第17話 変貌した強者は見つける

「ひっ、ふぐっ…。」


泣いている御嬢様を部屋へ招き入れ、ヴェル姉さまとリズ姉さまがあやしている。

ちょっと羨ましい。


「おまじないを掛けたわ。どうかしら、痛みは引いたでしょう?」


「大事有りませんか?無理をなさらず、お休みになって下さい。」


リズ姉さまの膝枕は、天下一と言える。

私なんて直ぐに寝付いてしまう。

ヴェル姉さまの甘やかしも凄く寝れるけど…リズ姉さまが一枚上手だ。


「出血はもう止まりました。幸いにも骨に異常は見られません。」


「折れてても、私が治してあげるわ。勿論綺麗な形にで、ね。」


「うぐぅ…。」


何だか…ヴェル姉さまが脅しているように聞こえるのは、気のせいだろうか?


「メアリー、このハンカチを濡らして冷やして欲しいの。」


「お任せを、リズ姉さま。」


不肖このメアリー、魔法の扱いは自信があります。

王都への道中、ヴェル姉さまにいっぱい教えてもらい、お褒めの言葉もたくさん貰いました。

えへへへ。


「出来ました。凍らせぬ様に冷やしました。」


「丁度良い温度ね、ありがとう。メアリー、凄いわね。」


「えへへへ。」


撫でてもらっても良いのですよ?

膝枕などをいただければ完璧に御座います。


「呑み込みが早いわね。メアリー、また教えてあげるわ。」


「お願いします、ヴェル姉さま。」


やった。

今日は良い一日だ。

ヴェル姉さまの教え方は理論的で難しいけど、出来るようになると調整がものすごく簡単になる。

魔力の伝導効率が段違いなのだ。


「ところで、この御方はどなたなのでしょうか?」


「あら、気付いていなかったの?バルーク公爵令嬢よ。ねぇ?」


「ほぇ?」


「ふぎゅっ。」


「あっ。も、申し訳ありません。」


丁度寝ている令嬢が喋ろうとしたときに冷たいハンカチが当てられた。

冷たさで吃驚したのかな?

変な声出てた、笑えますね。


「ぷぷっ。」


寝そべっているのに視線だけでこっちを見ている。

この令嬢、中々器用ですね。


「メアリー、謝りなさいな。」


「え?何故です?」


「貴女も、同じ立場になったらどうする?」


「…申し訳ありませぬ、麗しき御令嬢。貴女の可愛いお声に、品の無い笑いをしてしまったことをここに謝罪いたします。」


「?????」


ちゃんと謝れた。

ふふん。

褒めて下さっても宜しいですよ?


「偉いわね。けれど、その言葉遣いには誤りが多いわね。」


「そう、ですね。メアリー、貴女は淑女教育を本当に受け直したの?」


「…うけ、なおし、ました。」


「じゃあ、その話し方は違うと…知っているわよね?」


「ぅあ、はい。」


リズ姉さまの指摘が鋭い。

ヴェル姉さまはもう少し優しいですよ…。


「なんなの?貴女たち?」


寝ている令嬢の表情がコロコロと変わっていく。

なんだか面白い御令嬢ですね。

ヴェル姉さまはいつもニコニコと、よく笑う。

リズ姉さまはおっとりで暗い顔をすることもあるけど、笑うと綺麗。

アーリィ姉さまはムスッとした表情が多いけど、笑うと釣られて笑ってしまう。

色んな表情をした人がいるんですね。


「これはこれは、お懐かしゅう御座います。ヴァンド辺境領の長子であり、子爵位を賜っております。ヴェルヴェーチカ・ヴァンドと申します。このような挨拶になる非礼をお許しください。いま、貴女様に膝をお貸ししているのが我が妹であり次女のリズベルタと申します。」


「お初お目にかかります。リズベルタ・ヴァンドと申します。このような形での挨拶をお許しください。」


「ひゃ…ひゃい。」


「そしてあちらが、私の養女に当たるメアリーと申します。」


「メアリー・ヴァンドと申します。お目に掛かる事光栄に存じます。また、先程の非礼を改めて、お詫び申し上げます。」


「え…えぇ。」


「また、今はここにはおりませんが三女アイリーンが居ります。こちらではガルム特爵と申せば、お知りの事と存じます。日を追って挨拶を致します故、ご容赦くださいませ。」


「が、ガルム…伯!?」


「はい。そのご様子だと、ご存じのようで何よりでございます。」


なるほど、アーリィ姉さまの名前を使うとは…。

勉強になります、ヴェル姉さま。

あと、そのニコニコの笑顔…ちょっとだけ、怖いです。


「さて、バールク公爵令嬢。貴女は何故、こちらにいらしたのでしょうか?家人も伴わずに、マナーも無く、令嬢らしからぬ開き方で。あまつさえ、我が使用人が怪我を負うかもしれませんでした。如何されたのでしょうか?」


「そ、それは…その。」


「はい、お答えくださいませ。あぁ、決して問い詰めているわけでは御座いません。本意を知りたいのです。私たちは下位の爵位。バルーク公爵家のように皇国へ長くお仕えしているわけでは御座いません。貴女様のように、最上位である公爵を賜る御令嬢なのですから、私どもは貴女の一挙手一投足、全てをお手本とさせていただきたいのです。このご教授願えるまたとない機会を、いつもお世話になっているバルーク伯に、そして、貴女様に深く感謝申し上げます。それで、貴女様は何故、此処へ、いらっしゃったのでしょうか?」


うわぁ。

ヴェル姉さま、怒ってるのですか?

リズ姉さまも知らんぷりしてますよ?

…本当にコロコロ変わりますね、泣きそうになってる。


「…。」


「言うは一時の悔い、言わぬは一生の悔いという言葉が御座います。貴女様が貴族たるならば、同じ貴族になんと答えますか?そして、貴女様の想わんとする貴族とは何たるかを、この若輩めにご教授願えませんか?」


「…。」


言葉を失ってますよ、ヴェル姉さま。

それ以上言い過ぎちゃうと…泣いちゃいますよ?


「それに、まだ挨拶もなされていませんわね?失礼。私のような下位の貴族が貴女様のような高位な御方に挨拶をするなんて礼儀知らずにもほどがありましたね。一度、バルーク伯のご紹介で挨拶をさせていただいたのですが…。ああ、忘れ去られてしまったのですね…。私はバルーク伯に謝罪せねばなりません。身分違いも甚だしくバルーク公爵令嬢に挨拶をし妹たちをも巻き込んでしまいました、と。」


「それ、まっ…。」


「ああ、申し訳ございませぬ。私は今よりバルーク伯にお会いし、謝罪してまいります。ああ、ニナ。バルーク伯へ先ぶれを。ご相談をしたく存じます故、お会いできませんか、と伝えて頂戴。」


「畏まりました。ヴァンド子爵様。我らが領主様。」


茶番過ぎますよ!

ニナが行っちゃいましたよ?

すっごい笑いながら出て行きましたよぉ!?

リズ姉さまだけ青い顔してるけど…みんな笑いを堪えるのに必死なんですよ?


「待って!待って!」


状況がこの御令嬢にとって悪すぎます。

バルーク伯と懇意にし、後見人に据えられている理由を理解していませんか?

たかが子爵家、では無いんですよ?

ヴァンド辺境領は特殊なんですよ?

皇太后陛下のお眼鏡にかなうほどに。


既に、リゼンタ皇国に希少な魔石を卸しているのは、ヴァンド辺境領なんですよ?

しかも5割。半分。

お金のなる木、みたいな場所ですよ?

バルーク伯だからこそ、リゼンタ皇国全体に供給出来ているんですよ?


そして、バルーク伯はヴァンド辺境領を知っている。

アーリィ姉さまを知っている。

それが意味する何かを理解できなければ…危ういですよ?

此処にいる我らは皆、理解しております。


「待ってってばぁ!!」


起き上がろうとするも、善意で止めに入るリズ姉さま。

ヴェル姉さまに至っては、それはもう…良い笑顔だ。

バルーク伯が少し可哀想…。


「待ってぇ!!お願いぃ!!」


最早、笑いを抑えるのも辛くなってきた…。

笑っちゃ駄目だ、笑っちゃ駄目だ。


「ねぇ!冗談でしょう!?ヴェル!?冗談よねぇ!?」


「…。」


どうやら、打ち解けている仲ではあるみたいでなによりです。

そっぽ向いてヴェル姉さまが笑いかけていらっしゃる。

リズ姉さまがおろおろとしてます。

可愛い。


「ねぇってばぁ!貴女からも言ってやって頂戴!質が悪すぎるわ!御爺様に怒られるのは嫌なのよぉ!何よぉ、友人に会いに来ただけなのにぃ!ちょっと驚かそうとしただけなのにぃ!ごめんなさい!!ちゃんと謝罪はするからぁ!!お願い、止めてぇ!!ヴェルぅ!!」


泣いちゃいました。

何だか…面白い人ですね!!

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