将来なりたいもの

2日経って、私は余裕を持って退院することができた私は学校に来ていた。

昇降口にて上履きに履き替えていると


「あ!杏奈!大丈夫だったの?」


と後ろからおとなしそうな声が心配そうに尋ねてきた。

声の主は同じクラスの安藤融火だった。その心配そうな顔に


「うん。別に大丈夫。心配かけてごめんね」


と無難な返答をした。


「本当に…めちゃくちゃ心配したんだからね!」

「ごめんって。お詫びに今度パンケーキ奢ってあげるから」

「それだったらクレープの方がいい」


「何それ」って、2人で笑い合いながら教室に向かった。

教室に着くなり、周りの生徒が「杏奈大丈夫?」といった旨の言葉を次々と投げかけていき、それに一々「心配かけてごめん」と返すのはなかなか骨が折れる作業だった。

先生にも一応の心配をかけられ、その日の私への心配は終わった私は、昼休みに屋上へと向かって行っていた。


「杏奈?なんで屋上なの?」

「…へ?」


屋上に向かって行っていたのは、何となくでもなければ目的もなかった。

ただただ、あの数日間に培った日課に体が動いていただけだった。


「あー…心配しないで。飛び降りはしないから」

「当たり前でしょ!何いってんのもう…」


日課になっていた屋上への赴きは、いつも通りの爽やかさだった。


「んん〜…っは!ふう〜」

「…気持ちいい?」


大きく体を伸ばし、体をほぐした私を見て、融火は羨ましそうに聞いてきた。


「うん」

「…」


融火は何も言わずに大きく伸びた。


「…っは!はは!確かに気持ちいいや!」

「でしょ〜?たまには、こうやってるのも大事だって気づいたんだ〜」

「もしや、病院にいた時勉強せずにずっと暇だって言ってたでしょ」

「バレた?」


冗談を言い合い、クスクスと笑いながら弁当を拝借した。

中には彩り豊かなおかずにかわいいくまの顔をしたおにぎりが二個ほど入っていた。

「かわいい〜。一個ちょうだい?」と言ってきたから、一つあげることにした。そのせいでご飯が少し足りなくなってしまったが、特に問題はない。

満足し切れてはいないが、そこそこの満足感が得られた私たちは、教室に戻った。

午後には文系の授業が立て続き、ひたすら睡魔と闘いながら授業を聞いていた。

全ての授業が終わり、放課後。友達とのおしゃべりもそこそこに、私はまた病院へと足を運んだ。


「すみません、艾くんと面会がしたいんですが…」

「ご親族の方ですか?」

「あ、いえ。ただの友達です…」


そういうと、受付の人は難しい顔をした。迷惑だっただろうか…。

そう考えたが、受付の人はこちらへ微笑み


「もしかして、結城杏奈さんですか?」

「え?あ、はい」

「ふふっ。実は、艾さんが直々に杏奈さんは通すようにとさっきいわれまして」


と言ってきた。

そして、私は艾くんの病室に案内された。


「艾くん。来たよ」

「…あ、結城、ちゃん。あり、がとう」


相変わらず独特な間をあけ、こちらを向いた。


「今日は、どうした、の?」

「う~ん…おしゃべり?かな?」


そういえば、ここに来たことに理由を持ってきていない私はそうやってごまかした。


「…そっ、か。あり、がと」

「うん」


何とかごまかしたことはばれなかったみたいだった。


「…そう、いえば。杏奈、ちゃんは、将来の、夢とか、あるの?」

「将来の夢…か…」


あやふやになっている話題に深く悩む。

実際。将来になりたいものはあまり明確ではない。なりたくないものならばあるんだけど…。


「そうだな~。できるなら、人とはあんまり関わりたくないかな。できれば、家で一人でできるお仕事がいいかな~」

「…そっ、か。いい、ね」

「…艾くんは?って、聞いてもいい?」


少し申し訳なさそうに私は聞いた。


「…う、ん。僕は、ね。親元を、離れたかった、の」

「……」


その願いに私は言葉が詰まった。


「あ、でも、ね。今は、この、病院を出て、働く、こと」


普通のことを願うその姿を見て、自分らがどれだけ裕福な体を持っているのかを身に染みて、痛いほど感じた。


「そういえば、あれは二年前なんでしょ?どうしてまだ病院にいるの?」

「…実、は、あのあ、と、誰も、引き取って、くれなく、って」

「あ…」

「…別に、気にしない、で」


またいつか、どこまで踏み込まれたくないのかを聞こうと思った。


「そっ、か…わかった。でも、もし出たくなったら言って。何とかして、出られるようにしてあげるから」

「…あ、はは。あり、がと。でも、君に、は、迷惑、を、かけ、たくはな、い、から」


彼はまた、あははと独特な間をあけて笑った。

近い将来。私は彼の介護士でもしようかと、本気でそう思った。

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