第十二話 反省するミステリマニアの哲哉
ふたりのやり取りを見ていて、哲哉は自分のしたことが恥ずかしくなる。
ここまで騒ぎが大きくなったのも、ミステリファン魂が小説に影響されすぎた結果だ。
これでは、休校になるのを楽しみにしていた子供時代と変わらないではないか。
無意識のうちに、どこかでワクワクしていた自分が情けなくなる。
「あ、そう……」
肩をガックリ落とし、ワタルがためいきをつく。
そのときだ。
バシッと背後で音がした。弘樹が壁をたたいたようだ。
そしてあっというまに昇天したゴキブリを、箸でつまんでスーパーの袋に投げ込む。
「弘樹さんってね、本当にすごいのよ。殺虫剤で敵を弱らせて、すかさず新聞紙でとどめをさすの。百発百中なんだから。一匹も逃してないんだよ」
感動半分、尊敬半分で沙樹のほおは紅潮している。哲哉とワタルは一気に力がぬけて、その場に座り込んだ。
「さすがはドラマー。あれだけリズミカルにスティックを捌いているだけのことはあるのね」
「自分で言うのもなんだが、絶妙のタイミング……ってとこかな」
と言いながら、また弘樹は一匹しとめた。
そのようすを見ながら、哲哉とワタルは互いに情けない表情を浮かべて見つめあう。
「ワタルぅ、いったいおれたち……」
「何しに戻って来たんだ?」
「つまりだ、ワタルがベランダにおいてあった荷物に、ゴキブリが潜んでいたというわけなんだ」
ゴキブリ退治がおちついたところで、弘樹の説明がはじまった。
ぐったりとソファーに座り込んだ哲哉とワタルを目の前にして、弘樹が語る。
「部屋の中だけ害虫駆除しても、通気孔や下水をつたってあいつらは逃げていく。そしてベランダの荷物の中に隠れてた。
ところが『台風で荷物が飛ばされちゃたまらない』ってことで、何も知らないワタルが部屋の中に引き込んだ。追いだした害虫も一緒にな」
ひと通り説明が終わったところに、沙樹がアイスコーヒーを入れてきた。
「おつかれさま、弘樹さん。本当に助かりました。ありがとう」
空いた弘樹のとなりに座って、沙樹はぺこりと頭を下げた。
「あまり知られてない話だが、観葉植物などの鉢の下は、ゴキブリが潜むのに最適らしい。
だから冬場に殺虫剤をまめにかけると、かなりの高い確率で駆除できるって何かの本で読んだことがあるんだ」
と言って弘樹はタバコをとりだし、ジッポーで火をつけた。
「ふーん、弘樹さんって物知りなんだ」
沙樹は尊敬のまなざしで弘樹を見つめる。
哲哉は哲哉で『おばあちゃんの知恵袋』みたいな本を読んでいる弘樹を想像し、ドラマーとのイメージの落差を心の中で嘆く。
それにしてもゴキブリ退治ができるだけでここまで尊敬されるとは、だれが予想したことか。
(ゴキブリ・ハンター弘樹ってか? まさかドラマーの腕が意外なところで役立つとはな)
あまりの情けなさに、哲哉はますます力がぬけていった。
そして、
(こんな姿、ファンが見たら悲しむよな。それこそカミソリものだぜ。いやそれとも「ウチにも来て♪」という依頼が増えるかも……)
と、人質説を考えたときと同じように、いらぬ妄想を膨らませて頭を抱え込む。
「それより、沙樹。みんなをこんなに心配させて、少しは反省してるのか?」
あきれ顔のワタルが、腕組みをして沙樹を戒める。
「はい、充分反省してます……」
沙樹は肩をすぼめ、うつむいたまま、すまなそうに答えた。
「こんなことでいちいち騒いでいたら、本当に危険なとき、だれも来てくれなくなるぞ。狼少年の寓話を知ってるだろ」
「いいじゃないか、ワタル。西田さんも悪気があってのことじゃないんだし、もう責めんなよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます