第6話 古の英雄と太古の魔王の癒し

「リズはもう寝たの?」


「ああ。今しがた寝付いたところだ。」


「アーリィも一晩泊まったら?」


「いや、そろそろアマリアも動き出すだろう。それに、吾がいた方が動きやすくなる。」


相変わらず、自分自身を蔑ろにする。

確かに…巡り巡って、それは自分の為になる。


国が豊かでなければ意味がない。

領地が豊かでなければ意味がない。


自分たちだけが利を得るなら簡単だ。

私と知恵、リズの知識、アーリィの力、メアリーの統率力。


ただ、自分たちだけが利を得れば、それは周囲の反感を買う事になる。

過去(前世)で嫌という程に、私たちは経験している。


いつの世も、どの世でも…。

人も魔族も、異世界の人間も…。

考える者は…結局、欲望に負けるのだ。


あれが欲しい。これが欲しい。


そうならないようにするために、私たち話し合った。

お父様と呼べる方を、失くしてしまってからは…。


私が…魔王などと呼ばれ、畏れられた私が…。

失って…悲しいと嘆いてしまった。

あれほどの悲しみ…あれ以上の悲しみは多分、耐えられないだろう…。


「ねぇ、アーリィ。今の役割は…面倒?」


何度訊ねただろうか…。

別れる前には、必ず言ってしまっているのではないだろうか…。

私に、前世の力が残っていればと…。

叶わぬ思いが込み上げてくる。

私も、同じなのだ。

欲望に、呑まれている。


「面倒などない。吾は、吾の出来る事をするまでだ。それはヴェルも同じだろう?」


何時の間に近付いたのか…アーリィが抱きしめてくれる。

アーリィの額が私の頬に触れる。


「ええ。そうね、そうよね。」


「ああ。そうだ。」


何故、こんなにも愛おしく感じてしまうのだろうか…。

私が人になったからだろうか…。

人になってからは、知らない感情を整理するのは難しい…。

けど、形にしてしまえば、楽に消化できる。

これも、欲望に吞まれている証拠なのだろう。


「くすぐったい。」


「…知ってる。」


いつものスキンシップ。

妹たちに、必ずしている。

私の…欲望を形にしたもの。

人となった私の、初めての欲望で…これだけは、捨てられない。


「メアリーは?」


「私の部屋で眠っているわ。エルメリア夫人にこってりと絞られたみたい。慰めてあげたら寝ちゃったわ。」


「仕方なかろう。久しく会えば、余計にそう見えてしまった。ヴェルも、気付いていながら何故窘めなかった?」


「メアリーの魅力は、淑女らしさでは無いから…かしら。」


「成程。伯爵夫人に謝っておけ。」


「もう謝罪は済ませているわ。一足遅かったわね。それに、私も夫人も愉しんでいるから、お相子よ。」


「全く…二人は良い性格をしているな。」


「ふふ。お褒めにあずかり、光栄よ。」


私の前世をよく知っているアーリィ。

私も、アーリィの前世をよく知っている。


「ねぇ、アーリィ。」


「なんだ?」


「…呼んでみただけ。」


「そうか。」


「ええ。」


もう少しだけ、このまま抱きしめていたい。


「ねぇ、アーリィ。」


「なんだ?」


「…いま、しあわせ?」


「ああ。」


アーリィの答えに、抱きしめる力を少し強める。


「そう。私もよ。」


「そうか。」


「ええ。」


かつての問いかけを思い返してしまう。


『幸せになるとは…何なのだろうか?』


疲れ果てた前世の…私たちの同じ質問。

結局…その場で答えは出なかった。

知らないのだから当然よね。


「言葉では…言い表せられないな。」


「そうね。だから、私は行動で表現するわ。」


「そうだな…。吾もそうしている。」


「…今後も、マイルドにお願いするわね?」


アーリィの愛情の表現は、私が一度止めるほどに重い。

あの時のリズは可愛かったけど…。


私がされた時は、…忘れましょう。


「善処しよう。」


「そうして頂戴。」


「…さて、吾は戻る。」


「もう?」


「名残惜しいがな。」


「ふふ、次は王都で会えるかしら?」


「予定通りならば。」


「本当に、これ以上事態を悪化させないで欲しいわ。」


「無理だろう。吾らの予定は、悪化を踏まえて組んでいる。」


「…皇太后陛下の御心が心配だわ。」


「伝えておこう。そうそう、アマリアがここへ隠居を考え始めている。」


「それは…出来れば、聞きたくなかったわ…。」


「まぁ、今しばらくは夢物語だ。」


「気が重くなってしまうわ…。」


「気楽に構えても構わん。アマリアだぞ?」


「私たち…いや、アーリィくらいよ?皇太后陛下を相手に、そう言えるのは…。」


「ここに来るときには身分を捨てているだろう。アマリアという人間を吾以外も知ることが出来る。楽しみにしておくといい。」


「お腹が痛くなりそう…。」


「残念だが、アマリアの心ではここへ隠居は確定だ。いつになるか分からないだけでな。」


「…。」


「言っているだろう?気楽に構えろと。」


「むり。」


「そうか。」


先が思いやられる…。

皇太后陛下は王城に自分の宮を持っている筈なのに…。

普通の王族なら…そちらで贅沢をするだろうに…。


名残惜しそうに、アーリィから力が抜けるのが分かる。

私が手を離さなければ…行かないのだろうか…。


いえ、きっと…。

アーリィは行くでしょうね。

寝ているリズを起こしてお願いされるのは、流石に気が引けるわ。

しないと思うけど…。


アーリィの背後に、黒くひび割れた何かが出来上がる。

遠く離れた大地からここ、ヴァンド辺境領に一瞬で帰ることが出来る。

逆もまた同様。

アーリィの持つ力の、ほんの一端。


「相変わらず、馬鹿げた力ね。」


「だろうな。だが、便利だ。」


かつて(前世)のアーリィは、魔法が使えなかった。

けれど、それ以外の力を持っていた。

かつて(前世)の私も、この力には苦しめられた。


「では、行ってくる。」


「ええ。いつでも待っているから。」


「ああ。」


アーリィの姿が黒い空間へ消えていき、ひび割れが元に戻るように無くなる。

もう、行ってしまったのだ。

寂しいと感じてしまうのは仕方の無い事だと、割り切ろう。

リズと、メアリーの寝顔を見て、癒されよう。


明日は収穫と、他領との交易品の検品と、後は…。

王都へ行くまでに片付けることは多いわね。

はぁ…。

癒されに行きましょ…。

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