Ⅲ 人形の魔法少女
優麗なレースと可憐なリボンで飾り立てた、少女の為の洋服。
惹きつけて視線を離させない、恐ろしくも美しく煌めく宝石。
脳髄を震わせる、洗練されたクラシック音楽の旋律。
甘美なる味覚の暴力を舌の上で振るう、色とりどりのお菓子。
読む者を主役とし、空想世界へ誘う数多の物語。
そして。
まるで、今にも歌い出しそうなほど精巧に作られた、少女の形を模した人形。
両親が遺した屋敷と莫大な財産を管理する執事は、僕が孤独に涙しないようにと、家族としての愛情と多くの宝物で部屋を埋めてくれた。
幼い頃はそれらを眺め、時に少女のような格好をしては心癒され、満足していたけれど。
「ディオン」
「はい、ノエル様」
「退屈だ。何か面白いことはないの?」
「おや。宝物を眺めるのに飽きてしまわれましたか。それでは新たな宝物を何か探して参りましょうか」
「いや、自分で探してくる。街へ行くからその準備を」
成長するにつれ、僕はどうにも物足りなさを感じてお気に入りの洋服と香水を纏い、街へ繰り出すようになった。
けれども、僕の欲を満たせるほどの物は見当たらず、ぼんやりと行き交う人々を眺めながら紅茶を飲んでいたとき。
『美しい少女は夜に一人、出歩いてはならない。悪魔に魅入られた人形師に目を付けられたが最後、少女は人形にされてしまう』
そんな噂が、聞こえてきた。
◆◆
結論から言えば、人形師は実在した。
噂話を聞いてから三日目の夜。
街の裏道で薬品を使って少女を眠らせ、馬車に乗せようとする人形師を見つけた僕は
『貴方と話がしてみたいんだ、どうか僕も一緒に連れて行ってほしい』
そう頼むと、拍子抜けするほどあっさりと工房へ案内された。
「攫ってきた子は一体どうするの? まさか魔法で人形に変える、なんてつまらない冗談は言わないよね」
さっきは暗くてはっきりとは見えなかったけれど、工房の灯りに照らされたその姿は、癖のない黒髪に夜を映す黒い瞳、黒いスーツと全身黒づくめの東洋人男性だった。
彼はふふ、と笑うと「この中を覗いてごらん」と、硝子で出来た棺を指差した。
言われた通りに棺の中を覗くと、そこには思わず溜息が漏れるほど美しいドレスと宝石で飾り立てられた少女が穏やかな微笑みを口元に湛えて眠っていた。
「……素晴らしい。これは本物の?」
「ええ、人間だったものです。俺は医者でしてね。持てる技術の全てを、この人形作りに使っているんですよ」
「成る程、医者なら確かに不可能ではないか。……色んな人形を見てきたけれど、こんなに綺麗な人形を見たのは生まれて初めてだよ」
「お気に召していただけたようで何より。……ふむ、」
人形師は僕の頬に手を伸ばすと、品定めをするように暫し見つめ、
「君は少年のようですが、少女に負けずとも劣らない美貌を持っている。どうです? 永遠の少女として棺に入る気は?」
緩く、首を傾ける。
普通の人間なら急にこんなことを言われれば困惑し、身の危険を感じて逃げようとするのだろう。
けれども僕は、目の前の人形師に何とも表現し難い魅力のようなものを感じ、ある条件を出して一つ頷いた。
◆◆
唇に真っ赤なルージュを乗せて、お気に入りの香水を着る。
男だろうと僕は美しい。
だから少女たちに負けないくらい着飾って、街へ繰り出す。
「お嬢さん。そう、君だよ。僕はファッションデザイナーをしていてね。君を見掛けて、良いイメージが浮かびそうなんだ。良ければ僕の屋敷でお茶でもどうかな?」
甘い言葉を囁いて、彼の工房へと手を引いてゆく。
『お前に僕をくれてやる代わりに、一年で良いから人形作りを近くで見させてほしい。金が必要ならいくらでも援助してやる』
あの日、人形師に出した条件は快諾され、ただ見ているだけでは面白くないだろうと素材の調達を任された。
一つ心配だったのは、僕の執事であるディオンにこの事を話して良いものか、という点だったが。
意外にもディオンは「そうですか」としか答えず、それからも変わらず僕に尽くしてくれている。
何も感じていない訳ではないのだろうけれど、僕が自分の頭で考えて、選び取った答えならば何も言うまい、と。
彼の性格からして、恐らくはそう考えているのだろう。
そして、一年後。
「心の準備は良いですか?」
「良いよ。この僕を人形にする以上は、最高の出来でないと許さないよ」
「ふふ、それは勿論ですとも。さぁ、楽にして……そろそろ麻酔が効いてくる頃でしょう」
おやすみ、と優しく告げる声を最後に、僕は意識を手離した。
────見目美しい少年ノエルは、人形師の最高傑作になって、終幕。
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