第15話 異世界の転生者は憐れむ

「何と表現すれば…。母の読む小説に出てくる、そう、詐欺師の配役によく似た言動の御方でしたね。」


「ウィンディ?それは…余計に分からないわ。」


バルーク公爵邸で湯をいただき、髪を梳かしてもらっている。

大きな湯舟でゆったりできたのだけど…。

外壁、内装すべてにお金を掛け過ぎていて、気が気でなかった…。


「この金ぴかの桶は何?」

「ゴージャス過ぎない、この椅子?」

「金箔が浮いてるの?はがれてるの?」

「薔薇風呂だぁ…。」


金箔がなかなか落ちなくて鬱陶しかったし…。

私の問いかけにウィンディは「そうですね。」しか返してくれないし…。

心なしかウィンディの目から光が消えてるし…。

ヴェル姉さんとメアリーと一緒に入ればよかった…。

断るんじゃなかった…。

この思い…どこにぶつければ…。


「お嬢様はお気を付けくださいね。バルーク公は一癖以上ありますから。」


「そうするね。ウィンディも近づかないようにしてね?」


「承知いたしました。少し纏めましょうか?」


「うん。軽くで良いから三つ編みで。」


「いつも通りではありませんか。」


「いつも通りで良いよ?髪型にそんなにこだわらなくても…。」


「何を仰いますか。身嗜みですよ?」


「えぇ…。じゃぁ…ウィンディに任せる。」


「喜んで。ではここでこうして。こう纏めましょう。」


「えぇ?手間かからない?」


「このくらいで手間などと…。お嬢様、もう少し女子力というものを備えましょう。私の様な大柄な女でもお嬢様より上になってしまいますよ?」


「いいよ。ウィンディは綺麗な女性なんだから?」


「…お嬢様が心配です。」


「え、いや。心配される程なの…?」


「あぁ、これはヴェルヴェーチカ様に報告せねば…。」


「え!?いやいや、そこまでじゃないでしょ?」


「動かないでくださいな。それに、そこまでとは仰いますが…ヴェルヴェーチカ様も随分前から嘆いてらっしゃいます。王都にいる今、良い機会です。道行く女性を見ていただければ、お嬢様にも関心が芽生えましょう。いえ…芽生えさせましょう。」


「…か、可愛かったよね~。その~、あの。ほら、綺麗なリボンで髪を結わえた女性が往来に…いたっけ?」


「…決定事項になりました。お覚悟を。」


いやいやいやいや。

だってさ、自分で髪を結わえても三つ編みくらいしか出来ないよ?

服だって一人じゃ着れないんだからさ。

そういえば、パンツもか…。

ウィンディに任せっきりだぁ…私。


「そうですね~。今日平服を見た限りだと…あまりごてごてした衣装は見かけませんでしたので、質素過ぎないくらいで良いでしょう。お嬢様の銀の御髪には何色でも映えますから選び甲斐がありますね。っと、お嬢様もこれくらいの興味をお持ち下さればいいのですよ。」


「く、黒?」


「お嬢様?」


「ご、ごめんなさい。」


「黒は喪のイメージが強すぎます。映えるでしょうが、時と場合をお考え下さい。」


「ごめんなさい。」


割と真剣に怒られた。

でもさ、前世じゃ黒のパーカーにジーパンが基本だったんだよぉ。

それ以外知らないよ。


「では、お嬢様こうしましょう。もし、ヴェルヴェーチカ様やアイリーン様、メアリー様には何が似合うでしょうか。」


「えぇ?そうね…。ヴェル姉さんは金色のゆるふわの髪質だから、正直そのままでも綺麗だけど…おさげが見て見たいわね。両サイドでくるくるって巻かれた感じ。アーリィ―の黒髪ロングは後ろで纏めているのをよく見るけど…ウェーブかけてみたいなぁ。メアリーは断然ポンデリング。後ろでくるくる纏めたい。」


「ふふ。では、何かプレゼントなさっては如何ですか?」


「ぷ、プレゼント!?私が、ヴェル姉さんたちに?お金無いよ?」


「いいえ、お嬢様にはお嬢様の資金が割り振られております。お忘れですか、労働の対価は必ずあるべきだと仰ったのは誰なのか?」


「…わたしです。」


「はい。ですので、お嬢様にも当然御座います。お嬢様はお手伝いなどと申されておりますが、書類整理だけでなく様々な事を手掛けております。それは立派なお仕事に御座います。」


一枚の羊皮紙を手渡され、記載された金額に唖然とする。

え?なにこれ?


「ここの使用人に王都の物価を聞きましたが、市井であれば一生遊んで暮らせます。」


「…一生は遊びたくは無いかな?」


「お嬢様らしい回答ですね。ですがそれだけの資金をお持ちです。無駄に使うのはお嫌いでしょう。ですが、ご家族の為にお使いいただくのは宜しいかと。先程のように髪を結わえるリボンでも良いのです。これを機に、お嬢様にも小粋な身なりに目覚めて下されば、私共は嬉しゅうございます。」


「…貯金。」


「何か?仰りましたか?」


「…。」


目を…ウィンディの顔を見られない…。

絶対笑顔で怒ってる。

羊皮紙で顔を隠しながらどうしようかと迷っている最中に、救いが来た。

ノックの音が響き、ウィンディが応対に向かう。

溜め息吐かれちゃった…。

私、情けない…。


「リズベルタ様。ヴェルヴェーチカ様とメアリー様がお越しになられました。」


「やった、入ってもらって。」


「やった?」


「…ごめんなさい。」


開かれたドアからヴェル姉さんとメアリーが入ってくる。

離れたここからでも良い匂いが伝わってくる。

一緒の石鹸使ったよね?

なんでこんなに良い匂いなの?」


「リズ、可愛い髪型ね。ウィンディにしてもらったの?」


「おぉ。リズ姉さま綺麗。」


「あ、ありがと。うん、ウィンディってすっごく頑張り屋さんだから、なんでも出来ちゃうの。凄いよね。」


ここはウィンディの良い所を褒めて褒めて有耶無耶作戦にしよう。うん。

私が座るベッドの右側にヴェル姉さん、左側にメアリーが座る。

ヴェル姉さんもそうだけど、メアリーも良い匂いだ。

…少し髪が渇いてないのかな。


「メアリー、乾かしが足りない?」


髪に触れてみると、少し湿っている。


「も、申し訳ありません。」


メアリーの専属になった侍女ニナさんが急に謝罪する。


「メアリー?良い子でいたのかしら?」


何かを察したヴェル姉さんが、ニナの謝罪を手で制しメアリーを問い詰める。

ニナはウィンディから新しいタオルを手渡されメアリーの傍へいそいそと近づく。

肝心のメアリーは…目が泳いでおります。

メアリーの嘘はすぐばれるから…。


「な、何も?良い子で、でしたよ?」


「ニナ、綺麗に拭いてあげて。メアリーはじっとしていなさい。堪え性の無い子は、後でお仕置きしちゃうわよ?」


「…。」


メアリーは完全に沈黙した。

ニナもやり易いのか、笑顔で拭いてくれている。


「さて、リズ。先程ね、夕食前にお茶をしませんかって、バルーク公爵令嬢からお誘いがあったの。貴女にも参加して欲しいそうよ。勿論、メアリーも。」


バルーク公爵令嬢。マリアンヌ・バルーク。

典型的な高飛車な性格で…意地悪が好きな悪役側の令嬢。

確か…第一王子のお嫁さん候補だったっけ?

学園で第一王子の婚約者を目指して対決するんだったかな…?

どうだったっけ?


「多分、釘でも差したいんじゃないかしら…。第一王子の婚約者候補ですもの。私達はお邪魔虫みたいな感じでしょうから。あの娘の行動にバルーク伯は一切関与していないから、断ることもできるわ。どうする?」


「ど、どうするって…。どういう事?」


「リズが嫌なら、私たちは参加しないって答えるわ。私はリズとメアリーが大事だから、余計な物には近づけさせる気は無いの。勿論、リズとメアリーの意思を最も尊重するわ。」


「私も。ヴェル姉さまもリズ姉さまも行かないなら行かない。だって、嫌だもん。」


「め、メアリーお嬢様。口調、口調。」


「あ、嫌ですもの。」


作られた口調と仕草で誤魔化そうとするメアリー、かわいい。

ちゃっかり乾かされた髪を結われている。ポンデリングだ。

ウィンディが小さく親指を立てている。私も応えます。


「何をしているの?」


ヴェル姉さんが良く分からないって顔で私を見る。

き、気にしないでくださいね。


「な、何でも無いです。ヴェル姉さん、一度だけ会う事は良いでしょうか?屋敷でお世話になるのですから…。」


「嫌なら、出ていくだけよ?」


さも当然と言わんばかりに「賃貸探すわよ。」と言い張るヴェル姉さん、強い。


「あ、いえ。流石に…バルーク伯の事もありますので…。」


「そう…貴女は本当に良い子ね。」


「ヴェル姉さま、私は?」


「あ、メアリーお嬢様。今動いたら崩れちゃいます。」


「あ、ごめんね。ニナ。」


「そうね~。可愛い可愛い妹よ。お転婆なのは減点かしら。」


「うぇ。き、気を付けます。」


「そうそう、良い子ね。」


メアリーさん。ゲームとの乖離が凄すぎて、キャラ崩壊しすぎですよ。

…アーリィがいれば、どうなんだろう。

正面に立って微笑んでるかな?

それとも、メアリーを膝にのっけてすりすりしてるかな?

帰ってこないかなぁ…。

皆でいる方が、良いなぁ。


急に、ノックの音が扉から響く。

ウィンディが対応しようと思って手を伸ばすと、急に勢いよく扉が開いた。


「わたくしがわざっ!?」


どうやらウィンディが反射的に扉を止めてしまったようで…。

入ろうとしてきた誰かが、止められた扉に顔をぶつけて蹲っている。

あれは、いたそう…。

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