第8話 異世界の転生者は自信を持ちたい

瞼を開くと、そこにアーリィの姿は無く見慣れた天井だけが視界に映った。

窓の外は薄暗く、まだ日の出には早い時間。

この世界に生まれて、早寝早起きの習慣が身に沁みついている。


起き上がって体を動かそうにも、足が動かない。

一人で動く事にも限界がある。

両手で身体を支え、少し時間を掛けてベッドに腰掛ける。

寝起きのせいか、喉が渇いた。


ベッドの傍には小さなテーブルが置いてあって、呼び鈴も備え付けてある。

これを見た時には「中世の貴族だ。」と、戸惑ったものだ。

自分が貴族なのだと自覚はしている。

けれど、それ相応に振舞える自信は全くない。


呼び鈴を鳴らして侍女を呼ぶ。

この行為自体、私は好きじゃない。

だって、誰かにお願いすることが苦手だから。

でも、足が動かせない以上そう言ってられない。

不自由が無ければ、と何度思っただろうか。


「お早う御座います、お嬢様。お飲み物をお持ちいたしました。」


「ウィンディ。もう、戻ったの?お母様は大丈夫なの?」


「はい。お嬢様の御厚意に感謝致します。先ずはお飲み物をどうぞ。」


私の専属の侍女、ウィンディ。

大柄の女性で、凄い力持ち。

多分、この領地ではアーリィの次に力持ちだと思う。


ウィンディのお母さんが腰を悪くしちゃって、私が彼女に二週間ほど休暇をお願いしたのだけど…。

まだ、一週間くらいしか経ってないよ?


「お水、ありがとう。それより、お母様の御容態はどうなの?」


「お気遣いありがとうございます。ですが心配には及びませんよ。昨日にはお針子の仕事に戻るくらいには元気になっております。」


「そう…良かった。ところで、その喋り方は?」


「何かおかしなところが御座いますか?」


「うん。いつもの喋り方じゃないから…違和感が凄い。」


「なんと。お嬢様は私の話し方が如何なものと?ああ、私めは一体どうすれば…。」


よよよ。って擬音が幻視出来るくらいに落ち込む姿。

と思ったら、ちらちらとこちらを見ながら私の表情を確認している。

あ、ハンカチーフを取り出した。

目元に充ててまたもやこちらを確認している。


「誰の差し金?」


「何の事でしょうか?」


「妹さん?それとも、お母様?」


「…。いいえ?」


「ウィンディのお母様ね…きっと。」


「正解で御座います。お嬢様を楽しませる一芸に、と学んでまいりました。本当は侍女を虐める女主人に辛く当たられ、それを止めに入った執事見習いに惚れるために涙を装うというシチュエーションなのですが…。」


「ウィンディ、分かり辛いわ…。」


「そうでしょうね。母が何となく読んで勝手に嵌った小説です。因みに、周りにはあまり好まれていない小説でした。」


「何それ?」


「母の感性は独特ですので、お気になさらず。」


「…口調は戻さないの?あの、姉御って感じの喋り方、私は好きよ。」


「もうすぐお嬢様も王都へ参られます。その際、私はお嬢様の御世話係として同道することが正式に決まりました。侍女たる者、お嬢様の御迷惑にならぬ為に精進する次第に御座います。口調も、その一環ですよ。」


「ウィンディ…いいの?私なんかに付いて来て…。王都だよ?遠いんだよ?馬車で、何週間もかかるんだよ?お母様も、妹さんとも離れちゃうんだよ?」


「お嬢様、勘違いするなよ?あたしはお嬢様に付いて行きたいんだ。お嬢様の下の世話から何から、あたしがやってやる。心配するんじゃないよ。母も妹も、この領地にいる方がよっぽど安心だ。」


大きな手で頭をわしわしと乱暴に撫でられる。

髪の毛がぐちゃぐちゃになるくらいに。


「それと、いつになったら「あたしなんか。」って卑下することを止めるんだい?お嬢様はよくやってる。貴族様なら、堂々と胸を張りな。足が動かないくらいでなんだい?立派な椅子も作って貰ってるし、あたしだって足代わりになるんだ。もっとこき使うくらいで良いんだよ。というか、このやりとり何度目だい?」


「ご、ごめんなさい。」


「下のモンに謝るんじゃないよ。はぁ~。お嬢様は貴族に向かないね、本当。」


「そ、そうだよ?私は…。」


「はい、ストップ。生まれは選べないんだ。それに、前領主様にも、同じことを言うつもりかい?あの御方だって、好んで貴族になった訳じゃ無いんだ。悪く言うつもりは無いんだろうけど…そうは聞こえないよ。それにさ。」


わしわしと撫でられるのを止め、いつ取り出したのやら、櫛を使って髪を梳いてくれている。


「あたしが言ってる貴族ってのは、余所の見栄っ張りで業突く張りな連中の事さ。前領主様も現領主様も、いや、このヴァンド領はそうじゃないんだ。貴族と言っても本当の意味での貴族だと、あたしらは知ってる。だからこそ、胸を張って欲しいんだ。あたしらの為にも。嫌かい?」


「そ、そういわれても…。嫌じゃ無いの。ただ…。」


「ただ?」


「私は…こう、じゃない。ヴェル姉さんやアーリィや、メアリーみたいに…何もできないから…。」


「は?何言ってんだい?お嬢様だってあたしらの為に色々してくれているじゃないか。知らない奴なんていないよ?」


「いや、だって…。私は提案してるだけだし…。実際に貢献してくれているのは、その人たちで…。それに、私は、ズルしてるし…。」


「訳分からんね。お嬢様のおかげで色々楽してるのはあたしらだよ?そりゃ色々と大変な事もあったよ。けど、最後には皆で笑ってるからね。楽してサボる連中が出たくらいさ。」


「で、でもね。」


「それに、ズルって言うんならアイリーン様だろ。あの人一人で農耕地や安全地帯が一気に増えたんだ。あたしらの努力は何だったのかって、理解に苦しんだね。」


「あ、アーリィは皆の為にって…。」


「そう皆の為だ。お嬢様だって、そうなんだろう?アイリーン様はお嬢様みたいにうじうじしてるかい?」


「して、ないです。」


「そ。だからお嬢様もアイリーン様みたいにって訳にはいかないけど、胸を張って前を見ておくれよ。ほれ、髪は整った。次は服を着替えようか。」


「…。」


「なんだい。はぐらかされたって思ってるのかい?」


「うっ。」


「ははっ。お嬢様、リズベルタ様。私どもヴァンド領一同は、前領主様そして貴女方のおかげでここまで来れました。前領主様を誇りに思っております、同様に貴女方の事も。そんな私たちは、お嬢様の誇りにはなれませんか?」


「そんな事は、ないよ。私は、皆が幸せに暮らして欲しいから。」


「それは勿論。お嬢様も含まれますよね?」


「…うん。幸せに、なりたい。」


「では、その一歩として私たちの誇りになって下さい。そして、お嬢様は誇って下さい。私達はこんなにも幸せなんだ…と。」


「…。」


「お嬢様の自信が無い事は、何年も仕えて知っております。ですが、私たち領民を幸せにするという矜持を持っております。少しずつでも宜しい、焦る必要も御座いません。足が動かない分、頭を働かせれば宜しい。補って余りある知識と知恵を、お嬢様はお持ちです。私はお嬢様を支える為に、領民を代表してここにおります。ヴェルヴェーチカ様もおります。アイリーン様もおります。メアリー様だっております。お嬢様は一人では無いのです。その真実を、どうか御心にお持ちください。」


「…うん。が、頑張る…から。ウィンディに、これからもお願いする事、いっぱいあると思うから…。その時は手伝って欲しいの。」


「はい、喜んでお手伝いさせていただきます。」


私の前で膝まづき、女性とは思えない大きな手で私の手を包んでくれる。

自分に自信がない。

知識だって…前世でうろ覚えのものばかりだ。

ヴェル姉さんにも、いっぱい迷惑を掛けてる。

アーリィにも、メアリーにも。

屋敷で働く皆に。

ウィンディにも…いっぱい。


前世でも、迷惑を掛けてばかりだった。

愛想も悪くて…。

頑張ろうって思うけど、あんまり実践できていない。

皆の為って思うと…プレッシャーで押しつぶされそうになる。

自分だけの為にって思うと、何でこんなことしてるんだろうってなっちゃうし…。

何も出来ない、人間だった。


でも、でも…。


「少しは、変われてるのかな…?」


知らないうちに流れた涙は、ウィンディが受け取ってくれている。

けど、この涙は、嬉しいから流れたんだって…そう思いたい。

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