第四話 ジャズの魅力

 TVの画面にはジャズの古いライブが映されている。モノクロ映像だから五十年代から六十年代にかけてのものだろう。


 沙樹には、アーティストの名前やスタンダードナンバー、名ライブといわれても何が何だかよくわからない。

 局のジャズ専門番組を担当しているディレクターにアルバムを紹介してもらい、いろいろ聴きはじめたところだ。

 今放送中のライブも、


「いつか専門番組を作りたいなら、ぜひみておけよ」


 と彼に勧められたものだ。


 知識はなくとも、ジャズの名曲が心に染み込んでくる魅力を持っていることはわかる。


 胸を焦がすようなメロディ。魂を揺さぶる演奏。

 激しいドラムがあるかと思えば、ピアノのタッチはささやきかけるように優しい。

 サックスの奏でるメロディに心が踊り、ベースに身体を揺さぶられる。

 甘く切ない女性ボーカルに、優しく語りかける男性ボーカル。


 はやりに流されることのない音楽は、時代を越えて人々に愛され続けてきた。


 そんな良質の音楽を、より多くの人たちに伝えたい。

 それはディレクター志望の沙樹の目標だ。


 今はまだアシスタントで雑用がメインだが、いつかは自分で番組を作りたい。

 そのためにも今は、いろいろなジャンルの音楽をたくさん聴いて、自分がどこに行けばいいのか、特にどんな曲たちに魅力を感じるのかを模索しているところだ。


 そういう気持ちがあったためか、料理を食べることも半分忘れ、画面を食い入るように観る。

 ライブが終わったときは、気づかないうちに、観客と共に拍手と声援を送っていた。


「ああ、よかった。ジャズって、お洒落でとっつきにくいイメージがあったのよね。でもそんなことないんだ」


 ジャズとワインは奥が深すぎて、沙樹のような素人には手を出しにくいように思っていた。

 だが今日のライブで、それが勝手な思い込みだとわかった。


 少なくとも一部の愛好家だけのものにしてはいけない。ジャンルを先細りさせないためにも、新しいファンを獲得する必要がある。

 それはラジオ局という職場でこそできる、手段のひとつに違いない。


 沙樹の目に、テーブルにおかれたワインのボトルが映る。勉強不足でラベルの意味するものはさっぱりわからなかった。


(ま、いいか。ワインの方はあいかわらずわからなくても、FMラジオの仕事には影響ないもんね)


 ジャズにもっと触れたいと考え始めた沙樹は、ワタルの仕事部屋の一角にあるライブラリの中から、今見たばかりのアーティストのアルバムを捜すことにした。

「でもワタルさん、最近はジャズを聴いていないって言ってたからなあ。実家に持って帰ってると嫌だな。どうか手元においてありますように」


 沙樹はめったに入ることのない仕事部屋の扉を開け、壁のスイッチで明りをつけた。

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