第22話 古の英雄は癒しを求める

港都ヴィルジン。

マーマイン伯爵領で海に面し、他国との貿易の要所である。

他国の領事館も存在し、他国の移民も多く活気に溢れている。

その分諍いも多いが、他国との合同自警団が遺憾なく活躍している。


「本日の訓練はここまで。」


終了ののろしを空高く掲げ、演習を終える。

マーマイン伯爵からの要請である、先日の海洋生物を撃退するための制圧訓練。

リゼンダ皇国、オーロライン国、リーゼン海皇国、マルタ国。

現在参加している各国の精鋭たちである。


「有難う御座いました、ガルム伯。我がマルタ国でも、今日の演習内容を取り入れささせてもらっても宜しいでしょうか?」


「無論。吾らの主、皇太后陛下の願いでもある。航海の危険度を如何に減らすことを重点に置いている。それを他の国でも発揮してもらえるのであれば、これに越したことは無い。明日にでも、書類を送付いたしましょう。」


「重ねて感謝いたします。船艇の改修でここまで安全度が増すとは…ガルム伯の慧眼は見事と言う他ありませんな。」


「吾ではない。全ては各国の研究の賜物でありましょう。その中にはマルタ国も含まれております。どうか、貴国の誇りと捉えてください。」


「はは、嬉しい限りです。わが国王陛下も喜ばれましょう。それに、研究に携わる者たちの活きも盛り返しましょう。帰って伝えねば。」


この後にもオーロライン国とリーゼン海皇国の領事館代表と少し言葉を交わし、帰路に着く。

馬車の窓から見える風景は昼を過ぎ更に活発になる。

諍いは有れども、治安は良い方だ。

言葉の壁が無くなれば、諍いなど無くなるだろう。

各国の領事館代表は他言語を操れるため、それほど困らない。

かくいう吾らも、操れねば話にもならない。


全ては、皇太后…アマンダの実績だ。

アマンダがいなければ、ここまでの発展はなかったであろう。

言葉の壁を、文化の違いを、手を取り合うための礎を作り上げた。

今なお…アマンダは努力を惜しまない。

魔王を、合同でも、それぞれの国でも、退治出来る様に…。

吾の様な存在がいなくても、生きていける様に…。


「戻りましたか。我も見学へ行きたかったですが…首尾はどうでしたか?」


「良好だ。皆の練度も申し分ない。行く行くは、今までより警備船を減らすことも可能だろう。それに伴って、貿易自体の回数も増える。」


「感謝いたします、ガルム伯。無理を承知だったのですが…この資料を拝読し、目から鱗が落ちる思いでした。このコストで使用できる魔法の数を多く増やす事も出来ます。更には雷撃の魔法が有効など…生態調査はリーゼン海皇国でしたな。マルタ国の施工技術も素晴らしい。いやはや、我がマーマイン領にも…」


「マーマイン伯。そなたは少し落ち着け。こちらまで手が回らんかったのは我の責だ。今までよく耐えていた。」


「滅相も御座いません、皇太后陛下。私どもの不手際に御座います。これからもより一層の忠を誓います。必ずやリゼンダ皇国、惹いては各国と共に繁栄の歴史を紡いでいくことをお許しください。」


「そなたにしか任せられん。以後、そなたの手腕を期待する。そういえば、そなたの後継は何処へ?」


「は。息子たちには各国の領事館を任せております。聞く限りは良くしていると耳にします。私の後継は長男に任せる予定ですので、いつかお目通り願いたく存じ上げます。」


「分かった。会えることを楽しみにしよう。」


若干興奮気味であったマーマイン伯も落ち着きを取り戻したようだ。

リジーに入れてもらった紅茶を飲みながら、少し休息する。


「皇太后陛下、レイン様がお見えになっております。」


今は、やっと掴んだ穏やかな時間だった。

契約や承認、貿易の見直し、関税の見直し、移民受付け交渉。

他にも…いや、もう良い。

折角一段落着いたというのに…まだ何かあるのか。

見ろ、アマンダの表情がまた無くなったぞ…。


「…入らせなさい。」


「…畏まりました。」


「わ、私はこれにて。これから、オーロライン国との取引があります故。」


マーマイン伯…ここ最近、逃げるのが上手くなったな。

あと、オーロライン国との取引は延期になっているぞ?


「ひぃ!」


レインもレインで…こいつに礼儀というものは存在するのか?

アマンダの表情を見た瞬間に悲鳴をあげるなどと…阿呆か?

戻ったら、宰相に相談するか。

いくら後進育成とは言え…選べ、と。


「まあ、折角なのです。レイン、そなたも休息なさい。リジー。」


「ご用意いたします。レイン様、どうぞお掛けになってお待ちください。」


「アイリーン。リジーが戻り次第、お願いしますね。」


「分かった。」


レインの前で取り繕う事すらしなくなったアマンダ。

どこか呼吸が深くなっている。

怒鳴り散らす準備でもしているかのように。


「失礼いたします。」


「入りなさい。アイリーン。」


「構わんぞ。」


「これ以上、何があるというのです?」


「さあな。今以上に重くするならば、これは国王が無能という証明になる。」


「そうね。既に各国の首脳からは、哀れられている。昨日のバルリア王国からの土産に忍びで手紙が入っていました。わが領地で休息してはどうか、とな。他国に見られていると、理解できていないようですね。」


「ほう。良い引退先を見つけたではないか。」


「馬鹿者。我はもう決めているのです。はぁ、後継は誰にしようか…。」


「皇太后陛下…い、隠居なさるんですか?」


「当たり前です。私も良い歳ですから。…レイン、そなた継いでみる気は無いか?」


「も、申し訳ありません!私には無理です!死んでしまいます!」


「ほう。そなた、我の意向に逆らうのか?」


「め、滅相もありません!私には荷が重い…いえ、耐えられません。及びもしません!何卒、お許しを!」


「なに、何事も経験と度量です。知識は我らが補えれる。深い心を持ち、臣民を幸福へ導けるように他国と会話をするだけです。無論、他国の意見も取り入れて、ね。そなたでも出来ましょう。」


「何卒、お考え直しを!!」


地面に突っ伏して許しを請う姿は、何とも言えんな。


「アマンダ。」


「少しくらい良いではありませんか。鬱屈した心では、聞くに堪えません。」


「どうぞ。レイン様、本日はバルリア王国から頂いたものです。心落ち着ける風味ですので、お気に召すかと存じます。」


「あ、ありがとうございます。レジーナさん。」


「リジーで構いませんよ。ささ、お立ち下され。」


「ううっ。もう…暗部嫌ぁ。」


「そう仰らずに。ささ、冷めてしまいますよ。」


最近、レインはリジーに甘えるようになった。

何でも、婆様を思い出すそうだ。


「何と考える?」


「さあな。もうこれ以上何をしたとて、吾に思うことは無い。」


「ほう。我はもう、処刑の方法しか頭に浮かばん。古くに残る断頭の刑か…民衆に贖わせる石打ちに処すか…。だが、あっさりとはいかんな。じっくりと…民衆にも、貴族にも、広く伝わるようにせんとな…。」


「おい。」


「くく、くくくっ。あぁ、楽しみじゃ。」


元凶を許さないのは、最早確定済みな為、アマリアは黒い笑みしか浮かべん。

吾やリジーは慣れたが、レインには受け付けられんようだ。


「レイン、見せろ。」


「…。」


口を閉口させ喋る事すらしない。

震えられた手で紙を受け取る。

さて。


一、第一王子殿下と第二王子殿下の皇太子継承争い激化。

一、第一王子殿下にはクリントン公爵を大頭とした教会派閥が濃厚。

一、第二王子殿下には教会そのものの可能性が濃厚。

一、第一王子殿下の勇者タイチ様が発明した武器が完成。危険度:大

一、第二王子殿下の勇者マヒロ様が国庫の負担を増加。

一、王妃陛下及び宰相より皇太后陛下へ帰還要請。至急。

王都主催の懇親会日時~


小さい紙によくもまあ…。


「アイリーン、そなたの顔は何を考えておるか読めん。申せ。」


「そうだな。教会派閥…教会側で何かを図っているのであろう。それと、勇者の発明品が完成したそうだ。後、王妃と宰相が帰ってこいとな。」


「小型の杖の武器であったか?使えるのであるならば、軍部で採用はするがな。」


「いや、そうもいかん。早々に破棄すべきであろう。」


「何故?」


「もし、縮小出来るのであるならば、少量の魔力で簡単に人を殺せるのだ。誰とは言わんがな。」


「…。」


「思い当たるであろう?アマンダ。」


「流れてしまえば無用な争いになろう。そうであるな、早々に破棄せよ。書状を書く故、宰相に使いを出せ。」


「いや、使い入らん。良い…日取りである。」


「何がじゃ?」


そうだな。

吾でも疲れはある。

少しくらいは、アマンダを振り回しても良いであろう。

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