Ⅳ 神殺しの魔法少女
平凡で退屈な毎日。
平凡で個性のない私。
ほんの少しでいい、人とはちょっと違う不可思議な日常の中で、私はヒロインになりたかった。
だから誰よりも可愛くなるために着飾って、誰よりも賢くなるために勉強した。
人に好かれる立ち振る舞いを心掛け、どうしたら相手が喜ぶか観察し先回りして動くようにした。
同年代の女の子と比べれば、私は魅力的できらきらした可愛い女の子のはず。
なのに、今ここにいる私と言ったら。
「……最っ悪」
母は私に劣等感でも抱いているのか、何かと理由をつけては手を上げる。
鏡に映る私の頬は赤く腫れあがり、そっとそこに触れた瞬間、じわりと痛みが広がったような気がして思わず舌打ちした。
「……今夜はもう寝よう」
布団の奥に潜り込んで、目蓋を下ろす。
せめて、夢の中では他の誰でもない、私がヒロインでありますように。
翌朝。
眠る前に願った通り、私は魔法少女になって悪と戦う夢を見た。
そこまでは良い、お陰で目覚めは良いのだから。
しかし、私の手に握られているコレは一体?
「……私、まだ夢を見ているんですかね」
信じられない。
そう思うのに、滑らかな木の手触りに口元が緩むのが分かった。
夢の中で使っていた魔法のステッキと同じフォルムのソレを回しながら、変身するための呪文を短く唱えてみた。
「!」
全身が眩い光に包まれたかと思うと、次の瞬間にはピンク色の可愛い洋服が私の体を覆い。
ウエストの辺りで結ばれたシフォンの大きなリボンが、蝶のようにゆったりと羽ばたくように揺れて、足が宙に浮いた。
「……ふ。フフ、夢じゃない。私は、」
私は、この平凡な世界で。
少女たちの永遠の憧れである魔法少女になった。
◆◆
「はいはーい! 悪のみなさん、お待たせしました~。D区担当、圧倒的なカリスマ性で魅せる系魔法少女イネスちゃんが、今日もさくっと倒しちゃいますよ!」
魔法少女になってから、私の前に怪しげな小動物や訳知り顔の男が現れる、なんてことはなく。
代わりに、ステッキを手にしたあの日の夜、一通の手紙が私宛てに届いた。
『おめでとう! 君は特別な存在として生まれ変わった。君が住む××町はD区、そして君はこれからD区の魔法少女として魔物たちを消滅してくれたまえ。時々別の区の魔法少女が入り込むことがあるが、彼女らは基本敵ではなく、さりとて仲間でもないことを頭に置いておいてほしい。それでは、幸運を祈っているよ』
魔物との戦い、それの終わりには何があるのか。
それとも終わりなどないのだろうか。
謎が多く、手紙は何とも怪しいものだけど、私はこの状況を受け入れて楽しみ、積極的に他の区へと足を伸ばした。
「今日はどんな子に会えるか楽しみですねぇ」
私の他にもこの世界で魔法少女が存在していることを知った当初はそれはもう落胆したけれど、実際に会ってみればどの子も私にはない輝きを持っていて。
次第に同業者というよりも神様のような、手の届かない存在であるという認識に至り、今では全く気にならなくなっていた。
「……おや、他国の魔法少女がやって来るなんて珍しい。私に何か用ですか、お嬢さん?」
さらりと風に靡く長い黒髪、宝石のように煌めく赤い瞳、西洋人特有の白い肌、人形のように整った美しすぎる顔。
少女と成人女性の中間ほどの涼やかな声音。
魔法少女と呼ぶにはあまりにも神々しく、私は一目で彼女に心奪われて。
彼女こそ、信仰すべき私の神だと思った。
◆◆
ヒロイン願望だけでなく、信仰という形で精神的に依存しきる対象を私は求めていたのかもしれない。
彼女と出会ってから私は毎日彼女の担当区へと足を運び、言葉を交わし、時に普通の女の子として遊んだりした。
そうして、日を重ねるごとに彼女への信仰心は増していき、やがて私以外の魔法少女と笑い合っているのを見る度に嫉妬の炎を胸の奥で燃やすようになった。
どうすれば、彼女は私だけの神様になってくれるだろう。
いっそ、私の気持ちを彼女に伝える?
嗚呼でも、それだと気持ち悪がられてもう会ってくれないかも。
なら、彼女に近付く全てを潰していく?
いいえ、彼女は優しいから、きっといなくなった子は魔物にやられてしまったんだと考えて胸を痛めてしまう。
さて、どうしたものか。
そんなことを、考えて、考えて、考えて考えて考えて考えて考えて。
あるとき、私は彼女を人気の無い路地裏へ誘い込み、隙をついて業火の魔法で焼き殺した。
「あは、最初からこうすれば良かったんじゃないですか。これでもう私の信仰は永遠になるし、貴女の全ては私のモノです」
骨の一欠けらも残さず焼き尽くして、灰となった彼女を小瓶に入れる。
「ずーっと一緒ですよ? 私の神様」
それにしても。
何故死ぬ間際、彼女は笑ったのだろう。
────己の神を得るために神を殺した魔法少女イネスは、神の血でその身を穢し、終幕。
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