今日もまた、あの病室に足を運んでいた。

彼に出会って早1週間。興味本位で関わっただけだったのだけれど、気が付いたらどんどんと彼に引き込まれて行っていた。


「…あ、今日、も、来てくれ、た?」

「うん。あ、今日はリンゴだよ。今皮剥いて、切り分けるね」

「…てつ、だうよ」


彼が手を差し伸べた先。私が手に持っていた果物ナイフがあった。


「あっ」

「…いっ!」


それにぎりぎりでしか気付けず、彼の手が果物ナイフに切られてしまった。


「あ、ご、ごめん!」

「…う、うん。大丈、夫」

「大丈夫じゃないよ!売店に行って消毒液と絆創膏買ってくる!」


「…あ、るよ」という声が聞こえた気もしたけれど、それは気のせいだと信じ、購買へと競歩をしていった。



「ごめん!買ってきたよ!」


買ってきたものを入れた袋を机の上に置き、消毒液を取り出した。

ポケットに入っていたポケットティッシュの中からティッシュを取り出し、彼の傷口に当てた。


「…う、うぅ…あ、の」

「ごめん、痛い?ちょっと我慢してね」

「…い、や…その…」


傷口の少し上からやさしく消毒液をたらしながら、きれいに滲む血をふき取った。


「…はい、これでよし。ごめんね、本当に」

「……ああ、うん。ありが、とう」


心なしか反応がいつもより遅い気がした。


「?大丈夫?」

「…あ、うん。全然、大丈夫、だよ」

「そう?なんか顔赤いよ?熱?」


おでこに腕を伸ばすと


「…ほ、んとに、大丈夫、だか、ら!」


といって触れた手を払うように仰け反って布団にくるまってしまった。


「え、あ、そう?ならいいけど…」

「…うぅ…ずる、い」

「へ?何でよ~」


少なからずズキッとしたことは隠してそう返した。


「…で、も。こういう、のも、たの、しい」

「あ…うん、そうだね」


普通の友達とあまり変わらないことをやっていたつもりだったんだけど。でも、彼にとって普通はかけがえのない特別なのかと。私はそう思った。


「…こういう、のが。お薬、だか、ら。ありが、と」

「え?」


彼ははにかみ「なんで、も…ない、よ」といった。

掘り返したかってけど、すでに門限ぎりぎりだった私は結局何も聞けずに慌てて帰ってしまった。


その日の夜。私は彼が言った「薬」の意味を考えていた。答えは、わからなかった。

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埋まらない“傷”のお薬 時雨悟はち @satohati

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