第2話【代償】

「悪いが断る」


「なんでだよっ!!!」




机を壊れん限りに叩きながら、奏也は俺に迫る




「このクエストは通常ならC級程度に過ぎないが、敵や状況次第ではB級を超える難易度になり兼ねない。

 俺の妹の命がかかってんだ!

 本当に……大事な……

 なのにお前っ!!!」


「かかっているからこそだ。

お前は俺を過大評価しすぎている…少しは冷静になれっ。

 確かに、お前一人が乗り込むのに手伝えと言われればやぶさかじゃない。

 だが、今回は国家発令の緊急救出クエストだ。

 作戦案も参加者もほぼ決まっている。

 学生の応援参加希望も評価A以上が必要だ。

 そんな中に、評価の低い俺が参加しても邪魔になるだけだし、場を乱すだけだ。

 最悪、作戦の組み直しや他の奴等の足を引っ張り兼ねない。

 最善を尽くすなら、国が立てた作戦を最大基準を超えた働きでクリアしていくのが妥当だっ」




下を向き俯く姿で表情が見えず、感情が読み取れない奏也の震える肩にそっと手を置く。




「能力に《獣眼(ワイルドアイズ)》が開眼覚醒したのも、

 行方不明になった妹を探し出す為の”眼”を求めたからだろう。

 父親は作曲家、母親はドームをマイクなしで声を響かせる程の声量使い。

 親族にも多数の有名アーティストがいる音楽一家…

 そんな環境で育てば、通常目覚めやすい能力はその系統の能力に他ならない。

 その環境全てを完全に無視して、能力発現のそれ自体にまで影響を与える程の懇願と後悔による想いの深さは、もはや狂気のレベルだ。

 それは俺の想像の遥か上を行くが、絶対に助け出したいというお前の気持ちは少しだけだが分かr…」


「うるせえぇえ!

 分かってねえよ…

 お前は何も分かってねえっ!!!」




肩に置いた手を払いのけると、バンッと乱暴に蹴りつけた扉から駆け出すように出ていった。




「……もっと他に言い方はあったのではないですか?」


「あれ以上どう言えばいいんだ?

 これでいい。

 状況的に、十中八九何かを狙った罠だ。

考えられることは3つ。

 1つ目は罠のない、提示通りの誘拐された人達の無条件解放。

 2つ目は罠による、人質を餌にその場に居合わせた者達の殺害。

 そして3つ目は、そちらに戦力や視線を集中させている間での他の目的…例えばミクの誘拐。

 今まで、何度か奴らが行ってきた行動を考えると、後者2つのどちらかだろうなっ…

 奴らの目的を考えた時に、これに乗じてミクが狙われる可能性が高い。

 それに実際、国家発令のクエストに、評価の低い俺が参戦するわけにはいかない。

 場の空気を悪くしかねないし、最悪場を乱しかねない。

 俺はミクの護衛に回る。

 ……しかし、奏也は一体どこまで知っているんだ?

 普通に俺の実力評価で、こんな大事なクエストに無理矢理加えようとするなんて…

 何かを知っているとしか思えないが…」


「知っているというより感じ取っているイメージですがね。

 しかし、この案件…ほおっておくわけにはいかないでしょう?」


「ああ、だからその日、俺の独断でお前の任を解く。

 代わりといってはなんだが、力になってやってくれ。

 親父には俺から伝えておく…任せた。」


「一応ミライ様の監視役というのも担っているんですがね…

 二人共々にドヤされてしまいそうです。

 …が、かしこまりました。」






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※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※






【六の月、23の昼12時。

 指定の場所を送る。

 猶予は1時間。

 それを超えた場合、馬達がどうなるかは想像にお任せする。

 指定の日まで待たれよ。】




「この文章と場所…そして解放者リストが送られてきたわけか…

 ふざけた言い回ししやがって!」


「足を失った馬…つまりは自分達にとって役に立たなくなった者達の解放を意味するのでしょう。

 虫唾が走りますがね!」




それ以上を、クローは言わなかった。

正式な文章には『馬達』の前に『足を失った』の記載があった。

足を失った…というのがそのまま、解放者の五体が満足でないことを指していた場合、

奏也を含めた解放者親族達の動揺が計り知れないことを、ミライに指摘されていた。

暗号めかしておきながら、実際は察しやすく、だがハッキリとした答えを言わないことで精神的に相手を追い詰めていく。

ミライに聞いていたにも関わらず尚、邪悪なまでの悪質なやり方に反吐が出るのをクローは感じた。




「しかし、大丈夫なのか?

 行動限定されているとはいえ、解放者の身内がこんなにいて…」


「それなんですが、奏也は”トロイの木馬”をご存じですか?」


「?あぁ、ギリシャ神話で内通者や巧妙に相手を陥れる罠なんかを指す言葉だろ…」


「文章で人質を馬に例えたもう一つの理由、そして場所はここ”トレイエ山脈”。

 上層部は人質の中に内通者、あるいは偽物・変装者がいるのではないかと考えたようです。」


「安直過ぎるだろ、親族含めて全滅させる気なんじゃないか?」


「ですからそれも込みで、三人一組で必ず一人、能力者がついているんです。」




周囲を見渡すと、警戒する者達の近くには、心配そう指定箇所に視線を向ける人々が側にいた。

解ける前提の暗号はそのままミライが示唆した3つ目に繋がる、他の者には絶対に分からない相手の本当の狙い…

冷静なミライの読みに感服するクローとは別に、同じ境遇の者達を見て、

奏也は改めて怒りと憤りを感じ、このクエストに対する熱量が上がる。




「しかし、アナタに妹がいるなんて知りませんでしたよ。

学園にもそんな申請してないでしょう?」


「ああ、親が別れているんだ。

 それに音奈は当時4歳…学園に通っていたわけでもないからなっ。

 だから、会えるタイミングもあまり多くはなかった」




静かに目を瞑り深呼吸をし、開いた眼には決意のような闘志が見て取れた




「クロー…お前には感謝している。

 評価特A、学園トップ3人のうちの一人でこの場においても最高戦力の一人。

 側にいてくれるだけで心強い…

 どっかの誰かとは大違いだなっ…」


「いやっ、奏也君…それはちがu…」


「分かってるよ。

 でも、今ここにいないことに対する嫌味くらい言わせろ。

 アイツは自分が思っている程、冷たい奴じゅねえよ…

 お前を寄越しているのが何よりの証拠だ。

 何せ、ミクちゃんを守る最強の盾を、こちらに預けてくれてるんだからなっ!」


「っ!…………いつからそれを?」


「いつも側にいればわかる。

 お前の視線は明らかにあの兄妹…主にミクちゃんに向いていた。

 最初、恋愛感情も考えたが、年齢的なこともある。

 何よりあの視線は”愛”より”保護”に近かった。

 危なっかしい娘だとは思っていたが…勇者の娘ってだけじゃなさそうなんだよな。

 それに、普通にしてるつもりだろうがミライといる時、口角の上がりがおかしい場面が何度もあったぞ。

 あれは愛想笑いというより、上司を前にしてビクついてる部下の表情だ。

 学園トップクラスで、魔族筆頭・次期魔王候補をビビらせるって……

 あの兄は兄でまた、色々隠し事が多いみたいだし、お前等の関係は関係で複雑みたいだな…」


「あの兄妹はまあ…私ですら知らない諸々の事情があるんだよ…

 私が知ってるのは、その片鱗に過ぎない。

 特にミライk…様は頑なに秘密を守る主義な者でな…」


「…地が出てるぞっ」


「ここまでバレてるなら仕方ないです。

 これを機会に謝罪がてら、奏也と一緒に根掘り葉掘り聞いてみましょう」




互いに笑顔が零れる。

先程までの息苦しい重い雰囲気が少し和らいだ気がした。




「俺は命に代えても妹を助ける。

 必ず一番に…絶対に…

 だからフォローを頼む。」


「決められた作戦があるんだ、早まらないように…。

どんな罠や敵が潜んでいるかもわかりません。

 そのために、その眼を持つ奏也…貴方が指名されたんです。

 ただ、できる全てを掛けることを誓いましょう。

 私も全力で協力します!」






待ちわびたその時が、刻一刻と近付いてきていた。

未だ人っ子一人の姿もなく変わり映えの無い状況に、皆が心身共に疲労し始めた頃、

物陰から静かに様子を伺っていると、不意に横にいる者の異変に気付き、クローは視線をそちらへ向ける。

そこには、顔を真っ青に染める奏也の姿があった。




「まさか… <蒼天>?

 …人族のいざこざに、わざわざ出張るのかよっ?」




独り言のように呟く、震える声をクローは聞く。

上空へ向けられた、奏也の視線のその先へ自身の視線を向け”ソレ”を見る。


それは突然現れた。

高速で空を飛翔する風を纏う巨大な龍が、

雲を切り大気を揺らし指定の場所へと降り立つ。

風龍スペロニカ




「龍族……?…しかも…”風”のギフトホルダー!?」

「あ…あんなのもいるのか?紅4団はっ……」

「っ!!!あれを見ろっ!!!」




周囲がざわつく中、一人の青年が指を指す先、

スペロニカの足元には巨大な檻と、中には多くの人々がいた。

震える人々を他所に、スペロニカがその檻に息を吐きかけると、

中から外に向け、檻が弾け飛び散った。

そして、スペロニカは大空へ羽ばたくと、彼方へと飛び去って消えて行った。

後には、不安な表情を隠しきれない人々だけが、多少の傷を負いながらも残されていた。


場が静まり返る


予想外の状況に動くタイミングを完全に失った救出部隊は、次の行動を取りあぐねていた。

それは時間にして10分…あるいは1分かそれ以下か…

そんな狂った時間のその均衡を破るように、一人の少年が駆け出す。




「待ちなさいっ!!!」




制止を振り切り、クローの声を後ろに、駆ける足は止まらなかった。

最大限の警戒をしていた。

飛び出すその瞬間のその間際まで、その警戒を解かなかった。

解放者全て、今まで幾度となく見てきた行方不明者リストに記載されていた人物と合致し一致していた。

しかし、だからこそ安全を確認した瞬間、止まることができなかった……

足場の悪い森林環境で、取られる足に無理矢理力を加え、力の限りに走り続けた。

目に映る、少女を抱き締めるために…




「…おとなっ……音奈ぁぁあっ!!!」




その声に、震える少女は顔を上げる。

瞳を覆う涙を拭い、声のする方向へ視線を向ける。

そこには、会いたいと願い続けた少年の姿があった。

拭ったはずの瞳から、また涙が溢れる

周囲の沈黙を他所に、少女は駆け出す。

両手を前に、少年に抱き締めてもらうために…




「にいにっ……兄二ぃぃいいいいっ!!!」


「音n…っ!………¶§ΓΘΣ¨っ!?」




長く待ち焦がれた最愛の兄妹の再会。

いつも聞き慣れた、自身を呼ぶ懐かしい声。

その、いつまでも耳に残る最愛の妹の声が聞こえた瞬間、奏也は身体の異変を感じた。

彼女の元へ向かい走る、その踏み出した右足がもつれ、

その場に倒れると、凄まじい頭痛と眩暈、嘔吐感に見舞われる。




「っつ!???」


「に…兄二っ!!??」


「…っ!!!がっ…!!?」




少女の悲痛な声が聞こえた瞬間、

更なる激痛に、起き上がることすらできる状況ではなくなり、

膝を地面につけ手を額に当てながら頭を振るう

何が起きているのかわからない。

罠?何かしらの攻撃?

しかし、付近に不審な者の情報など入ってきていない。

直前まで自身が確認していたし、今尚そんな存在を確認できない。

考えがまとまらないまま、頭を抱え周囲を見回して驚愕する。


大惨事


その言葉がこれほどに合う場面は、そうそうお目にかかることはないだろう。

再会を願い、待ち焦がれた奏也と同じ立場の人々に対して、人質になっていた人達からの攻撃。

正確には”能力の暴発”と言っていいのだろう。

勝手な能力発動を止められず、身内や周囲の人々を、傷付け泣き叫ぶ者達の悲痛な叫びが辺り一面に響き渡る。

そんな人達に溢れかえっている現状、何が起きているか分からず、あたふたとする音奈の姿を見る。




「っ!!!…おと……奈っ…」




地に這いつきながらも手と肘を使い、妹の元へと近付こうとする。




「うがっ…うわぁあぁあああああああーーーー!!!!!」




そんな奏也達の付近で、絶叫にも似た奇声があがる。

すぐさまその声のする方へ目をやると、一人の青年が身体の端々から鋭利に尖る骨を突き出して苦しんでいた。

骨を操る能力骸骨(スカルハーネット)の暴走。

青年の身体中を、次々と身体の内側から自らの骨が突き出していく。

3・40はくだらないであろう骨が突き出した頃、更なる叫びを上げると、

その骨は勢いよく一気に飛び散り、辺りの人々を突き刺していった。

そのうちの一本が一直線に、音奈へと向かっていくのを奏也は見る。




「っ音奈ぁぁあああ!!!!」




ふらつく足に、護身用で備えていたナイフを突き立てると、

無理矢理感覚を戻し、妹の元へと駆け出した。

音奈を抱き抱え、骨による攻撃の斜線上から離す。

しかし…




「…っ!!!」




高速で発射されたそれは、奏也の後ろ首に突き刺さる。




「あぶっ!!!」




口から吐き出される赤黒い液体を音奈に見せないように、ギュっと音奈を強く抱き締める。

首に突き刺さった骨が喉にまで到達しており、

呼吸を吸う度にヒューヒューと酸素が抜け、うまく身体に取り込めない。

意識が長くもたない…

そう確信し、少しでも情報を得るため能力を駆使し、周囲を見渡す。

そして、その視界はある者のこの場にそぐわぬ表情を捉える。




『…まさかっ!?』




奏也の眼が”その者”を捉えるとその者は瞬時に動きだす。




『まずいっ!!!』


「…えっ?」




抱き寄せる音奈を引き離すと押し倒す。

音奈がその勢いに尻餅をついた頃、鈍い音と水滴状の何かが音奈の顔にかかる。

手で拭き取りその手を見ると、赤く滴る血液がそこにこびりついていた。

恐る恐る顔を挙げるとそこには、胸を撃ち抜かれ立ち尽くす奏也の無残な姿があった。




「いやぁぁぁああああーーーー!!

 兄二ッ…兄二ぃぃいいーーー!!!」


「奏也っ!!!」




暴走する人々や混乱する救出隊、全てをその能力により鎮圧し、クローは奏也へ駆け寄る




「くそっ、致命傷じゃないか!!!

 制圧が間に合わなかったのか…

 奏也…しっかりしろっ!!!」




自身を抱き起こすクローの胸倉を、震える手で握り締め引き寄せる。

血を吐きながらも絞り出された、かすれ声をクローは聞く。




「ミ…ラ…、ど-ごへ…」


「ミライ?あの方の元へ連れて行けばいいのか?」




スッと首を縦に振ると、その視線を少女へと向ける。

そして微笑みを浮かべるとゆっくりと、その瞳は静かに閉じられた。

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