不自由な“彼”
原因ははっきりとしていた。
ただただ、頑張り過ぎてしまっただけだ。そのため貧血を起こしてしまい、階段から落っこちてしまったのだ。
幸い、5段ほどだったため命になんら支障はなかったものの、頭から入ってしまい、頭がぱっくりとイカれてしまっていた。
昨日のうちに針を縫ったものの、後数日はこの病院内で生活しなければいけないと言われ、今は病室でスマホをいじり、暇を潰していた。
「…飽きちゃった」
持病の飽き性を発揮してしまった私は、早々にスマホの電源を落とし、気晴らしに解放されている屋上へと向かった。前日の夜と今日の朝にレバーをこれでもかと食わされたから大丈夫。
「風が、気持ちー!」
ぐぐぐっと体を伸ばしながらそういう。考えれば、最近はスマホや勉強に時間を費やして、こうして陽の光に浴びようとしていなかったなと思い出し、病院生活のうちにそういう感情を満喫しようと心に決めた。
ふと、視界の端に車椅子が見えた。
本人自体には特にこれといった機器は付けられていない。しかし、車椅子にはモーターやら何やらが付けられていて、明らかにタイヤを押して移動することを想定されていない作りだった。
(最近はあんなものまで…でも、他の人は違うし…どうしたんだろ)
そんな一握りの好奇心は固く強く私を動かした。
私はそばに近寄った。しかし、彼はまだ気づかない。
「ボーッと空を眺めてどうしたの?」
その声でやっと気づいたらしく、彼はこちらを振り返った。
見た感じでは、特に変なところもなく、むしろ顔はそれなりに整っていて普通にカッコよかった。
彼は数秒、言葉を発さずにボーッとして。やっと声が届いたかのように
「…そ、ら…見て、た…」
と、簡素に答えた。
「そっか〜いいよね、今日。すごく綺麗な空」
「…きの、うのほうが、綺麗…だった」
「そうなんだ、これから毎日ここにこよっかな」
「…あし、たは、雨、ふる、よ」
「そうなの?」
「…た、ぶん」
「あははっ!何それ」
会話を交わしながら、彼の喋りには少しクセがあったことを疑問に思った。
何というか…常に考えがまとまるのに時間がかかっている気がするのだ。
「…話し方について、聞いてもいい?」
「……なれなれ、しいね」
「あ、ごめん…言いたくないなら、言わなくてもいいよ」
「…そうじゃ、なく、て、しょ、たいめ、んで、こんな、に、ぐいぐい、来る人は、初め、て」
「そう?デリカシーないってよく言われるのもそれでかな」
「たぶ、ん、そう」
「そんなはっきり言わんといて〜な!」
あははと控えめな笑いを添い付けてツッコんだ。
彼は浮かない表情で私の方を向いた。
「…実、は。二年、前に、親から、右脳を、刺されて。い、きてられた、けど…左、半、身が、動かな、くって。それに、考えの、まとまりも、じか、ん、かかっちゃって…あ、これ、見たら、わかるとお、もう」
そういって見せてきたのは昨日やっていた残虐な事件を主に扱うテレビ番組の企画の一つであった「京都家庭内殺人未遂事件」の再現ドラマだった。
「ほんと、は、こんなじゃ、ないけ、ど。大、体、こんな、感じ」
「……」
さっきまでの笑顔は消えて、今は本当にデリカシーのなさを殴りたくなるほど猛反省していた。
「…ごめ…すみませんでした、本当に…」
「…え?いい、よ別に。それに、久しぶりに、人とお話…した、し」
そう言いながら彼は朗らかに微笑んだ。
「ほ、ら。僕、さ…こん、な機械ばっか、の、車椅子、に、乗ってる、し」
「それ、どうして?」
「…左はん、しんが、使えなくて。だか、ら、レバーで、車椅子、動かしてる」
実演を交えながら教えてくれた。
前輪は自由に動くようになっていて、後輪で押しながら方向を変えたりする方式のようだ。
「…お詫びになるかは、わからないけど。その…何か、手伝えたりすること、ある?」
「………う〜ん…」
さっきよりも長く間をあけて考えていた。
「…じゃ、あ。これからも、退院しても、仲良し、で。いて?」
「あ…うん!」
純粋無垢な彼の心の傷を触ってしまったことを猛省し、その日の夜は熟睡できていなかったようだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます