第4話:勇者

目を覚ました。

窓からは明るい朝の陽射しが部屋の中を照らし、風が吹き木々は揺らめき、

小鳥のさえずりは寝起きでまだ働かない脳の覚醒を静かに手伝ってくれていた。

休日のため学園はなく、気持ちの晴れ渡るような良い天気、ご機嫌な一日の始まりだった。

ただ一つ、俺のベッドでスヤスヤと眠る、服どころか下着すら身に着けていない、あられもない姿の愚妹を除いては……


ズドーーーーーンッ!!!

次の瞬間、俺の右手はそのままミクごとベッドを叩き割っていた。



「ひどいのですよ。

なにもベッドに叩きつけなくてもいいじゃないですかぁ~」


「……なんで無事なんだよ?

 ってかなんで傷一つついてないんだよ?」



粉砕したベッドを片付け、遅い朝食を取り始める。

周囲を見渡る。

一つ大きな溜息をした後ミクに問う。



「ところでミク、一つ聞きたいんだがいいか?」


「はい!なんですか?

 お兄ちゃんの質問ならなんでも答えちゃいますよっ!

 彼氏はいるかですか?

 それはもちろんお・に・い・ちゃ……キャッ!恥ずかしいのですよ///

 それともお風呂で最初にどこを洗うかですか?

 腕からですが、お兄ちゃんが指定するならどこからでもっ///

 もしくはスリーサイズですか?

 上から90…4zu」


「無駄が多すぎるし嘘が酷すぎるだろっ!

 バレバレ過ぎるわっ!!そんなまな板のサイズ聞いてどうすんだよっ!!!

 ……お前、服はとりあえず畳んで置けば、綺麗に整頓できてるとか勘違いしてないよな?

 溢れてんだよっ!

 邪魔なんだよっ!!

 なんでリビングにまで浸食してんだよっ!!!

 しまうか捨てるかしろっ!!!」


「そんな酷いのですっ!

 せっかく作ったお洋服を捨てるなんてもったいないのです!

 それに兄妹で二人暮らしって言うとお友達のお母さんとがたくさんくれるのですよっ!」


「じゃあせめて小さくて着れなくなったやつだけでも捨てろっ!

 何お前?流行りの捨てられない系女子なのかよっ!」




そんなやり取りの昼下がり、俺は町にいた。

完全に片付けることを放棄し、逃げるように出て行った愚妹を探してるのだ。

逃走直後に飛んできた、紙飛行機に書かれた『探してください』にはさすがにイラッときた。

そして、探さざる得ない状況にも腹が立つ。

とりあえず、周囲を探してみたわけなのだが……森にいる気配がなかった。

というか一時間くらい探したが見つからず、こんなところにまで来る羽目になってしまった。

見つけ次第とっちめる!!!

そんなことを考えながら、ミクの買い物ルートを歩いているその周囲は、

なぜか、いつにも増して賑わい人々が集まっていた。



「先日も現れたらしいね…」

「ああ、俺も遠くから見たが…圧巻だった!」

「距離があったのに速すぎて、起と結しかわからなかったぜ…」



人族の暮らす町のせいか、とある男のウワサで持ちきりだった。



「やっぱ間違いないって!

 ウワサは本当だったんだっ!!!

 【黒帝】こそ【勇者:支王真】だって…」



町中で聞こえるそんな会話を横目に、人通りの少ない裏路地へと足を運ぶ。

町の東にポツリとその建物はあった。

賑わう町とは反対に、木々に囲まれた静かな空間にある、一際大きな図書館。

ここに来るのは何時ぶりだろうか、などと考えながら周囲を見渡していると、

そんな図書館の前を、一人の少女がウロウロと右往左往行ったり来たりしている。

歳はミクより下か……

服はボロボロで大きめのシャツしか着ていない。

靴も履いてないところを見ると、身寄りのない子が集まる施設の子供か…

こうゆうのには関わらない方がいい。

そっとその場を後にする。






10分程して図書館の前に戻ると、未だにその少女は辺りをウロウロとしていた。

何をしているんだと溜息を吐きながら手に持つ紙袋をその少女に投げ渡す。



「好きなやつを着ろ。

 そんな姿じゃ中に入れないだろ?」



少女は戸惑いながら俺の顔と紙袋へと視線を行ったり来たりさせる。



「図書館に入りたいんだろ?

 急がないと置いていくぞ」



ビクリと肩を震わせ驚いた表情をした後、イソイソと着替えを始める。

……この場で脱ぐのかよ



「せめて茂みの中とかで着替えてくれ。

 …俺が捕まる」








「おや?ミライ君、久しぶりじゃないか!」


「ん?館長、ちょうどよかった。

 お久しぶりです。」



中に入ると丁度本の整理をしている顔見知りに出会う。

少し前まではかなりの頻度で行きつけていたのだが、最近何かと忙しく寄れていなかった。



「最近めっきり来なくなったからね、

 もう読みたい本は全て読み終わったと言ってたけど、なんか探し物かい?」


「いや、今日は付き添いです。」


「おやっ?この子……街を出た先にある施設の子供じゃないか。

 今日は随分綺麗な恰好をして……」


「ああ、俺のよしみでまともな恰好してる時には中に入れてやってくれ。

 カードは保護者欄に俺の名前書いといてっ!

 なんかあったら俺が責任持つからっ」


「いいよいいよっ、こっちは大きな貸しがあるからね。

 まあ、みんなでゾロゾロ来られても困るから君の顔を立てて、この子だけは特別に貸し出ししてあげるよ。」


「悪いな、館長」



後ろに隠れるように立つ少女に、視線を合わせる形で膝を折る。



「いいってよ、好きな本持ってこい。

 俺はその辺にいるから決まったら声掛けろ」


「ん……………ありあとっ」



小さな声で、恥ずかしそうに呟く少女の頭をポンポンッと叩くとその場を離れる。

一時期通い詰めたことがあり、目ぼしい本はほとんど読み漁った。

新刊でもないかと天井から垂れ下がる案内板を見渡す

その少し進んだ先で足が止まる。

大分類[総合]、小分類[勇者]

ほんの少し表情を曇らせながらも周囲の本を見渡す。


【勇者歴伝】

デカデカと書かれたそのタイトルに眼が惹かれ、その本を手に取る。

とある理由で、あまり勇者に関しての著書を読んだことはなかったが……

こんな機会だし、少し目をやってみることにする




※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 


⦅初代勇者:紫桜開明(むらくらかいめい)⦆

〔とある神託を受け、とある幻獣と出会い、とある古代遺産を見つけたことで、

 人族で初めて能力に目覚めたとされる者。【始祖の勇者】

 世界で龍・魔・仙族により蹂躙が始まる中、彼を皮切りに通常では有り得ない力を有した人々が生まれ始める。

 炎や風、水や雷といった自然を操る力とは異なるこの力を攻撃系、守援系に並ぶ第三の力・強化系と名付けられた。

 そして肉体全体の向上が見られたその能力には《強身強身パワーレコーダー》と名付け、

 彼を中心とした能力者達は様々な土地で活躍し、他種族の進行を抑え、

 その結果、時間を得た国々は兵器による一撃を種族国ごとに放ち、

 最低限の被害で第一次種族間大戦を終結させた。〕



その名に恥じない開拓者だな。

第一次ということは300年近く前か…

神話と言うには近い過去だが、それでも歴史の長さを感じる…




⦅2代目勇者:水蓮彩芽(すいれんあやめ)⦆

〔人族で初めて自然系能力に目覚めた者。

 肉体を強化する《強身強身パワーレコーダー》を中心に、

 筋肉を強化する《豪腕バイタルアッパー

 月の出た夜にのみ《強身強身パワーレコーダー》を超える肉体強化の兆候が見られる《月光ブルームーン)》

 細胞を活性化させ回復に転じさせる《喝采リケア

 放つ音を強化する《激昂サウンドアナライザー

 などといった人々の肉体や、そこから生み出される力を強化する力こそが人族が目覚めた能力の特徴だった。

 しかし、世界で初めて自然にある水を操る能力者、水蓮彩芽が生まれたことにより、

 能力が強化だけでなく操れるものだと認識されていく。

 彼女は水を操ることで、作物や水田、干ばつに悩まされる土地を救い種族間大戦でできた傷跡を埋めていった。

 以降|豪腕《バイタルアッパー》は一部位のみの筋肉を強化させたり、

 《激昂サウンドアナライザー》は範囲を調整したりといったように、

 強弱の概念ができ、ただ強くするだけでなく用途により使い方を変える戦法が取れるようになった。〕



戦う為に生まれた能力ゆえに、覚醒めた全ての能力が強くあることを求められた。

時代・元々の強化系という名も相まって、視野がその一辺倒になっていたところを、

彼女の登場により新たな世界が広がったのか…

戦わずして勇者になった稀有な女性…考えさせられるな




⦅3代目勇者:炎城寺爆焔(えんじょうじばくえん)⦆

[人族統領が住まう居城に4代目龍王が攻め入る。

 将が討たれるその寸前、彼はその地に立つ。

 炎を操るその姿は、人族においてレア種である自然系能力。

 しかし、当時より通常仙族や魔族が使う自然系能力より劣る人族の力では及ばず、

 業炎を纏う龍王に対し防戦一方の戦いを強いられていた。

 そしてあわやこれまでといった一撃を放たれ、彼の姿は炎の中に消える。

 しかしここから、戦況は一変する。

 燃え上がる炎はまるで意思を持つかのように収束され、龍王に目掛けて飛んで行った。

 さしもの龍王も急な反撃に困惑する。

 次々と放たれる業火にたじろぎ、謎の攻撃に一時撤退を余儀なくされた。

 そして燃え上がる炎の中より、先程炎に消えた彼の姿がそこにあった。

 炎と同化し、操ったこの力を人族の能力、その”進化”と評され、

 この騒動より始まる第二次種族間大戦に大きな功績を残した【炎天の勇者】]

 

 

能力の進化…未だ条件は謎のままだが恩恵ギフトに均衡する力。

多分、ゴリ押せば龍王の勝利で終わってただろうが、興を突かれた攻撃……

ここを防いだことにより、第二次を凌ぎきれたのは…まさに功績だな




以降も勇者についての伝記は続く。

大戦で多大な戦果を挙げた戦人【戦乱の勇者】。

封印術を創り出した【創印の勇者】。

助けた村や街は数知れない、刀一振り携える【刀月の勇者】。

人族の王として国に君臨した【王朝の勇者】。


その時代それぞれにあった、必要な存在。

人々が求めた希望の象徴。




そして、最後に描かれる勇者の名前に、開くページの速度が落ちる。




⦅10代目勇者:支王真(しおうまこと)⦆

[その者は突然現れる。

とある村を壊滅に追いやった魔族軍が全滅する。

その際、村に戻ろうとしていた生存者達が見た光景は、

ただ光の一閃が走る度に、その直線上の魔族が斬殺され絶命していったという。

そして全てが終わった後には、そこに誰の姿もなかった為、

証言が少なかったこともあり、怪談かオタ話程度にされていた。

その後に、この一連の事件が彼のものだと発覚する。

第四次種族間大戦時、龍王との戦いに傷ついた仙王及び仙族に差し向けられた龍族を圧倒し、

その場で人族との共闘及び和睦友好条約を結び、

そのまま、世界最高峰に座す龍族の居城、天空城にて歴代最強と評される龍王とも戦闘。

両者決着がつかぬも以後、大戦を抑制する平和条約を結ぶ。

その間わずか2日の出来事であり、これをもって第四次種族間大戦を終結させる。

そしてその後、魔族の王との戦いを制し、友好条約を結んだ後、姿を消す。

三者三様に意見はあれ、口を揃える表現が一つ


『人族において抜きん出た圧倒的な存在』


全てを最速で終わらせるその様から、人々は敬意を込めてこの名を呼ぶ


【神速の勇者】



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 




チョイチョイとズボンの端を引っ張られる感触でハッとする。

下を見ると先程の少女がズボンを握り締めていた。

時計を見ると、いつの間にかかなりの時間が過ぎていたことに気付く。



「おにい…しゃん………だいじょうぶ?

 ………かなしいお顔……」



その言葉に胸がズキリと痛くなる。



「大丈夫、気にするなっ。

 それより借りたい本は見つけたか?」


「……あいっ」



差し出してくる本を受け取ると、受付へと向かう。

先程の館長と少し話し、貸出カードを作ると本と共に少女へ渡す。

外へ出ると日は赤く染まり、日没近くになっていた。



「一人で帰れるか?」


「あいっ」



紙袋と本を抱えタッタッタッと駆け足で去っていく。

一度こちらに振り返り手を振ると、紙袋から落ちそうになる服を慌てて起こし入れ、

再度駆け出していった。




「お兄ちゃん、におうのです!」


「ん?」



夕方辺りに帰宅したところ、愚妹は部屋で哭いていた。

すっかり忘れていた。

結果を言うと結局寂しくなり、3時間程森の動物達と遊んだ後に家に帰ってきていたらしい。

3時間の家出には驚いたが、とりあえず愚妹をお仕置き(物理)後、リビングを片付け中、ミクが不意に呟く。

なんだ?

特に気になるほどの臭いはしてなかったが…

もしくは俺自身か?



「なんかこう、ミクより小さい女の子の匂いがするのです」



なんだそのピンポイントな香りは……



「ああぁぁあ!?

 こんなところにお兄ちゃんのとは違う長い髪の毛がぁあ!!!

 これは一体誰の髪の毛なのですか?」



え、なんなのコイツ

探偵なの?

浮気とかすぐ見つける奥さん気取りなの?



「ほら、見てください!

 ズボンの端っこに握って引っ張られた跡がっ!

 この位置的にやっぱミクより背が低いような……ロリコンです!

 ミクより小さい子に手を出すなんて、ロリコンなのですよっ!!!」



コイツ、ナチュラルに自分をロリコン枠から外しやがった。

なにこれ?

小さい子に親切にするとこんな仕打ちが待ってるの?



「でもそんな他人にも優しいお兄ちゃんがミクは最高に大好きなのですよ///」


「………」



抱きついてこようとするミクを張り手で吹き飛ばす。

どこで間違えてこんな子に育ってしまったんだ



「あれ?ミクのお洋服が減っているのですよ…」


「ん?ああ、邪魔だったから俺が少し捨てたっ!」


「んにゃっ?!ミクの大事なお洋服うっっっ!!!!」



初めて知った。

女の服に対する執念を思い知らされた。

この日初めて、俺はミクにとことんに怒られた

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