5,月蝕 ― アルビナ

#24 災禍の罪


 目覚めたのは、……いつもの木のベッドではありませんでした。

 最初に目に入ったのは赤く焼けた雲。もう直ぐで消えようとしている昼間の青さ。そして、見慣れない木々の暗がりでした。

 私は地面に寝かされていました。柔らかい布を被せた石を枕に、……多少なりとも気を遣ってくれた、不器用な寝所です。

「……村じゃねぇぞ。もう返さねぇからな」

 声の主は、直ぐ側から離れてはいませんでした。嫌が応にも、自分は浚われたという事を思い出します。

 キャンプの為か、はたまた食べ物を焼くためか、彼は薪を集めて火を起こしていました。パチパチと炭の弾ける音と共に、寂しげな温かさが私の所まで伝わってきていました。

「……首、どうだ?」

「え?」

「まだ痛いか?」

「い、……いえ。大丈夫です」

 首を振るも、彼が何を言っているのか理解したのは大丈夫と答えた後でした。

 ラティエから逃げ出すとき、私の首を持ち上げて樹の幹に叩きつけた……その事を言っているのでしょう。首に触れると、濡らした布が巻かれているのが分かりました。

「手当してくれたのですか?」

「当たり前だ。お前に死なれたら金は半分だろが。……俺は気が短いから、いつもやりすぎちまう」

 すりこぎのような指で口髭をさすりながら、大男が言いました。そのばつの悪そうな様子が、どこか照れているように感じられたのは、私も落ち着いてきたからでしょうか。

 最初に会った時の恐ろしさは、何故かあまり感じません。

「あの、えっと……」

「バーバスだ」

 彼はそう名乗りました。そういえば彼の名前は初めて聞きいた事を思い出しました。

「ありがとうございます」

「あ?」

「手当をしてくれました。それに、あなたはちゃんと優しさも持っている人のようです」

「馬鹿言ってんじゃねぇっ! ルフェの化け物なんぞに優しくするつもりなんかねぇんだよ!」

 さすがに、そこまで言うと怒られました。私は、この人が同じ村のルフェでは無いことを思い出し、調子に乗りすぎたと反省していました。……やっぱり、この人は森の外の人間で、私は森のルフェ。そして……

「忘れんなよ! てめぇはリッジの仇だ。金になるから生かしてるだけだ。死んで金に変わるなら、今直ぐにだって殺してやる」

 彼にとって私は、仲間を殺した憎き仇。

 ナッツが言ってました。人間の傭兵の中には、金や地位欲しさに、平気で仲間や家族を売る奴だっているのだと。確かに、全ては金のためなのでしょうけど、そんな彼の言動とは裏腹な優しさも、私は確かに感じていました。

「ちくしょう…なかなか上がりやしねぇ……」

 焚き火を薪で突きながら、彼は舌打ちしていました。

 火の周りには、肉を刺した串が立てられていましたが、肉を焼くだけにしては火の勢いは十分すぎるほどありました。森の一角のこの狭い場所で、赤い火の粉と白い煙が木の上まで立ち昇って行くのには、私は恐怖すら感じました。

「何を、しているのですか?」

「狼煙を上げてるんだよ。俺の感覚でこの森を抜けるのは無理だからな」

 言われて私は、煙と共に上がっているのが火の粉ではない事に気が付きました。それは、燃やして空に上げる、赤い粉のようなもののようです。彼はそうして、仲間の人間を呼んでいるのです。

 私は、ようやく事の重大さに気が付きました。これを目印にして、人間がやって来るのです……

「駄目っ……!」

 私は慌てて、その火の中に足を突き入れました。なんとか火を消そうと思ったのですが……

「このっ馬鹿野郎! 何しやがるんだ!」

「そんなこと、させません! 人間なんかがここに来たら、村が……!」

 私は、火の中にくべてあった薪を散り散りに蹴飛ばしました。火の粉か赤い粉が踊り、火は今度こそ弱まるかに見えましたが……

 バーバスさんの大きな腕が、私を跳ね飛ばしました。

 土の上に転んだ私が見上げると、バーバスさんが怒りの形相で私を見下ろしていました。

「こうでもしねぇと、外にゃ出れねぇんだっ!」

「けど、駄目です! それだけは絶対にさせません」

 言ってみれば、私の我が儘でこうなったようなもの。それで村を危険に晒す事なんてするわけにはいかないのです。それだけは譲れませんでした。しかしバーバスさんもそれは生きる為にしていること。お互いに退けない一線が在り、そして互いの関係上、私は一方的な暴力も覚悟していました。

 けど、……お互いに怒りの表情を付き合わせるだけで、それ以上にはなりませんでした。それは、互いがその譲れない部分を理解していたからなのでしょう。

「……また、怪我を増やしやがって。……来い。手当してやる」

「―――――――」

「お前の勝ちだよ。粉はもう無ぇ。自分の運に賭けるしか無くなったわけだよ、こんちくしょうめ……!」

 悔しげに、彼はそれだけを言うと、火傷した私の足を無理矢理に引いて手当を始めました。仏頂面のまま、感情を押し殺し……

 ……私は、村を守るためだけにしたこと。けどそれは、彼にとっては死を突きつけられたようなもので……許し難い程の事だった筈なのに。

「……ごめんなさい」

 謝らずには、いられませんでした。ロノンを助けるとき、彼に「死にたくはないでしょう?」と問いかけた以上、彼に死を強要する事は理に背いているような気がしました。

「でも、分かってください。私が応じたのはそういう約束だった筈です。あなたを逃がすだけならともかく、その為に村を危険に晒すのは許容できません。ここだと、ラティエに近すぎます」

 本当なら比べるべくもないこと。この人を殺してでも、……最悪ロノンを見捨ててでもラティエを助けるのが正解の筈なのです。けど、そんな重い切り捨てなんか認めたくはありません。私は、誰かが死ぬ所なんて見たくはありません。それがたとえ人間であっても。村に破滅をもたらすような存在であっても。だから、きっとこれが最善なんだと信じています。

「その代わり、協力します。あなたが森の外に出られるように」

「――――当たり前だ。てめぇには嫌だなんて、言う権利はねぇんだよ」

「はい。……いた……っ!」

「自分でやった事だろ。我慢しろ」

 その不器用な手当は、しかしあの大きな手でしてくれた割には随分と丁寧になされていました。

 私は、やっぱりこの人は完全に悪い人ではないのだと確信していました。

 ……そんな人が、どうしてこんな事をするのかなんて、考えすぎでしょうか。

 ナッツから聞く外の世界は、怖い話ばかり。それを信じるなら、外は悪人だらけと思うのは至極当然な事なのですが、私は例外を知っています。シーザーさん、それに、ナッツだって元は外からやって来たのです。バーバスさんも多分そう。

 決して善いものに馴染もうとはしない、けれど優しさも捨てられない……捨ててはいけない事を、ナッツもバーバスさんも知っているのでしょう。……もしかして、外の世界というのは、そんな優しい人達ですら悪事に走らせてしまうような恐ろしい所なのでしょうか。

 私はなんだか悲しくなりました。


 ――――――この村を出たいって思ったことは無いか?


 ナッツがそう誘ってくれるような場所だから、尚更に。


 いつの間にか陽は沈み。焚き火の灯りばかりが眩しくなっていました。月が木々を登りきるにはまだもう少しかかるでしょう。

 狼煙の元となる粉は無くなったものの、どうやらこれ以上移動するつもりも無いようでした。バーバスさんは村からくすねてきたという食べ物(いつの間にくすねてきたんでしょうか?)を口に押し込みながら、食べ物の感想を零すこともなく、炎を見つめ、思索を巡らせているようでした。私も貰った柑橘を食べるだけ。お互いのどんな言葉も許さないような奇妙な緊張は、ずっと辺りを支配していました。

 そんな中、彼が動きを見せる事があります。まるで首を支えるように巻かれたバーバスさんの首の包帯。異形の悪魔によって負わされた痕。彼はその過去を思い出すようにして、首の包帯をさすり、そして悔しげに表情を歪ませていました。

 ……彼の手当だけはラティエの人達がやってくれた筈ですが、あの痕が一日や二日で治る筈もありません。そして、失ったものはもっと大きいはずです。

「――――――」

「……今更こんな事を言っても信じて貰えないかもしれませんが」

 それでも、言わずにはいられませんでした。

「その傷痕もあの人を殺したのも、私ではありません」

 夜の空気が冷えて感じられました。そんな中、バーバスさんの視線と、そこに含まれる僅かな憎悪ばかりが、すうっと、透き通って私へ届いていました。私はそんな彼の視線にずっと耐え続けていました。

「見えてなかったかもしれませんけど……悪魔があそこにいたんです。バーバスさんの首を掴んで、持ち上げていた悪魔です」

「………」

「私にはあんなことはできません。人間達は勘違いしているようですが」

 外で私が何と呼ばれているのか、ラティエに暮らすアルビナという存在が外の人間の目にどれ程奇異に映るのか、それを知らないわけではありません。シーザーさんも私の存在に疑問を持ち、バーバスさん達に至ってはその“アルビナ”をさらう為にやって来たのです。あの森を越え、仲間を殺した憎しみを抑えてでも、生かしていかなければならない程の価値を、人間達は“アルビナ”に見い出しているのでしょう。

 ―――――『奇跡の少女』『迷いの森の魔女』『女神の生まれ変わり』『白い巫女』

 その名前のいずれも、私には大袈裟過ぎました。

「……巫女というのは、本当ですけど」

「十分じゃねぇか」

 言いつつも、彼が私を見る目には、怒りに満ちていました。それは今でこそ静かな火のようでしたが、しかし確かに彼自身の理性を蝕む危険をはらんでいるように思えました。

「お前が本当に奇跡を起こせるかなんて関係ねぇんだ。軍の連中がルフェの白い巫女を欲しがってて、それに金をかけてる。人間の勘違いだろうとそういう約束だ」

「―――そういうことじゃないです。あなたのお友達は……」

「リッジは、」

 彼はその怒りをゆっくりと吐き出すような低い声で、私の言おうとした台詞を遮りました。

「この森で死んだ。ヘマしたんだ。それは奴のせいだ。……殺したのがルフェかお前かなんて俺には分からねぇし、例え知ったところでどうもできねぇが、……俺は、お前だと思ってる。そう思う事にする」

 その言葉には、露骨な程の悪意が見て取れました。

 殺さない。でも、決して私の命を尊んだのではなく、ただ殺せないだけ。この森を抜けるため。そして失ったものを少しでも埋められる金を手にするために、私を殺せない。だから、暴力の代わりにこの悪意をぶつけることで苦しめようという、そんな想いがありました。

「迷いの森に手ぇ出したから死んだんだって、街の奴らみんながそう思う。ここはな、そういう悪魔の森だ」

「アーネアス様はルフェを守ろうとしているのです。あんな酷いことする筈がありません」

「馬鹿馬鹿しい。俺はお前の敵だぞ」

 彼は、やや呆れた声でそう言い捨てました。

「事実、その神が俺達の生活を滅茶苦茶にしたんだ」

「……え?」

「おいおい……まさか巫女だって名乗っておきながら、お前がそれを知らないだなんて言うんじゃないんだろうな」

 人間の思いこみか、それとも私が無知なだけなのか。覚えていないだけなのか。私は、考えたこともなかった返答に、言葉を無くしました。そんな私に、彼は憎しみの籠もった目つきを向け……何を言っても無駄だと諦めるように首を振りました。

「常々疑問だった。ルフェみたいな哀れな生き物に、そんな事ができるのかってな。そもそも、黒いから“ルフェ”って呼ばれてるんだ。白いルフェっていうのがまずあり得ない。そう思っていたら次に出てきたのが森の守護神の噂。そして例の白いルフェがその力を使って竜巻や地震を起こしてるって言う。話だけ聞いてるならこれほど馬鹿らしい事もないが、今はそれが目の前にいる」

「私は……」

「お前は本当にルフェか?」

 人間の、その言葉が私を凍り付かせました。

「ルフェが妖精の血を強く残してるとかで人間よりも少し年の取り方がゆっくりだってのは知ってる。寿命が長いっていうのもな。だが噂だとその中でもお前だけは、寿命が長いどころの話じゃなくて、そもそも年を取らない。それどころか殺したって生き返るって話だ。本当か?」

 その話が、最初理解できませんでした。

 ただの噂。信じるに値しない話。けど、バーバスさんはそれを半分以上信じているとでもいうように、私に問いかけました。

「何を言っているのですか」

「ここに来る前、お前については随分調べたさ。ここと取引してるって商人にも随分金を握らせた。会った事があるって奴も居た。そしてどの話でも、お前の噂だけは異様だ。そのナリで、お前は俺とそれほど年は変わらねぇって言うんだからな。人間だったら、結婚して生まれた子供が成人するくらいの年だぞ」

 ……人間なら。だったらルフェなら? 私はそこで、リュシケの顔が浮かび上がりました。まだ小さな子供が居て、今二人目が生まれたばかり。ルフェならきっとそのくらい。けど……


 ―――――お前は本っ当に変わんねぇな。


 変わらない。


 ―――――覚えてるか? 昔はお前の方が背、大きかったんだぞ。


 目覚めて八年経っても、私の背は伸びないまま。いつの間にか、ナッツは私の背を追い越し、リュシケには子供が生まれ……

 話を聞く内、自分という意識が少しずつ浸食されているような気がしました。それはまるで、足元も周りも見えないような暗闇で眠りに落ちるように恐ろしくて、しかし私がいくら抗っても打ち払う事などできません。

「心当たりがあるような顔してるじゃねぇか」

「違います……! 私は……」

「俺も信じちゃいなかった。だがここに来てリッジが死んだ。それだけじゃねぇ。十二年前の大竜巻。十年前の洪水。その翌年の地震。人間の街じゃあな、その全てがこの森に住む白い魔女の仕業だって言われてるんだ。怒れる邪神と魔女が狂って起こしたんだってな。……俺の親もその災害で死んだんだ。季節外れの、しかも今までに無かった規模の竜巻が、俺の家ごと吹き飛ばしたんだ」

「知りません。そんなの……十年前、私はまだ目を醒ましてもいなかったのですから」

「………」

「本当です。今だって、八年以上前の記憶がありません。私にはこの八年間しか想い出が無いのです」

 私は無我夢中で、彼にそう訴えました。それは罪の許しを請うものではありません。冤罪を晴らす為の訴えでした。

 しかし、バーバスさんがそれを信じるはずもなく、彼が抱えていた怒りは、また少しずつ大きくなっていきました。

 何を言っても、信じてくれそうにありませんでした。

「お前の事なんかどうだっていい。直ぐに金に換えてしまうんだからな。だが、アルビナ。この名前を俺は忘れねぇ」

 違う。違います……それは私ではありません。私はそんな酷いことはしません。

 アルビナ。あなたなのでしょう? あなたが、全ての災禍を私のせいにしようとしているのでしょう? ナッツの心を独り占めにして、その上さらにこんな酷いこと……

 断じて私ではありません。私は、アルビナではあり得ない――――――


 ブヅン……


 その時、何か太い蔓の千切れるような鈍い音。同時、少しずつ、バーバスさんの怒りが静まっていきました。

「あ、れ……?」

 何が起きたのか、分かりません。目を開こうにも、恐ろしさに固まってしまった私の目は、ずっと闇に満ちていました。

 やがてバーバスさんの怒りが完全に消えてしまうと、それっきり、音すらも聞こえなくなりました。気が付くと、虫の音すら無い、闇と、静寂の中に私は放り出されていました。

「バーバス……さん……?」

 静かに、その名前を呼びますが、返事は返っては来ません。

 私は恐怖しました。ひょっとしたら、バーバスさんが私を怖がらせるためにわざとしたのかもしれないとも考えましたが、それはあり得ません。何故なら、さっきまで私を押し潰すほどに感じられた彼の怒りすらも、もうこの場には残っていなかったからです。

「何があったのですか? 何も見えません」

 何も。……落ち着いて、息を整えて、私はそれに気が付きました。

 極めて小さいながらも、誰かの気配……とでも言えるような存在を感じたからです。

 動揺と戸惑いに満ちた想いで、“彼”は、闇の中に立っていました。

「バーバスさん? いるのでしょう?」

「……アルビナ……」

 彼のものではない声が、聞こえました。それはとても馴染みのある声でした。

 不意に私の身体を、その誰かが抱き留めました。

「どうしたんだ? 目開いてるのに、俺が見えてないのか!?」

「ナッツ……?」

「そうだ。助けに来たんだ。もう人間は居ない」

 彼自身、不安に押し潰されそうな声で、言いました。

「バーバスさんは、どうしたんですか?」

「死んだよ」

 あっさりと、彼は一つの命の死を告げました。

「……そんな……」

「君を連れ去ろうとした奴だ。当然の報いだろ」

 助けに来た、というなら、つまりナッツがバーバスさんを殺したのでしょう。

 私は呆然としていました。彼は死ななければいけない程悪いことなんかしていない筈なのに。そう彼に言うのは無駄でしょうか。ナッツにしてみても、私とラティエを守ろうとしただけ。バーバスさんと同じように、それを責めることなんかできません。

「アイツに何かされたのか?」

「分かりません。でも……彼は何もしていません」

「………」

「本当です。信じてください。彼は、本当に何も悪くなかったんです」

「……分かった。落ち着け。しばらく、こうしていてやるから」

 ナッツは、私の言いたい事を理解した様子もなく、ただそう言いました。そして、今私に起きている異変に少しも驚きもせず、むしろその対処法を知っているかのように、ぎゅっと私の身体を抱き留めていました。

 確かに、今暗闇の中に居ても、こうして彼の熱を感じてさえいれば不安に心を蝕まれる事もなく、自分を維持する事ができました。

 しかし、そのままどれ程時間が経っても、私の目が光を受ける事はできませんでした。

「時間が無い。歩けるか?」

 しかし、何処かへ行かなければいけないようです……でも、その行く先がラティエではないのを、私は直ぐに分かりました。

 私の身体を抱き留める彼の意識は、とても強張っていました。まるで恐怖に急かされているようでした。

「みんなの所に帰らないのですか?」

「ラティエのみんなは、避難させた」

「え……?」

「……人間の軍隊が来てるんだ。それも、今までに無い規模で」

 彼は、淡々とその事を告げました。

「コイツが、位置を知らせる何かを使ったのかもしれない」

 それは、ありません。バーバスさんが上げようとした狼煙は、煙になる前に私が消してしまいましたから。

「あるいは、場所はもう知っていたが捨て石にするつもりだったか。……グランドールは、村の場所を確信してる。そうでなきゃ、こんな規模で動かす筈が無い。今度こそラティエは駄目かも知れない」

「そんな……」

「俺達も、急いで逃げなきゃいけない」

 そこまで言ってから、彼はフッと小さな笑い声を零しました。

「………いい機会じゃないか。いつかアルビナと森の外に出ようと思っていたんだ」

 しかし、それが不安を取り除くための強がりなのは、今の私にははっきりと分かってしまいました。彼の感じる恐怖は、はっきりと私に伝わってきています。どうしてなのか、目が見えなくなった代わりに、そういうものだけは余計に感じられるようでした。

「冷たい奴らばかりさ。正直、うんざりしていた。今回の事で、それもはっきりしたよ。やっぱり、俺達はあの村にいるべきじゃないのさ」

 私が居ない間、村のみんなと揉めたのかもしれません。私は悲しい気持ちになりました。

 やがて、互いの心も落ち着かせられないまま、彼は私を立ち上がらせ、何処かへ歩き始めました。

「手を、離さないで下さい」

「……目が見えないんだったな。分かった」

 少しだけ冷たい。その手だけが私と彼を結び、私は闇の中を何処かへと導かれていきました。

 彼が言う通りこの森を抜ければ、……彼の不安が完全に消え去れば、この闇は晴れてくれるでしょうか?

 問いかけながらも、もうそんな時など来ないような気がしていました。

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