第10話 太古の魔王は義妹に負ける
「さて、メアリー。何か言いたい事はあるかしら?」
「クゥ…。み、みんなが、裏切ったぁ。」
「あらあら、彼らは私の指示に従ってくれたのよ。」
私の膝の上で、手を後ろに縛られたメアリーを乗せている。
少し乱暴にでも構わないとは言ったけど…暴れたみたいね。
メアリーの勘の良さにはほとほと困るわね。
ん~、少し汗の匂いが混じってるけど、牧草の良い香りも混じってる。
「メヒロンのお世話をしていたの?」
「きょ、今日はエルメルのお世話を…。」
「エルメルはしばらく療養していたわね。戻ったのかしら?」
「はい、そうなんです。今日から復帰しました。」
「メヒロンが恋しがったんじゃないかしら?」
「はい。良く鼻先を背中に押し当てられました。勿論、構ってあげましたよ。」
メヒロンとエルメルは領地で飼っている軍馬。
エルメルが体調不良で休んでいたけれど、治ったようで何より。
「メアリーが良い子なのは分かったわ。エルメルも嬉しかったでしょう。」
「えへへ。」
あら、可愛い。
メアリーの笑顔は華があるわね。
ん~、我慢我慢。
「さて、私の愛しいメアリーは何故捕まっちゃったのかしら?」
「…。」
あ、笑顔が一瞬で無くなっちゃった。
あらあら、泣きそうな顔もそそられるわね…。
「は~い。何故かしら?」
「え、ルメリア夫人から逃げました…。」
「そうね、大正解。」
ほっぺとおでこにキスをするとあら不思議。
元の笑顔に早変わり。
可愛い。
「失礼いたします。」
貫禄のあるエルメリア夫人の登場。
前以ってノックもいらないと侍女には告げておいた。
「ごきげんよう。ヴェルヴェーチカ、メアリー。」
「ええ、ごきげんよう。ご足労感謝いたします。エルメリア夫人。そして、このような姿で申し訳ないわ。」
「いいえ、構いません。理由があっての事と理解できます。どうぞ、お気になさらずに。」
ニコニコといつに増しても笑顔なエルメリア夫人。
私達は知っている。
彼女は負の感情を表に出さない。
出さない感情は全て喜の表情で表す。
笑顔が過ぎる時は、とてもお怒りの状態。
「さて、弁明は聞きません。それ以上の成果を以って受け取りましょう。」
「良かったわね、メアリー。頑張れば頑張る程お許しになられるわ。」
「いやだぁ…。」
プルプル震えだして…可愛い。
何故かしら。
メアリーを見ているとこう…苛めたくなってしまうのは…。
「あら、メアリー。お手てが縛られたままでは駄目よね。足を縛った方が良いかしら?」
「いいえ、ヴェルヴェーチカ。足ではなく首にしましょう。そうすれば苦も無く連れていけます。」
「あらあら。それは可愛…こほん。可哀想よ。」
「そうでしょうか?妥当と思えますが?」
「順当であるならばまずは装いを整えてから…でしょうか?」
「成程。一理あります。」
エルメリア夫人が手を叩くと外から侍女が数名入ってくる。
「メアリーを整えなさい。貴女たちの手腕を期待しましょう。」
「喜んで。」と言わんばかりに侍女たちの眼が輝く。
当のメアリーは嫌々と顔を振っている。
何を隠そう、メアリーはドレス姿が、着飾ることが嫌い。
髪を整えるだけでも侍女たちは一苦労している。
侍女たちの苦労は気が付けば、いつの間にか解けているメアリーの髪を見ては落胆している。
「折角だから、豪華にしても良いわ。化粧もね。」
「宜しいのですか?」
「ええ。貴女たちに全てを任せるわ。うんと綺麗に、御粧ししてあげてね。」
「喜んで!」
もう、侍女たちの盛り上がり様は天井を突き抜けたようで…。
いつの間にかドレスを何着も持ってきていた。
化粧道具も。
というか…いつの間にか膝からメアリーが消えている。
この子たち、やるわね。
衝立を立てられ、侍女たちの歓喜の声と共にメアリーの悲鳴が聞こえる。
これはこれで…中々。
「それにしても、もう平気なのですか?」
「ええ。今日は思っている以上に早く済ませられました。取り立てた文官が力を付けてくれたのでしょう。頼りになります。」
「下地は持っていたのでしょう。ですが、育てたのは貴女です。誇りなさい。」
「有難う存じます。ですが、私だけの力では無い事は、ご理解いただきたく思います。」
「変わりませんね。その変わらない心は大事になさい。」
「勿論です。」
「ヴェルヴェーチカ・ヴァンド。貴女は何を目指す?」
「私達の、姉妹の幸せを。」
「民の笑顔では無いのですか?」
「それは難しいでしょう。民が常に笑顔を振舞えるなど出来ません。ですが、私たちが幸せになる過程で共に笑い合えるならば、これに勝る最上は無いかと。」
「はぁ、振られましたか。」
「ええ。エルメリア夫人には申し訳ありませんが、これが私の答えです。」
「リズベルタでもヴァンド領を治められますよ?」
「ええ。ですが、私はこの地を離れません。離れたくありません。」
「分かりました。…孫に嫁いで欲しい。」
エルメリア夫人には以前より公爵家へ嫁入りしないか、と促されている。
勿論、お断りさせていただいている。
今もこうして。
「貴女ほどの器量ならば引く手数多です。リズベルタも勿論ですが。あの子は少々、自分に自信を持たなささすぎる。せめて、自分を好きになれる様になるまでは力を貸したいのですが…。」
「ええ、本当に。リズなりに頑張ってはいるのでしょう。」
「ええ。王都に行くでしょう。その時に孫と顔を会わせてみませんか?パーティーに顔を出しているのはヴェルヴェーチカ、貴女とアイリーンのみ。リズベルタやメアリーは場慣れしていません。その辺りを補強したいのですけれど、如何?」
「…会うだけならば。それにしても、エルメリア夫人。痛いところを突いてきますね。」
「この地に引きこもるも良し。ですが、貴女たちにはもう少し大きく物事を見てもらいたい。それに、煩わしいのが近くにいるでしょう?」
「ええ、本当に…煩わしいですわね。」
「王都で、学園で渡りを付ければその動きは潰せるでしょう。今は私たちがこの地で目を見ていますが、いつまでも…という訳にもいきません。」
「私には感謝の思いしかありません。有難うございます。エルメリア夫人。」
父の生家であるヘリアネン伯爵が、私たちの領地を狙っている。
以前から、お父様の代から分かっていた事。
アーリィが皇太后陛下に渡りをつけ、皇太后陛下がバルーク伯夫妻をこの地の後見人にしてくれたおかげで魔の手から逃れられている。
貴族派閥であるヘリアネン伯爵は歯痒い思いをしているだろう。
「結構。私たちも楽しくやっております。旦那様も、苦には思っておりません。それよりも、早く婚約者を見つけなさい。強硬手段に出れない以上、学園では特に気を張らねばなりませんよ。」
「心得ております。リズやメアリーには素敵な殿方と巡り合えることを、願ってしまいます。」
「ええ。そうもいかない場合がある事も視野に含めなさい。貴女は目が良い。」
「いいえ、私には荷が重い。一番は、あの子たち自身で見つけて欲しい。」
「貴女は、領主としては宜しくありませんね。」
「ふふ。ですので、ここで常に励みたく思います。」
「期待していますよ、ヴェルヴェーチカ。」
メアリーの悲鳴も少しずつ収まる。
けれど、侍女たちの姦しい響きだけは中々止まない。
どうやら相当の鬱憤が溜まっていたようね。
エルメリア夫人とお茶を嗜んでいると、とうとう鳴り止む。
衝立から現れたメアリーの可愛さに言葉を失い…。
目に潤いのある上目遣いで、恥ずかしそうにしている姿。
美しい…可愛い…尊い…綺麗…儚い…。
ブッと何かの音と同時に、意識を失った。
悔いは…ある。
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