第13話 異世界の転生者はうろたえる
王都の大きな城壁が目に映る。
都内に入る為には門に構えられる検問所を通らなければならない。
長い長い列が並んでいるのを横目に、私たちの馬車はその横を通り抜けている。
「あの…並ばないんですか?」
バルーク伯に問いかける。
いっぱい並んでるのに、割り込んでいる気分になるから…。
「並ぶぞ?ただ、我々が並ぶのは貴族用の門前だ。横に見えるのは一般の国民だ。」
「貴族用…ですか。」
「そうだ。これを機にリズも学びなさい。我々は貴族だという事をな。」
「貴族…。」
「そう、貴族だ。リゼンダ皇国内でも特権階級を持つのが貴族。そしてお前たちはヴァンド子爵家の貴族であると。」
「…難しいです。」
前世が一般国民。
それも、余り裕福でも無かったから…。
屋敷でも恐れ多いと…常々思っているのに…。
「やれやれ。まぁ、学園の入学までにはまだ時間はある。それまではわが公爵家の屋敷にて見直すとしよう。」
「あら、宜しいのですか?」
「当たり前だ。もしや…どこかに居を構える予定でもあったのか?」
「ええ、3年もあるのですから。ローランド様の伝手を借りて空き家の一つでも探そうかと思っておりました。」
「止めておけ。もとより、皇太后陛下からの命令だ。ヴェルヴェーチカを含め、成人するまで面倒を見るつもりだ。」
「成人と言っても、1年程ですよ?」
ヴェル姉さんが言うように、私たちは15歳。
この国では16歳で成人。
一人前の大人扱いになる。
「勘違いをしておるようだな。良いか。16になったとて、ただのガキだ。社交の世界を全く知らん…な。それだけに関していえば、お前たちは大きく不利だ。皇国の貴族というものを理解していない。」
「皇国の貴族…ね。」
正面に座るヴェル姉さんの表情が大きく変わる。
同じ笑みの筈なのに…恐ろしいと感じる。
「如何にも。あえて言うが、ヴェルヴェーチカ。お前は本当の貴族だ。領地の運営手腕、礼儀作法、知識教養、二度の社交を含め、実感している。」
「ヴェル姉さまは凄い。」
「嬉しいわぁ。もっと褒めて、メアリー。」
横に座るメアリーを「これでもかっ」、と言わんばかりに抱きしめている。
「その振る舞いは外に見せるなよ?さて、皇国内の貴族について軽く触れておこう。ま、単なる腹の探り合いをする強欲な狸や狐といったものだがな。」
「強欲…ですか?」
「そうだ。権力と富。いかに自分の権力を誇示するか、いかに旨い汁を吸うか。そればかりを考えてる。安易に近づく貴族は信用するな。」
「ふふ。私の可愛い可愛い妹たちには触れさせないわ。」
「はぁ…。挨拶で手を触れるものだ。触らせぬなど出来ぬぞ。」
「あら、嫌だ。リズ、メアリー。常に手袋をしておいてね。貴女たちの柔肌には触れられて欲しくないの。」
「えぇ~。あれをですか?」
「ええ、そうよ。嫌でも、社交場では常につけておいてね。そうでない場合は家に帰ったら徹底的に洗っちゃうから。覚悟しておいてね?」
笑みが深くなる。
これは本気ですね。
「ああ、それと。軽く社交場を何回か経験してもらう。私の古い友人を頼んであるのでな。場数を踏まんと慣れる事すらできんからな。」
「若い方は?」
「いるだろう。同じ年頃の子女も何人かいる筈だ。」
「派閥関係は?」
「構えるな。言っただろう。私の古い友人だ。それに、ガルム特爵の名を知っている連中だ。」
にぃっと、バルーク伯の笑みも深まる。
「あら。それなら大丈夫そうね。」
どういう意味なの?
アーリィが何だか、悪く言われているみたい…。
「アーリィ姉さまは有名なのですか?」
「あら、そうね。貴女たちは知らなかったわね。」
「そうだったな。ヴェルヴェーチカは爵位を賜る時に一緒だったから知っているが、お前たちは領地に居たからな。知らぬのも無理はない。」
バルーク伯がヴァンド辺境領に来てくれて、しばらくしてからヴェル姉さんとアーリィが王都まで行った。
実は父が持っているであろう爵位はなんちゃって爵位だった。
本来は国王様に「うちの持ってる爵位をこの人に上げても良いですか?」って打診するんだけど…ヘリアネン伯爵はそれをしていなかった。
だから名ばかりの貴族ではなく…というか、貴族ですら無かった。
あの時のバルーク伯の怒りっぷりは凄かった。
「簡単に言っちゃうとね。アーリィが怒って暴れちゃったの。いえ、只の威嚇行動なんだけどね。」
「あれが威嚇とは思えんだろう。一種の宣戦布告だぞ?」
「アーリィにとっては威嚇では無く、じゃれただけよ?」
「あれでか?何人の騎士が心を折られたのか…。」
「力の誇示の仕方は、始めが肝要ですわ。」
不敵に笑うヴェル姉さんと、少し不満そうなバルーク伯。
一体…何をしたの?
「詳しく教えて欲しいです。」
メアリーが突っ込んだ。
「ん?爵位を賜る際、皇太后陛下が直々になさったのだ。国王陛下ではなく…な。それを快く思わない連中も中に入るのだ。何せ、[魔王]を殺したなどという前例のない功績だからな。」
「それに加え、皇太后陛下の御命をお救いしたのよ。自作自演などと、浅はかな思い違いをしてもいたのよ。」
「皇太后陛下は外交を主に担っている。そして、完全な中立の立場でおられる。貴族派閥や教会派閥には心象は良くないのでな。」
「私の爵位の相続も同じ日になされたの。ヘリアネン伯爵の派閥からは特に良くなかったわ。」
「そこで、いくつかの貴族が力を示す様に煽ったのだ。しかも、皇太后陛下の御前でな。馬鹿な連中だ。」
「面白かったわよ。私は凄く楽しめたわ。」
「…御前試合と銘打って、城内でも選りすぐりの騎士と戦ったのだ。」
「戦いになってなかったけどね。」
「ただの…弱い者いじめだったな…。」
バルーク伯は苦い顔を…ヴェル姉さんは満面の笑みを。
「一番期待されていた精鋭の騎士団が、たった一人に…赤子のように弄ばれたのだぞ。どう思う?」
可哀想に…。
「その上、悪く囁き合っていたのであろう離れた貴族の会話を糾弾し、氷漬けにしたのだからな。あわや、夏に凍死だぞ?」
「格好良かったわ~。惚れ惚れしちゃった。貴女たちにも見せたかったわ。」
「敵に回るなよ、という意思表示だ。容赦の欠片すらなかったのだからな。」
「皇太后陛下には忠誠を誓うも、これら貴族を纏める現国王に期待していない。流石に、箝口令を敷かれたのよ。皇太后陛下が、ね。」
「お前達には話しても構わんだろう。言いふらす真似はしないと見極めておる。なぁ、メアリー・ヴァンドよ。」
「は、はい。心得ておりまふ。」
メアリー…動揺が酷すぎるわよ?
「ということで、ガルム特爵の恐ろしさは王都内では有名になっちゃったのよ。」
「有名にしたのであろう。だからこそ、ヴァンド子爵を侮る連中はおらんだろう。但し、どこにでも馬鹿はいる。特に、爵位を持たぬガキどもはな。親の振る舞いを模倣し、自分が偉いのだと勘違いをしている連中が大半だ。それを軽くあしらうためにも場数を踏んでもらう。」
「アーリィの、ガルム特爵の名は利用しなさい。いえ、活用しなさい。」
「それだけで理解できるものはいる。ただ、取り込もうと考える連中もいる。」
「アーリィの弱点は私たち。アーリィが帰ってくるまでは、私たちだけで乗り切らなければならない。」
「アイリーンは皇太后陛下に付き添っている為、それなり以上に社交に明るい。だが、お前たちは一切の経験を積んですらいない。」
「私もまだまだ不十分だと理解しているわ。本当はバルーク公爵令嬢の伝手を頼ろうかと思っていたけれど。渡りに船。ローランド様の御力もお借りしましょう。」
「そういう事だ。私も力を貸す。私の名も存分に活用しなさい。」
ヴェル姉さんの強かさは、知ってはいたけど…。
悪役令嬢にでもなるつもりなのだろうか…。
…悪役?
「あの…バルーク公爵令嬢は、マリアンヌ様ですか?」
もしかして…と思ってしまった。
この世界が私が知っているゲームに似た世界だとは、常々思っていた。
それは、ヴェル姉さんとアーリィには伝えている。
「そうだが…。話したことはあったか?」
無い。
だって…。
バルーク伯爵は、ゲームにはいなかったから…。
公爵では無かったし…。
あと、忙しかったし…。
それに、物語について深くは知らないし…。
「い…いえ。その…。」
不思議そうにバルーク伯から見られている。
変な事…言っちゃったな…。
「私が少しだけ話したことを覚えているだなんて、リズは賢いわね。」
「ほう。ヴェルヴェーチカも一度顔を合わせただけだろに。」
「可愛らしい御令嬢でしたわ。」
「…嫌味にしか聞こえんな。」
「あら。私は本意を言っただけですわ。言葉の意味はそのままですよ?」
「だからこそなのだがな…。」
私は本当にダメダメだなぁ。
ちらっと、ヴェル姉さんと視線が合ってウィンクされちゃった。
ありがとう…ヴェル姉さん。
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