第18話 太古の魔王は気が滅入る
「さて、状況を説明してもらおうか?」
腕を組み椅子に座る姿はまるで彫像のように巌。
元凶たる御令嬢を見るその瞳は、厳粛さが滲み出ている。
けれどもどこか…それとは別の感情が見て取れる。
「その前に、ローランド様。何がありましたか?」
「…ふぅ。済まぬ。私が悪かった。」
「へ?」
「構いません。それで?重大な何かでしょうか?」
「ああ…。マリアンヌ、部屋へ戻りなさい。」
「え、あの…。」
「構いませんわ。大方、第一王子殿下の件でしょう?それは、バルーク公爵令嬢も無関係とは言えぬでしょう?」
「…どういう事?」
「…確かに、含まれる。だが、これとはまた、別件でもある。」
「…嫌な予感しか致しません。続きを。」
「お、お待ちください。御爺様、一体何のお話ですの?」
「マリアンヌ。王都に居ながら…世情に疎いのか?候補者だというのに…。」
「第一王子殿下は…その…。現状の事は、お父様から伝え聞いております。」
「ならば良し。此度は、第二王子殿下の件である。」
「…冗談ですわよね?」
「私は冗談は好きだ。とてもユーモアに溢れていればね。」
大きく息を吸って、気持ちを落ち着かせる。
嫌よ…。
アーリィ…。
「ヴェル姉さん、まさかとは思いますが…。」
「想像通りよ。」
「え、召喚しちゃったんですか?」
「左様。」
「「「…。」」」
言葉を失うとは…まさにこの事。
そして、第二王子は召喚に成功しているという事。
つまりは、立て続けに禁忌を二度、王家が犯してしまった。
きっと、皇太后陛下は荒れているでしょうね…。
「アーリィ…姉さまは?」
「まだ連絡は取れていない。」
「怒っている…かな?」
「いいえ、怒りはしないでしょう。ただ、余計なものが一つ増えただけ。」
「ヴェルヴェーチカ。」
「ええ、分かっております。」
きっと煩わしいと感じるだけだろう。
けれど、会って…話をしたい。
「それ、で…その。影響の程は?」
「計り知れん。他国に付け入われる大きな話題だ。例え皇太后陛下であろうと…いや、皇太后陛下だからこそ幾分かは…と言ったところであろう。」
言葉を続けることが出来ず…沈黙が流れる。
今の、私にできる事は少ない。
アーリィを手助けすることを…私は何もできない。
ただ…帰ってきてくれたら、皆で出迎えてあげる事だけで…歯痒く感じる。
「それほどまでに悪影響を及ぼすのでしょうか?いくら何でも…考え過ぎでは?」
バルーク公爵令嬢の考えはこうだ。
もし、仮に王都に住まう貴族が皆こうであるならば…。
「聞こう。マリアンヌ、続けなさい。」
「え…はい。確かに…過去、国を崩壊させかけたと、御爺様からお聞きしました。ですが、いくら何でも、人一人がそのような事は出来ませぬ。それに、召喚された異世界の人間であろうと、言葉が通じるならば使役することは可能と思われます。」
「他には?」
「他に…ですか?」
「ああ。たった一人の異世界から召喚された者が、会話をし、使役できたとしよう。それでどうする?」
「どうする…とは?」
「召喚の儀により、異世界から現れた。それはつまり、無理矢理こちらへ呼び寄せた。」
「そう、なります。」
「目的は何か?」
「魔王の征伐に御座います。」
「我が皇国の騎士総出でも、魔王を征伐できんのだぞ?」
「それは…したことが無いからでは?」
「ある話をしよう。ある国同士の境に魔王が襲来した。移り行く人間を餌と認識してな。両国は協力して、魔王の征伐に当たり、合計で500人を超える騎士が集まった。」
500人の騎士…。
確か、この皇国では王家で抱える半数に当たる騎士の数。
けれども、過去の騎士は今より多くなど無い筈。
「連携の緻密さ。一人一人の練度は十二分にあった。だが、結果は、全滅だ。死傷者は数えしれず、負傷者は重篤者ばかり。」
過去であるならば、現在の魔王は我々魔族に使役される程度の力しか持たない。
かつての英雄には、一撫でで何百と屠られたがな。
「そうして、魔王は腹を満たし、帰っていった。」
「…御伽噺では?」
「そう、御伽噺だ。これはね、私たちバルーク家の、先祖から代々語り継がれたものなのだ。教訓なのだ、マリアンヌ。私はお前に直に全容を話したことがあったね。これが御伽噺であるなら、何を教訓とするのかね?」
「…。」
「数を増やせばあるいはと思う。だが、更なる何かを求めねば、無意味なのだ。そして、慈悲など無いのだ。我々人間は魔王にとって、只の餌だ。」
「でも…。」
「恐怖を埋め込まれ、どうしようもない。我々は無力なのだ。触るな、触れるな。近づくな、と。現れればどうしようもないのだと…。」
「だが、諦めぬ者もいた。他国との会話を初め、人員、技術の交換を行い。他国と連携、共同、協調し巨悪を皆で打ち滅ぼさんと。点と点を繋ぎあわせ線を作るように、長い年月の末、叶うかもしれぬ願いを求めて。その願いを叶えるのは私でなくても良い。だが、誰かの為になるようにと、心に秘め。そして、近く魔王が現れた。同じ場所に、餌を求めて。」
「何の…お話ですか?」
「さる高貴な方が、外交より戻られていた。馬車で、護衛を連れ。そしてそれは現れた。」
「お待ちください。」
「高貴なる女性は恐慌状態に陥った兵を一喝し、両国へ走らせた。自分の身がどうなろうとも、国への報告を優先した。」
「そのお話は…。」
「高貴なる女性に付き従った侍女は身を挺し、魔王へと挑み致死の怪我を負った。高貴なる女性は悔いながらも、運命を怨みながらも、残してしまう信念を誰かに託す思いと胸の内に秘め、死から免れぬ事を悟った。」
「…。」
「だが、窮地を他国の兵が駆けつけてくれた。自国からの距離は離れており、他国に報告に行った兵が援軍を引き連れて来てくれたのだ。高貴なる女性は安堵感を覚えた。助かったと…。死を覚悟していたにもかかわらず…安堵してしまったのだ。」
「それは…。」
「だが、魔王はこう思ったのだろう。離れてしまった餌がやってきた…とな。援軍に来た兵士から、一人一人と、味わうように食していった。もはや、高貴なる女性は何も考えることが出来ずに叫ぶことしかできなかった。助けて欲しいと。叶うはずのない願いだけを虚しく、空へ放つことしかできなかった。」
「お、御爺様?」
「だが、高貴なる女性の声に、答えが、叶うはずのない願いが、降り立ったのだ。黒を纏い、光り輝く紅玉の双眸を持つ戦士が。信じられぬ怪力と、未知なる魔法を掲げ、現れた。魔王の、丘をも越える巨躯は怪力を以って跳ね飛ばされ、死を待つばかりの兵士が、高貴なる女性を守った侍女の傷が、未知なる魔法で癒された。」
「お、御爺様!?」
「分かるか?分からぬであろう?そう、誰も分からぬ。御伽話のようなその光景に誰もが目を見開いた。誰もが恐ろしき巨躯と相応の恐ろしさを持つ蛮兵と想った、誰もが聖なる加護を得た美しき聖女だと想ったその戦士は、誰よりも幼かった。戦士だと?戦士などではない。只の幼子だ。」
「それって…。」
「その幼子は、只の一方的に、魔王を、魔王の巨躯を魔法により切り刻み、魔王の頭蓋を手にした槍斧で叩き潰したのだ。魔王はただ、蹂躙されたのだ、一人の幼子によって。高貴なる女性の悲痛なる叫びから、逃れられぬ絶望から、たった一つの願いを叶えに来たのだ。そうして、高貴なる女性の願いはかなった。」
「ガルム…伯。」
「幼子は言った。助けに来るのが遅れて済まぬと、他国の生き残った兵士は罵声を浴びせた。なぜもっと早く来なかったのだ。友が生きながらに食われ、死んだのだと。もし、貴様に魔王を殺すほどの、大怪我を癒すほどの、神の如き力があるなら、死んだ友を生き返らせてくれと。だが、幼子は言った。死んだ者は生き返れない。だが、生きた者は死んだ者を忘れられぬ。その悔しさ、無念は忘れられぬ。だが同時に、勇猛さ、勇敢に立ち向う姿も忘れられぬ。その大いなる心を、勇たる心を秘め、汝らの糧とし立ち上がって欲しい。語り継がれるその心こそ、願いを叶えるに足るのだ。だから汝らは勇である事を願う。いつか、汝らが吾と同じとなるように。弱きものの願う力となれ。この言葉は傷つき心折れた兵士の為であると同時に、高貴なる女性の信念と同義であった。高貴なる女性は涙を流し、自分の報われる思いを噛み締めた。」
「勇…心…。」
「新たなる御伽噺だよ。マリアンヌ。信じる者は救われるのだと。傷つき折れた心を叩き上げる者こそ、新たなる勇の心を持つ者となる。自身の後悔、勇敢に散った死者を忘れぬその勇ましき心を胸に秘め、立ち上がり受け継ぐのだ。弱きものを救うために。たった一つの助けを、願いを叶えるのだ。これも御伽噺なんだ、マリアンヌ。私は二つの御伽噺を知っている。お前は信じるや、否や?」
「…。」
「前者は知らぬを想えば死を見る、危うきには近寄るな。後者は死を忘れるな語り継ぐげ、それは次なる願いを叶える力となる。どちらも、ただの御伽噺だ。」
「…。」
「だがしかし、召喚されたる異界人のその心には何が移っている?見も出来ぬその心に、何も知らぬ者に押しつけるは何ぞ?我々はただ、異界より拉致したにすぎぬその被害者を如何にする?またや、その者が力を持とうとも、心までは持てぬ。そうして生まれたのだ。リシャーン王国の慰霊碑が。その世代に生きた人間がどれほどの苦痛を味わい、無念と嘆き、後悔したのか。そして、なぜ召喚の儀が禁忌と呼ばれたのか。全ては過去にあった教訓なのだ。貴様は責任が取れるのか?自身の領地を、領に住まう民を、何も知らぬお前が。民からの税でのうのうと暮らすお前が、えもしれぬ他人の意思で民を失う気持ちが分かるのか?我々貴族とは何だ!?言ってみろ、戯け物が!!」
バルーク伯…。
「良いか?拉致した者を、ただ悪戯に担ぎ上げるなど言語道断。魔王の征伐!?出来ぬからこそ必死に足掻いておる。皇太后陛下の尽力を、信念を虚仮にする気か!!出来ぬからこそ異世界人を召喚する?我らの過去を他者に委ねるのか!?何も知らぬ異世界から拉致した者に!押しつけるのか!?我ら貴族は、民を守る事こそが本望だ。民あっての我らだ。ボンドは理解しておるぞ!?だから当主を譲った。あ奴の働きを見ておらぬのか!?この屋敷にいる時間が少ない理由を知らぬか!?貴様は何を見て日々を過ごしておる。他の貴族に染まったか!!我らはバルーク。リンゼル皇国が建国より仕えし「調停」の名を与え賜うた貴族なるぞ。」
「もうやめよ、ローランド・バルーク伯。言い利かせるには、まだ幼い。そなたらの背を見せ続けよ。それこそが為となる。」
「…見苦しい姿を見せた。頭を冷やす。話しは後ほど、詳しく説明しよう。」
「あい、分かった。落ち着き召されよ。」
少々熱くなり過ぎたバルーク伯は退出していく。
残ったすすり泣く声をどうするか…。
私の責任でもあるのよね…。
どうしましょう…。
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