【第4回 エイル&クロノヒョウコラボ企画】消えたアトランティス大陸

「おそーい! なにやっているんです、あの人は!」

「まあ、そう怒らないで?」


 白を基調とした瀟洒なホテルラウンジ。

 テーブルで話す二人の女性の側に、男は座った。


「ヘイ、お嬢さん方!

 怒っていないで、俺と食事でもどうだい!」

「ナンパなら間に合っているです。お引き取りくださいです」

「ホー! つれないじゃん、可愛いお嬢さん!」


 突然割り込んできた男の自慢の顔に白い塊が直撃する。


「日本では不要な客には塩を投げるのです」

「ノー、ここはギリシアですよ!? 日本の風習を実行しないで!」


 少し涙目になった男が叫ぶ。


「まあまあ、ごめんなさいね?

 お詫びにお夕食などご一緒にいかがかしら?」


 もう一人の女性から声がかかった。

 長く美しい黒髪に白いワンピースを着た色白の女性。


「オウ、嬉しいですね!

 これから食堂タベルナにでも――これは?」

「日本から持参致したラーメンのお裾分けですわ?」


 湯気が立ち昇る、魅惑的な茶褐色のスープに浸る麺料理が目の前に浮かぶ。

 言ってみればそう、ラーメンから丼ぶりを除いたようだった。

 中身だけが宙に浮いている。マジで?


「失礼ですが、貴女はエスパーでいらっしゃる……?」

「えすぱー、とは何でございますか?」

「手品ですよ、手品。それより貴方はイタリアの方ですか?」

「え……はい、何故それを……」

「胸ポケットのエアチケットがイタリア語です。

 服もフィラのやっすいヤツです」

「……」

「旅人さんですか?」

「まあ、そんなもんだ。

 古代超科学で造られた石仮面、これを使った儀式のために来たんだ」


 会話で劣勢を感じた男は主導権を取り戻すべく、秘密の道具を見せびらかす。

 一声断ってから少女は石仮面を眺めた。


「偽物の仮面です」

「嘘でしょ!?」

「良く見てです。3Dプリンターの積層跡があるです」

「嘘でしょ!?」

「本当ですね。この仮面からは全く力が感じられません」

「嘘でしょ!?」


 アーモンドのような瞳を持つ少女に指摘され、黒髪美女に無力宣言され、偽物断定の仮面。男はナンパどころでなく打ちひしがれた。

 しかし二人からの追い打ちは終わらない。


「――なるほど、明日、沖で儀式があるのですね?」

「何でそれを!?」

「心を読んで、不足分はネット検索致しましたわ」

「面白いです。私達も一緒に行くです。

 明日の晩、ホテルの入り口で待ち合わせです。遅れないで下さい」


 言いたいことだけ言って、二人はラウンジを去ってゆく。

 男は茫然と、ただ佇んでいた。


***


『選ばれし諸君、よくアトランティスの入口に辿り着いた!』


 深更、沖合の海の中。

 ダイビングスーツの中に石仮面をつけた怪しげな集団が海中に集う。

 スーツに装着されたトランシーバーから、主催者の声が響く。


『この世の果てで天空を支える巨人アトラスが娘。

 偉大なるアトランティスの名を冠した大陸への道を今こそ開こうではないか!』


 スピーカーを通して参加者のどよめきが共有される。

 興奮した声が交差する中で、涼やかでやや舌足らずな女性の声が響いた。


『どのように儀式を進めるのです?』


 その美しい声を聞きつつ、主催者は指示を始める。


 鐘の音を鳴らす。

 呪言を唱える。

 様々なポーズをとる。


 と。


 ややあって、仄明るい光が海底から届いた。

 騒めく参加者。


 その興奮を切るように、先の女性の声が再び響いた。


『本当に召喚したのですね、海底火山の精霊を。

 参加者は召喚の生贄です?』


 一瞬、その言葉の意味を考える参加者。

 そして騒ぎ始める前に、主催者が笑い出した。


『はははっ、よく分かったな!

 だがもう遅い、秘伝の精霊召喚の儀式は為した!

 後は人身御供スケープゴートを捧げれば噴火を呼び、アトランティスは再び地上に!』


(いえ、そうは行きませんよ?)


 頭の中に直接響く声。


 皆が慌てて周囲を見渡す中、海上から舞い降りる光。

 黒髪に白いワンピースを着たその女性は、淡く光りながら底を目指した。


(精霊さん、ごめんなさい、人間の悪戯だったの。

 今日のところはお引き取りいただけないかしら?)

(あれ? 君は火山の精霊さん?

 折角出て来たのに、それはつまらないなぁ)

(まあまあ、お詫びに今度、地上の島で御一緒にお食事でもいかがかしら?)

(そ、そうか? 分かった、約束だからな!)

(喜んで。でも、私は人妻だから、おイタは駄目ですよ?)


 そんな会話が頭の中に響き、海底の光はふっと消えた。

 そして残された者達は、悲鳴を上げる主催者に近づいて行った――


***


「え、終わっちゃったの?

 折角準備してきたのに」


 自分術者弟子巫女と精霊に先を越された。また。

 神祇省の依頼でわざわざ来たのに、と男は肩を落とす。

 二人の夫にあたるその男を見ながら、顔を見合わせて笑う二人。


「まあ、そう言わないでくださいな。

 せっかくのお散歩日和ですよ?」

「そうそう、私達をエスコートして、島を巡るのです」


 眩しいほどの白い壁、どこまでも青い屋根。

 美しい風景を前に、たまには散歩もいいか、と考え直す。


 儀式をした海の底に散歩として装備なしで連れて行かれるその時までは……

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