時計からは、聴き覚えのあるメロディーが流れている。




「懐かしいなっ…奏也がよく聴いてたよっ」




優しく語り掛けるように、少年はそこにいた。

そっと隣に腰掛ける。

その様子を見て、近くにある木の枝を拾うと地面に字を書き始める




〔ザツオンがひどい こわれてつかえないキノウもある〕


「そうか、残念だな…

 でも一人になりたい気持ちはわかるが、

 こんな時間に外を出歩くとは感心しないなっ…」




その声はすごく優しく、空を見上げる少年の瞳は神秘的で油断をすれば吸い込まれてしまうような気がして、サっと目を背ける。

それからどれくらいの時間が流れたのだろうか…

ふと、彼に対して思っていた疑問を一つ投げ掛けた。




〔あなたは あのとき いなかった〕


「…ああ、いなかったなっ」


〔なんで?〕


「理由は色々あるが、俺が能力を使えず、戦力外だったから……かな」




その答えに少し驚くも落胆する。

そして、少し考える素振りをして、もう一度地面を枝で削る。




〔たよりない〕




そして立ち上がるとスタスタと家の方へと駆け出した。




「…まあ普通はそうだわな」




頭を掻きながら帰路につく

ままならないなぁ

ミクとは違った意味で、接し方に苦悩させられるのだとミライは感じた。






▽  ▽  ▽






皆が寝静まった真夜中、資料を集めさせていたクローが訪れ、

リビングの机にそれらを広げる。




「奏也がそんなことを……」


「抜け目がないというか…

 音奈ちゃんのこともあって、能力を無理して使用していた節があります。

 その際に、かなり我々の事情を知られたのだと思います。

 他に渡る前に、奏也の集めていた資料を回収できたのは正解でした。」


「……以前、ミク達が校外学習に行った時、

 ミクが俺等を見つけて去った後に、何かを感じたと言ったのを覚えているか?」


「ええ………まさかアレもっ!?」


「考えすぎかもしれない。

 しかし、アイツのあの”眼”ならありうる。

 その場合、知らぬ間にアイツには気を使わせていたのかもしれないなっ……」




そうしてしばらく資料を見ていると、

一つの奇怪な事実に再度その箇所を見直す。




「こ…これは…」


「どうしたんですか?」




俺の戸惑いを察したクローへ、その資料を手渡す。




「校外学習でミクと一緒にいた廃村出身という彼女…天王寺希。

 だが、そんな女の子は存在しない」


「…?しかし、こうして記載が…」


「ああ、たしかにいる。

だが、これは男…読み方は希(のぞむ)だ!」


「っ!!!」


「……調べてみる価値は、ありそうだな…」

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