【第28回 2000文字以内でお題に挑戦!】最後の一杯のコーヒー

「どうぞ、コーヒーを入れたよ」


「わぁ、ありがとう! でもいいの、ご馳走になってしまって。

 大切にしていたでしょう?」


「はは、今日飲まなくて、いつ飲むと言うんだい?

 喜んでくれるなら、それだけで嬉しいよ」


「そうね、有難くいただくわね――うんコーヒーだ!

 ……美味しい……」


「わんっ!」


「いい香りだ。こんなに香りを堪能したのは久しぶりだなあ」


「そうね。

 ん、舌の上が少しザラつくわ。

 そしてとぉっても甘い味付け」


「見様見真似で作ったトルココーヒーだよ。

 細かく、細かく粉にして煮出し、たっぷりと砂糖を入れるんだ」


「上白糖? いいの? 貴重なのに」


「いいさ。だって、今日と言う日だからね」


「それもそうね。

 ああ、なんて良い香り。そして角の取れたまろやかな甘み。

 ――美味しい――」


「ふふ、大袈裟だな。

 ただの飲物だろう? そんな、目尻に涙を浮かべなくても」


「きゅーん」


「ちょ、やだっ! そんなところ見てないでよ!

 恥ずかしいんだから」


「はは、そこまで喜んでくれると嬉しいよ」


「わふっ」


「まったく。でも、私も嬉しいのよ?

 今日は三年前にあなたと初めて出会った日。覚えていた?」


「えっ!? 本当?

 ちょっと待って、暦が違うから……本当だ!」


「やっぱり気づいてなかったぁ」


「まいったな? ははは」


「ふふふ」


「おい! お前らぁ、二人だけで雰囲気作るなぁ!

 お前らだけじゃないんだぞ!」


「わんっ!」


「ごめんごめん」


「ごめんなさい――でも懐かしいわね。

 出会った時は考古学者の卵に犬連れの自衛隊員!なんて思って」


「それに女性救急隊員もね。

 その後で皆で僕の得意分野である遺跡に行くことになって」


「遺跡の中でお前は割と役に立ってなかったぞ!?」


「確かに外に出てからの方が活躍していたわ」


「……ひどい」


「だってあなた、すぐに蹲って調べ始めるんだもの」


「そうだ! 襟首つかんで引きずり回す俺の身にもなってみろ!」


「僕が未然に危険を回避したから、奥に進めたんだよ」


「ふふ、古代の書物見つけて小躍りしてたね」


「そんで、引き剥がすのに苦労してな!」


「わんわんっ!」


「いやいやいや。

 それから古代文明の手掛かりを得られたんじゃないか」


「ええ、古文書の解読と分析、そして考察と仮説。

 素晴らしい成果だわ」


「なんか照れてるな」


「また二人で世界を作るな!」


「わふっ!」


「まあまあ。コーヒー冷めるわよ?」


「おう、久しぶりでうめぇな」


「ええ、でももうなくなりそう。名残惜しいわ」


「僕もだ」


「あなたは砂糖とコーヒー豆を買った帰り道で呼ばれてたんだったわね」


「うん、それでこれが最後の豆で作ったカップ一杯のコーヒー」


「あの頃は当たり前のように飲めていたのに」


「当たり前こそ貴重。失くなって初めて気づく」


「あの頃に戻りたい?」


「いや、今の僕にとって貴重なのは、君と出会えたことだよ」


「あらあら、嬉しいわね」


「ふふふ」


「またか!」


「わんわんっ!」


「いいじゃないか、君だって耳の尖った可愛い奥さんと出会えたんだから」


「ぐ、それは……!」


「そう言えば、ずっと黙っているけれど、お口に合わなかったかしら?」


「いえ、とても苦くて、甘くて、びっくりしているんですぅ」


「苦手なら無理することはないよ?」


「いえ、旦那様の故郷の飲物、私も飲みたいですぅ!」


「あら、今度は誰の世界かしらね?」


「ぐぅっ……!」


「おっと、飲み終わってしまった」


「私もなくなったわ」


「トルココーヒーは飲み終えた後、カップの底にできた紋様で占いができるんだよ」


「へえ、珍しくロマンティックじゃない?」


「たまにはね。例えば僕のは……カメラみたいな形だな。なんだっけ」


「忘れてちゃ意味ねぇだろ!」


「流石にすべてのシンボルは……おや、君のは花が咲いているね」


「俺と花、似合わん……!」


「旦那様、お花は嫌いですかぁ?」


「いや! そんなことはないぞ!」


「エルフと花は切っても切れないからね。意味は説明するまでもないかな。

 奥さんのは……小鳥みたいな紋様だね」


「小鳥は友達なんですよぉ」


「私の紋様は……綺麗な輪。光が反射して……まるでダイヤの指輪みたい」


(あんな綺麗な紋様……お前の魔法か?)


(頼まれたんですぅ。それを言ったらお終いなのですぅ)


「指輪はプロポーズを象徴しているんだよ」


「あら、本当? ふふ、プロポーズを貰えるのかしら?」


「ああ。今日と言う日、僕は君に結婚を申し込みたい。

 この指輪を受けてくれないか」


「まあ、本物の指輪……!」


「この世界に召喚され、魔物で溢れたこの世界を冒険して。

 苦難の末、魔王を倒し、ようやく街に帰れた。

 みんな、本当にありがとう」


「お礼を言うのは私の方よ」

「それは言わねぇ約束だろ」

「わたしも助けていただきましたぁ!」


「魔王を退けても日本に戻る手段は見つからなかった。

 日本の思い出のコーヒー豆も飲み干した。

 僕はこの地で最後まで生きて行く覚悟を決めたんだ。

 お願いだ。僕と共にこの世界を生きて欲しい!」


「ええ、喜んで!」


「わんっ!」

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