第19話 一方、あの人たちは?

<アイリーン>


「戯け共がぁ!!何たる愚かしい馬鹿者共なのだ!!」


「落ち着け、アマリア。」


「落ち着いてなどいられるものかぁ!!よりにもよって、異界より呼び寄せた者を勇者だと!?何が勇者ぞ!!民に要らぬ混乱を!!貴族に要らぬ諍いを!!更なる不和を!!呼び起こしよってからに!!何たる愚者!!何たる愚物!!即刻首を落とす!!あ奴らなぞ王族でも何でもない!!ただの道化じゃ!!殺せ!!即刻殺せい!!」


アマリアの怒りが止まらん…。

ここまでとは…思いもよらなんだ。

どれほど内に秘めていたのだ…こ奴は。


「皇太后陛下、今しばらく今しばらく、落ち着き召されい。貴女様まで怒りに任せれば何もかもが終わりに御座いまする。何卒、落ち着き召されい。」


普段のリジーはここにはいない。

吾と共に必死に宥めている。

今までの駄々とは毛ほども違う。

比べ物にならん。


「落ち着け!?落ち着いてなどいられるかぁ!!馬鹿者共がぁ!!即刻帰るぞ!!我自ら首を落としてやる!!」


「馬鹿者は汝ぞ。怒りに身を任せおって!貴様は吾が唯一認める王族ぞ!それ相応の装いをせよ!戯け!」


「皇太后陛下。どうかお考え直しを。それはただの暴君に御座いまする。まだ、まだ人的被害は有りませぬ。貴人の、民衆の心をお考え下され。」


「ならぬ!!決して!!許さぬ!!被害者を作り、それを勇者などと、崇めさせてなんになる!!王族に有ってはならぬ痴態ぞ!!独りよがりの児戯では無いのだ!!如何にして民衆を纏めようとも!!決して!!中立を貫く貴族は許さぬ!!何のためにリシャーン王国の慰霊碑を!!我らも建てたのだ!!忘れぬ為であろうがぁ!!」


ええい。


「ジン!!束縛せよ!!」


「ぐぅ!!」


魔力を譲渡して力と成す。

それは風の護法。

それは旋風のうねり。

例え壊さぬ様、例え壊れぬ様、弱く弱く…縛り上げる。


「くそぉ!!離せぇ!!アイリーン!!止めるなぁ!!そなたの手を汚させてなるものかぁ!!我が手で裁く!!処断する!!糞餓鬼どもがぁ!!」


「馬鹿者、頭を冷やせ!ディーネ!!水を出せ!!」


室内にて生まれる水滴。

何もない空間から、集まっていく。

下たる水滴は細く長く。

それは徐々に増えていき、やがて一つの水線となる。


「がぼっ!?」


「全く、戯けが。リジー、湯浴みの用意をせよ。吾が連れて行く。」


「出来れば、一瞬での移動を願いまする。この御姿をお見せするのは…。」


「がぼぼぁ!!」


「理解しておる。」


「感謝いたします。ガルム伯。」


永く仕えているリジーですら慌てるように部屋を出ていく。

吾だって慌てた…。

何故、吾が力をアマリア相手に使わねばならんのだ…。

水を消し去り、アマンダに息を吸わせる。


「ごほっ、おほっ。」


「少しは冷やせたか?」


「馬鹿者!死ぬかと思うたわ!ごほっ。」


「そうか、それほど元気ならまだ大丈夫だ。吾も同じだからな。保障しよう。」


「要らぬ保障じゃ!戯け!ごほっ。」


大きな声を出しては咳込む。

あれほど騒いで元気なものだな。

歳を考えよ。


「とにかく、風呂に入れ。もう寝ろ。吾が許さん。」


「寝ん!風呂に入れば戻ってくる!」


「頑固な!言っておくが、休ませたものは全員寝かしつけた。」


「何じゃと!?」


「言ったであろう?吾もどんな手段を持っているか分からぬ、と。」


「ま、まさか…。貴様。」


「そう、可能なのだ。」


「ま、待て。話し合おう。我はまだ…」


「もう遅い。眠れ。」


始めからこうすればよかった。

あまり使いたくない手だが、やむ無しもある。


「申し訳ありません。準備が整いました…?」


「ああ。すまんが眠らせた。吾が風呂に浸ける故、洗ってやってくれ。」


「…ふふ、畏まりました。では、お願いいたします。」


「ああ。アマリアを終えたら汝も休め。」


「畏まりました。ガルム伯、貴女には感謝いたします。」


「構わん。それよりも、どこだ?」


「北へ40、東へ80の所です。」


「分かった。汝も通れ。」


「ありがとうございます。」


前方の空間に亀裂を作り、アマリアを横抱き、中へと入っていく。

いつになったら…帰れるのだろうか…。

いや、アマリアを帰すのはマズくないか?

…一体、どうすればよいのやら。



<ローランド・バルーク伯>


「全く。」


ヴェルヴェーチカ。

貴様はどこまで私の内を見透かすのか…。


「…マリアンヌは泳がされておる。理由もな。」


久しく飲むワインに舌鼓を打ちつつ、思想に耽る。


「失礼いたします。父上。」


「なんだ?言い訳なら聞かんぞ?」


「お見通しでしたか…。ですが、謝罪と訂正を。」


「聞くだけ聞いてやるが、マリアンヌを泳がせた件は許さん。あの孫がいかに頭が緩かろうと、貴様は最低限の教養を踏まえた上で、協力させればよかったのだ。放置などと…。貴様は孫を捨てる気でいたのか?」


「いいえ、違います。マリアンヌを餌に獲物を探しておりました。ですが、あまり成果も無く…。申し訳ございません。全ての責は私にあります。どうか、マリアンヌをお許しください。私が全て悪いのです。」


「ならん。マリアンヌの責は貴様の責。惹いては私の責にもなるのだ。貴様だけが背負うなど、断じて許さん。責の全ては私にある。」


「!いいえ、父上。違います。私です。父上の仰る通り、マリアンヌに協力を得て、今回の件に臨むべきでした。私の過ちです。お考え直し下さい。」


「言っておくが、私とてすべてを見ておらなんだ。助言あっての事だ。全てを気付けん以上、私が悪い。」


「いいえ。私とて、マリアンヌを見誤っておりました。もう少し、上手に動いてくれると…。ですが簡単に呑まれてしまい…深部まで探れず…どうしようかと手をこまねいておりました。此度の父上の教育は、良い機会であったと、あの子の成長になると思っております。私が不甲斐ないばかりに…。申し訳ありません。」


「止めじゃ。」


「…は?」


「どちらも譲らず、どちらも詫びておる。平行線で話すことなど、時間の無駄でしかない…。」


「…同意いたします。」


「なればこそ、歩み寄ろう。私は、マリアンヌの教育に一肌脱ごうと思う。勿論、怒鳴る事はせんよ。」


「…私は、今調査している内容全てを話し、マリアンヌへ協力を願います。どうしても、私の手だけでは…足りないのです。」


「なれば、そうしよう。」


「…ええ。そう、致しましょう。」


「分かった。お前も飲んでいくか?10年物だ。」


「…変わりましたね。随分と…。」


「なにがだ?」


「いえ、全てではありませんが…雰囲気と申しますか…。」


「変わらんよ。私は、何もな。ただ…」


「ただ?」


「過ちを認め、鑑みる事は…変わったかもしれんな。」


「何が…父上をそうさせたのですか?」


「分からん。分からんが…悪いものではない。」


自分でも、自然に笑みを作れるのだと…気付いた。

変わったのかもしれん。

少し、良い方向へ。


「ほれ、お前も飲みたいだろう?」


「頂きます。」


息子と、こうして飲むのは久しいかもしれん。

昔、こいつが成人した時以来か…。

年を取ったものだ…。


「し、しつれい、します。」


ノックも無しに入ってくるなど…。

教育のし直しだ。


「なんだ、マリアンヌ?」


「お、おじぃ、さま。ごめんなさい。ごめんなさい。」


「違うんだ、マリアンヌ。わたしが…。」


「ボンド、少し黙れ。成長を阻害する気か。」


「え?」


未だに泣きじゃくるようではいかんな。

あ奴らも同い年だというのに…。


「さて、マリアンヌ。何に対して謝っているのかね?」


「わた、私が愚かにも…茶会っでの話を…鵜呑みにして…かる、軽はずみに、違えたのから…。」


「何を違えたのかね?」


「貴族の…ほこりを…。」


「貴族の誇りとは如何に?」


「じぶ、自分を、違えぬ事。つねに…公正で…ある事を誤りました。」


「それはもう、人ではない。誤らぬ人間なと居ない。」


「で、ですが…信じてしまった。他者の思いを…。わたしの、思いでは、無いのに…。」


「ほう。自分の思いはあるのだな。ならば何故信じてしまった。」


「み、皆が、同じ事を言って、賛同したので…ながさ、れました。」


「流された…か。それが分かれば良い。一つ、勉強になったな。」


「…はぃ。」


「マリアンヌよ。お前はまだ子供だ。だが、只の子供ではない事を常に頭に入れよ。我らはバルーク。それを忘れるな。」


「はい。しかと、心に、刻みます。」


「よろしい。さ、こっちに来なさい。」


「うわぁぁぁ。」


「よしよし。私も怒り過ぎた。許して遅れ。」


「わた、じがぁ。」


「やれやれ、まだまだ子供だな。リズベルタといい勝負ができる。」


「あの…父上。私も…。」


「私の後だ。」


項垂れる息子を見るのは気分が良い。

孫はまだ、私を好いてくれているようだ。

感謝せんとな。

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