#32 最期に見えたもの


「――――、―――――――」

 誰かに呼ばれたような気がした。

 分からない。もう、それが本当に自分を指し示しているのかどうかすら思い出せなかった。

 そもそも、俺を呼ぶこの声は、一体誰のものだろう?

 大事な人だったような気がする。そうだ……確かにとても大事な人だった……

 俺はゆっくりと目を開いた。

 初めに目に飛び込んできたのは、暗がりにぼぅと浮かび上がる白。

 それが人の顔なのだと分かるまで、少しだけ時間がかかった。

 “彼女”の微笑みを見て、ようやく俺は“彼女”を思い出すことができた。

 そう、俺はずっと前から“彼女”に会いたかった。会って、謝りたかったんだ。

 俺は、いっぱい、いっぱい“彼女”を傷つけた。そのことに気付かないまま、“彼女”と別れてしまったから、ずっと後悔していた。

 そうして、俺は形を亡くした。今ここにいるのは、そんな心残りから生まれた残響のようなもの。

 それが偶然、何者かの意思と噛み合って、俺は“彼女”を救うだけの力を得られた。“彼女”を救う事ができた。今、目の前にはその彼女がいる。

 ああ、でも何て声をかければいいんだろう……

 変だな、たくさん、話したいことがあったはずなのに、何も思いつかない。

 会えて嬉しいのに、声が出ない。

 最初に、ごめんなさいって、言いたかったのに……声が……でない。

 俺の身体は、もうそんな声を届かせる事ができない程に失われてしまっているのではないだろうか……

「大丈夫だよ」

 焦る俺に声をかけ、目に映る“彼女”が、俺の手を取った。

 俺の手はあまりにも小さい。“彼女”の手を握り返すことすらできない。

「ちゃんと聞こえてる。謝ることなんてないんだよ。ナツェルはずっと一生懸命だったんだから」

 ……そうかな。自信がない。君がそこにいるのに。

 俺は、君と何か約束していた筈だ。もう一度会った時のために、何かとても楽しいことを。

 でも、その約束だって、守れそうにないのに……

 君とした約束。俺はいつも破ってばっかりだ……

「それでも、いいの」

 ……よくない。

「いいんだよ。必死になってくれた。すごく……嬉しかったよ。……一緒にいる間は、ずっと幸せだったよね。ナツェルが守ってくれたからだよ」

 “彼女”はそう言って、俺の頭をそっと抱いた。

「あたしから、ありがとう。ずっとそれが言いたかった」

 ……うん。

「ありがとうね。ナツェル……今度こそ、ずっと…一緒にいよ…」

 もう一度意識が消え果てるその最後の瞬間に、“彼女”が名前を呼ぶのが聞こえた。


 そう、それが俺の名前だった。

 やっと、思い出せたんだ――――――

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