第9話 太古の魔王は褒められたい

「領主様、ターイン領に構える商会から謁見の願い出が届いております。如何しますか?」


「急な案件なのかしら?こちらも時間が少ないのだけれど?見せて。」


「どうぞ。」


執務を担当している文官から手渡された手紙。

挨拶云々を流し読みし、本題は何かと探してみるが…。


「は?」


「え?」


この世界で貴族の子女というもには、婚約者がいて当たり前いう風潮がある。

大抵は親同士で決めてしまって、子供の意見は二の次で。

まぁ、相当な厄介な子供であるならば、婚約を解消する事もあるらしい。

家格、容姿、財産、権力、土地、義理や人情。

他にも婚約を決める要因は幾つもある…。

しかして…。


「相当舐められているわね…。」


対応を間違えたのかしら?

バルーク伯の権力を借りるつもりは、元より無い。

ただ、領地の運営を手助けはして頂いた。

その中で一番助けていただいたのが、他領との取引。

私たち姉妹が、適正価格というものが一切分からなかったから…。

因みに、領民の感覚は麻痺していた。

「こんなにあるなら安いだろう。」と、安易な考えで…。


「どうされましたか?」


「リズとメアリーに婚約者を紹介しましょうか、だって…。」


「「はぁ?」」


私は最初っからキレた。

文官たちも声を出してキレた。

室内で紅茶を淹れていた侍女すら顔が笑っていない。

当然よね、私の自慢の妹たちだもの。

そこいらの雑草には引き渡せぬよ。


「ついでに、支度金は金棒50くらいで構わないって。」


「「あぁ!?」」


ついには侍女が声を荒げた。

金棒50って…。

上等な魔石が数点で賄えるわ。

私の妹たちは、そんなに安くなどないわよ?


「どこの馬の骨とも分からない小童共に?金棒50などと端金で?なんなら、この商会の跡取りとでもって?ちょっと…いえ、かなり舐められているわよね?」


「報復しましょう。」


「賛成いたします。」


「ターイン…いえ、ヘリアネン領とは手を切るべきかと。」


「既に新たな街道も施工中です。これを機に他領との交易を広めましょう。」


「羊毛の交易は手痛いですが、近い領地でお探しします。」


「お、お嬢様が安く見られるなど…。許せません。」


「領主様。お嬢様方を彩る事をお許しください。」


「私はメアリー様を着飾りたく思います。あの柔らかな金の御髪を飾りたいです。」


「私はリズベルタ様を!銀に靡く御髪を!触りたい!」


「貴女、ただの願望じゃない…。」


「だって…ウィンディがお休みだから立候補したのに…。」


「公平に決めたでしょ?くじで。」


「触りたかったぁ!整えたかったぁ!くやじい!」


文官どころか、侍女までもが好戦的になった。

侍女たちは別の方面で白熱してるけど…。

私は妹たちが愛されているのだと理解できて満足。

なんだか機嫌直っちゃった。


「そうね。そろそろ、ヘリアネン領とは細い付き合い方を考えましょうか…。」


ターイン領に構える商会は、ヘリアネン領の大店の分家。

つまりは、ヘリアネン領と取引をしているも同義だ。

そして、私はヘリアネン領を許さない。

例え、お父様の生家であろうとも…。


「領主様。リズベルタ様がこちらへお越しです。」


「無条件で入れなさい。着いたならば直ちに。良いわね?」


「は、申し訳ありません。」


さてさて、にこにこ笑顔で出迎えましょう。

いえ、威厳たっぷりで貫禄を…どっちが良い!?

綺麗、可愛いとも言われたい。

素敵、格好良いとも言われたい。

あぁ、どっちが良いかしら…どっちが良いかしら…


「ヴェル姉さま?ヴェル姉さま?」


「え?」


「あの、お疲れですか?」


「御免なさいね。少し考え事をしていたの。いらっしゃいな、リズ。」


気が付けば机を挟んで目の前に愛しいリズが…。

あらあら、今日は頭に尻尾が生えてるみたい、可愛い。

駄目ね、今回は私の完敗よ…。

反省、よし。


「あの、白熱してらっしゃいましたが…大丈夫でしょうか?」


「大丈夫よ。ねぇ?」


「「「問題ありません。」」」


「そ、そうですか。あ、あの、今期決済が出来ましたので。それと…、その。抜けている部分が多いですが、この前に言っていた草案をお持ちしました。」


膝の上に乗せていた書類の束を私に手渡してくれる。

重かったでしょうに…。

もっとウィンディを頼ればいいのに…。

ウィンディに横目で確認すると、首を振っていた。

相変わらず頑固で健気ね。


「リズ、ありがとう。いつも助けられているわ。」


「そ、そんな事無いです。私だって、ヴェル姉さんに助けてもらってばかりで…。」


ああ、もう駄目よ。

貴女はいつもそう。

もっと自分に自信を持って。


「ヴェ、ヴェル姉さん!?」


愛らしい。

悲しそうにするのは減点だけど、それ以外で加点しちゃう。

よく頑張りました。


「ふふ。リズの頑張りをこうして評価しているのよ?」


「だ、だからって…。」


「ん~、足りないわね。もっとあげちゃうわね。」


いけない、いけない。

ほっぺにチュウだけじゃ全然足りない。

あらあら、真っ赤になっちゃって。

あぁ、もう。

可愛すぎる!!


「ね、姉さん。恥ずかしい…。」


「私は恥ずかしくないわ。」


無理矢理退けようとしないから、何時まででもこうしちゃう。

何をしていても、何もしなくても、可愛い。


「ヴェルヴェーチカ様。そろそろ、その辺りで。リズベルタ様が気絶してしまいます。」


「ん~、分かったわ。」


ウィンディに止められちゃった。

この娘はリズをよく視れるからね。

ま、真っ赤な顔のリズを見れただけでも役得ね。

癒される。


「そう言えばリズ、メアリーを見ていないかしら?」


「へ?え、エルメリア夫人の所では?」


「それがね、先程確認してもらったらいなかったのよ。これはもう私が直にお仕置きするしかなくなっちゃうわね。」


「えっ…。ヴェル姉さんのお仕置きって…ただ可愛がっているだけでは?」


「そうかしら?」


「…うん。」


「じゃあ、可愛がっちゃわないと。」


「うん?」


メアリーったらおさぼりかしら?

それとも、反抗期?


「反抗期!?」


「それは無いと思います。メアリーだし。多分、ただ逃げただけだと…。」


「そ、そうかしら。」


後で本人に確認しましょう。

お昼には帰ってくるでしょう。


「リズ。」


「はい、なんですか?」


婚約をしたい?って聞きたくなったけれど…。

この子はきっと、必要であるなら…って答えそうね。

きっと、思いつめた表情で…。

まだリズは、自身の魅力を認めていない。


「王都は楽しみ?」


「す、少しだけ…。」


「ふふ。いっぱい連れまわしちゃうから、今のうちに覚悟しておいてね。」


「え?」


「そこの貴女と貴女。王都へ行きたい?」


「「行きたいです。」」


「良し、ご家族に確認を取りなさい。王都では流行りの服飾を調べ上げ、リズやメアリーを着飾る事を命令します。良いわね?」


先程からリズやメアリーを着飾りたいと言っていた侍女を伴いましょう。

うんうん。

勢いで決めちゃった。

あら?反応が無いわね。


「か、感激しても良いですか?」


「泣きそう…。」


一人は表情泣く涙を流している。

一人は泣きそうと言いながら泣いている。

二人とも、器用に涙だけ流してる。


「それは、了承と受け取るわよ?」


「勿論で御座います。私、ハウスメイドを担当しております、ニナと申します。お見知りおきを。」


「同じく、ハウスメイドを担当しております、メイと申します。若輩ではありますが、精一杯務めさせて参ります。」


エルメリア夫人が監督してからというもの、我が家の使用人は皆優秀となった。

ニナは雇用から4年ほどだというのに所作は完璧に近い。

メイはまだ2年程だったかしら?

最近よく見かけるから下地を積み終えた所ね。


「宜しい。ニナ、メイ。あなた達は明日から2日場を離れる事を許します。家族に報告し、しばらく共に居なさい。3年の期間に何度帰れるか分からない以上、しっかり甘えてきなさい。必要な事や物があるなら侍女長エヴリンに申し付けなさい。話しは通しておきます。」


「あ、有難く存じます。」


「ご厚意に感謝を。」


「では、仕事に戻りましょう。皆も。今日は早めに終わらせるわよ。」


「「は。」」


更に見直してもらえたかしら?

威厳たっぷりの私は格好良いと、言ってくれれば満点。

ちらっと確認。

微笑んでる。

どっち?どっち?


「領主様。差し当たって返答はどうしましょう。」


「私が直接書くわ。そうね、色々と。ねぇ?」


「は。出来れば私も一枚嚙ませて欲しいのですが。」


「そうね。出来上がり次第、見てもらうわ。」


ふふん。

できる女領主って感じも格好良いと思ってくれるかしら?

どう?どう?


「お邪魔する訳にはいけませんので、私はこれで。ヴェル姉さんも皆さんも無理しないでね。」


「お心遣い、ありがとうございます。」


「リズベルタ様もよしなに。」


椅子に座りながらも美しい所作。

惚れ惚れしちゃう。

流石、私の愛しい妹。

ウィンディに押されて去っていく愛しい妹。


あれ?

あの~、あれ?

何か…褒めて?

私を褒めて欲しいな~。

愛しいリズ?

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