【第29回 2000文字以内でお題に挑戦!】薔薇の女王

 がらり、と扉が開く音が教室に響き渡り、ざわめく放課後の教室に女子が入ってきた。


「見てみろよ、凄いカワイコちゃんだぜ!」


 悪友の比人ビーが声を弾ませた。


 見ると、その女子は少々派手なクラスの女子に語りかけ何か手渡していた。


 彼女の制服から伸びる腕の白さは病的なほど。

 華奢なシルエットと、人形のような顏もいけ好かない、と俺は思う。


「あら、私に何か用?」


 関わりたくないと考えていたが女子の方から話し掛けて来た。

 比人ビーがガン見し過ぎたせいか。


「君が可愛いから見惚れて!

 俺は相楽比人さがらびーと、ビーでいいよ!」


 よほど嬉しかったのか比人ビーは止めどなく喋り始めた。

 俺の鼻にふわりと甘く濃密な花の香りが届く。


「香水をつけてるのか? まだ中学一年だぜ?」

「ふふ、私は二年生だよ、後輩君?

 あと私は、総美華そうびはな。君のお名前は?」


 ……上級生だったか、見たことのない顔な訳だ。

 どのみち香水をつけるには早いだろ、と言いたいが。


「俺は唯野英人ゆいのえいと……です」

「そ? よろしくね、英人えいと君。

 敬語とかいらないし、私ははなと呼んでね」


 そう言ってにこりと微笑むと、いっそう花の香りが強く感じられた。


***


「なんで俺まで一緒に行かにゃならんのだ?」


 比人と一緒に電車に揺られながら英人は不満を口にする。


「華ちゃんが英人も、て言うからさ。協力してくれよ!」

「大体なんだよ、『薔薇園の女王に会う』ってファンタジーなデートは?」

「知らんがな、会えれば何でもいいよ」

「最近、不審者とか、子供が行方不明になるとか、未解決の事件が多発して夜の外出は禁止されているのに」

「黄昏時に薔薇の葉の水滴を飲まないと女王に会えない、て言うからさ」


 駄目だ。このアホにこれ以上かける言葉はない。

 諦めた俺は目的の駅で降りて比人と一緒に華と合流した。


「前も思ったけど香水の匂いが凄いな」

「これは薔薇水ローズウォーターって言うの。

 私の作る薔薇水は香りが良くて皆喜んでくれるんだ。

 これから行く薔薇園で、女王様から貰うんだよ」


 そう言ってニッと笑う華。

 俺は頭を掻きながら、楽しそうにお喋りする比人と華の後を歩き始めた。


***


「そこの少年、ちょっと良いかな」


 変なサマーコートを羽織った男に呼び止められた。


「何だよ?」

「そこの洋館に入って行ったのはお前の友達か?」


 男は比人と華が入った門を指さした。

 咲き狂った薔薇園を見ながら俺は突っぱねる。


「どうでもいいだろ」

「いやぁ、可愛い女の子だなぁ、と思ってな」


 そう言って、男はニタァと笑った。


 なにコイツ、怖い!

 俺は慌てて門の内側に駆け込み錠を下す。


「変なのが外にいるぞ!」


 俺は門の外の男を指さす。

 顔を曇らせる華に、比人が勢い込んで話す。


「大丈夫だよ、ここは華ちゃんの知り会いの家なんだろ?

 家主は留守で俺らしか居なくても、華ちゃんは俺が守るから!」

「ありがとう、ビー君」


 そう言って華は微笑んだ。

 しばらくして男の姿は見えなくなり、俺達は夕暮れに薔薇の葉の水滴を舐めて女王を待った。もちろん、そんなものは現れないのだが。


「やっぱり出ないじゃん」

「英人君、意地悪言わないで。少し待てば出てくるよ」

「もう真っ暗だぞ?」


 完全に日が落ちている。

 ――と、俺は庭に黒い影を見つけた。


(おい、あれ!)


 先ほどの男だ。

 侵入して来た!


(こっち!)


 慌てて俺たちは、華について洋館の中に避難した。


***


 洋館の中は強烈な花の匂いが充満していた。

 こんな場合でないと、十分と居られないだろう。

 俺達は暗がりの中で身を潜めた。


 やがて頭が朦朧とするほどに花の匂いにやられた俺は、入口がゆっくりと開くのを見た。


 やばい、逃げなきゃ!

 なのに、体が動かない。声も出ない。


 ――なんで!?


 館に明かりが灯る。


 そして俺は異様な館の中を見た。

 館中に狂い咲く薔薇、薔薇、薔薇の花。


 その中央にはラフレシアのように巨大な漆黒の薔薇の花。

 その傍らに微笑む女――華。


 扉を閉め男は俺と比人の襟首をつかみ黒い薔薇に向かって歩く。


「ご苦労様。ごめんねビー君、英人君。

 薔薇の女王は、人間を食べないと生きていけないの」


 男は比人を薔薇に放ると茨が絡め取り、やがて埋もれて見えなくなった。


「て…めえ、俺が…いなくなったら…警察がくる……ぞ」


 動かない口を必死で動かす。

 そんな俺に向かい男は手帳を見せた。


「悪いな、少年。俺もその警察なんだわ」


 それは八戸はちのへれいという氏名の書かれた警察手帳。

 絶句する俺を他所に男は華に向かい跪く。


「御褒美を――」


 華は微笑み、てらてらと濡れて輝く剥き出しの足を差し出す。

 男は恍惚とした表情で爪先からしゃぶり始めた。


 華は俺を見て話し始める。


「私の体液は極上の薔薇水ローズウォーターなの。私は黒薔薇女王の分身体で分泌液は強烈な快楽を得られるの。

 ――どう? 私に従うなら、君も生かして味あわせてあげるわよ?」

「だれ…が…乗るか…」

「そう、いいわ。君も私が食べてあげるから」


 翌日、中学生二人が行方不明になり、事件となる。

 その行方は杳として知れず、警察の棚の未解決事件のファイルがまた増えた。

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